第49話 御曹司、会食する


会食は赤坂にある料亭で行われた。

離れのあるこの料亭は、政財界の人達がこっそり密談するのに良く使われている。


俺も小さい頃、父が生きていた時は家族で何度か来たことがある。


暖簾がかかる料亭の入り口は、一見通り過ぎてしまいそうなくらい目立たない。入り口は狭いが奥はかなりの広さになっている。

これは昔の税に関わる話で間口の広さで税金が決められる間口税の名残からきている。


店に入ると、和服を着た女将さんらしき人物が出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。貴城院光彦様。随分とご立派になられましたね」


そう挨拶してくれた人を俺は覚えている。

父の会食に付き合わされて、暇になった俺は店の中を歩き回り、この女性に遊んでもらった記憶がある。


「子供の時はお世話になりました。あの時は助かりました」


「ふふふ、覚えてらっしゃるのですね。小さな光彦様はとても可愛らしかったですけど、ご立派になられた今も愛らしいですよ」


40代後半くらいのこの女性は、この店を仕切る女将さんだ。

先代の女将さんの娘でもある。


「昔のことは照れますので勘弁して下さい」


「わかりました。では、ご案内させて頂きますね」


そう言って訪れた場所は、店から渡り廊下で繋がった離れだった。


「先方のお方はいらっしゃってますので、こちらからお入り下さい」


女将さんから言われて綺麗な襖を開けると、中で深々と座椅子に腰掛けている爺さんがいた。

この人が近藤喜三郎氏なのだろう。


「貴城院光彦様をご案内させて頂きました」


そう言った女将は、さっと後ろに下がり、俺を指定の座席へと案内する。

楓さんは、俺の後に続いて俺が腰掛けると隣に座った。


「初めましてですな。今日はご足労願って申し訳なく思っております。私が近藤喜三郎です」


「初めまして、貴城院光彦です」


緊張感漂う中、会談は行われたのであった。





暫しの沈黙のあと、先に口を開いたのは貴三郎氏だった。


「この度は、近藤商事を救ってくれて感謝する。ありがとう、光彦君」


まさか、お礼を先に言われるとは思ってなかった。大抵、叩き上げてのしあがって来た人は威圧気味にマウントをとり高い目線から自分の有利に話を持っていくものだ。


だが、数万という人の上にたっている威厳はあるものの、俺のことを若僧と見下す感じは無い。


資金を提供する相手なら当たり前の話なのだが、その当然が罷り通らないのがこの世界の常識なのだ。


「正直、お礼を先に言われるとは思っていませんでしたので、言葉が出てこないのですが、資金の提供は縁あってのこと、ですが、この先その資金をドブに捨てるも金に磨き上げるのもこれからです。今は、急場を凌いだだけだと思います」


「ははは、そうじゃな。しかし、礼を先に言うのは当然じゃろう?」


「そんなことはありませんよ。特に貴城院ではどちらがその場を仕切るかで結果が決まりますからね」


「おい、おい、確かにそれは否定できんが、光彦君はまだ15歳じゃろ。孫の直樹と同じ歳だ。その歳でそんな考えに行き着くとは貴城院は普段どんな状況なんだ?」


常に戦闘体制ですが、何か?


もしかすると、俺の常識は世間の非常識なのか?


「あの〜〜貴城院家ではそういうのが普通でしたので、失礼な振る舞いでしたらお詫びします」


「いやいや、謝る必要はないぞ。今日は感謝の気持ちを伝えたかっただけなのだ。それに、光彦君の人柄も知っておきたかった」


本当にそれだけか?

会長職を渡す代わりに更なる要求を考えているんじゃないの?

もう、お金出せないよ。ラノベ買うんだから……


「ひとつ疑問なのですが、近藤商事の規模でしたら子会社の損失およそ100億円でしたよね。それで経営母体が揺らぐとは思えないのですが」


「全て三橋雷電の差金だ。メインバンクからの追加融資を見合わせてくれと言われ、さらに貸付金の返済を急ぎ回収されそうになった。そこに甘い言葉を使って入り込まれたんだ。後でわかったことじゃが、全て後ろに三橋雷電の息がかかっておった」


まあ、この規模の会社を手に入れようとしたらなりふり構わないよな。


「そうでしたか、でも今は逮捕されてネット・ライジング社も虫の息と聞きますが」


「まあ、この世は弱肉強食。あやつのやり方も否定はできんが、金だけが全てという考えが気に入らん」


確かにそういう経営者は多いよね。


「近藤商事の前身は米問屋だったと聞きます。それに、生活に密着した経営方針。常に生活する人々のことを考えての経営でしたね」


「うむ、よく調べておる。戦後の間もない頃米問屋なのに米がなかった。仕入れようとしても高値で買えん。仕方なしに米所で有名な東北や新潟に直接買付に行ったこともある。まあ、私は親父の後に付いて行っただけだがな。米所で有名なところは、米は当時でもたくさんあったんだ。だが、それを他所に回す余裕がないという理由で買えたのはほんの僅かもんだ。戦争が尾を引いておったんじゃろうな。この先何があるかわからんから、自分のところの食い扶持を賄える分以上に貯め込んでいたんだ」


確かに不安な世情ではそうした行動は普通なのだろう。


「都会に住む人達は、そんな状況にいつも腹を空かせておった。そしたら、北海道から欧州に大豆や麦など高値で輸出したと聞いたんじゃ。欧州でも戦争で麦畑が焼かれ、食うに困った状況だったようじゃ。そこで、北海道で採れる小豆に目をつけた。当時『赤いダイヤ』とも呼ばれておったが、仕入れのなけなしの金で相場を張り、運良く大金を手にした親父は海外から食料を輸入し始めたんじゃ。それが近藤商事の前身でもある」


「都会に住む人達のお腹を満たしたかったわけですね」


「ああ、その通りじゃ。米がないので小麦ですいとんを作り、家族の女衆は店先で売り始めた。みんながひとつになって頑張った結果にお金がついてきただけのこと。だから、金だけを重要視して偉そうにしておる輩は私は好かん」


「それで、私は喜三郎さんのお眼鏡に叶う人物に写ったのでしょうか?」


「正直分からん。わからんから話をしたいと思った」


そうですよね〜〜こんな短時間で人などわかるはずもない。


「ただ、好感は持てる。嘘をついておらんし、相手に媚びる感じもない。常に自分を持っておる。そんな印象を受ける」


「お褒め頂きありがとうございます」


「貴城院という日本いや世界でも古い歴史を持つ名家の男子とならば、傲慢さに胡座をかいて年相応に振る舞うのが当然じゃが、光彦君は、そんな感じがせぬ。何故だか私の方が知りたい」


「そうですか、結構我儘ですけど。もし、そう見えるになら、それは私には優秀な人達が近くにたくさんいます。そんな人達に支えられているからでしょうか。あまり恥ずかしい姿を見せて幻滅されたくないという気持ちが強いです。隣にいる櫛凪楓さんもそのひとりです。彼女は優秀すぎて私の方が生きてて恥ずかしいレベルなんで」


「ははは、人が宝とはよく言ったもんだ。それに光彦君の付き人は櫛凪真邦殿の娘さんじゃったか、それなら納得じゃ」


どうやら真邦さんを知ってるようだ。


「貴城院の宗貞総督とは何度も会食をしておる。その時に真邦殿ともお会いしてその優秀さは身に染みておる。彼ほど優秀な人物は今まで会った事がない」


ベタ褒めですぜ、真邦のオッさん……


「ところで、会長職を辞するとお聞きしたのですが、続けてもらいたいなぁ、なんて思っているのですけど」


すると、真面目な顔に戻った喜三郎氏は、


「光彦君は、まだこの老体に生き恥を晒せと言うのか?身内の不祥事で会社を奪われ、孫は薬に手を染め挙げ句の果てに何人もの若い女性の人生を台無しにしたのじゃ。誰かが責任を取らねば、先祖にそして社会に対して申し訳がたたない。

 息子の剛志の辞任を光彦君は止めたそうじゃな。親としては喜ばしい事じゃが、だが男としては容認できん。本来なら剛志共々近藤の血筋は、この会社から去るべきじゃ。だが、実際はそうもいかないところがもどかしい。光彦君、私が辞めるのをよもや止めたりはせんよな?」


ああ、この威圧が戦後の時代を潜り抜けてきた商人としても矜持か……


「そこまで言われてしまいましたら、何も言う事はできません」


「ふふ、顔色ひとつ変えず耐えおったか。凄いのう、貴城院家は良い跡継ぎを得たものだ」


そこに女将さんがやってきて配膳をし始めた。

ナイスなタイミングにプロの仕事を垣間見た気がする。

きっと、どこかで聞いてるのかな?


「さて、乾杯といこうか、光彦君は未成年だからジュースだな」


ええ、わかってます。


会食が始まり、さっきとは一変して和やかの雰囲気のもとで行われた。

間に入る女将さんの料理の説明とかもその一助になっている。


しかし、移動中の車とここでのジュースの飲み過ぎでトイレに行きたい。

今回は、小の方なのでそんなに席を空けることもない。


失礼させてもらって、トイレに行くと足を引きずってる外人の女性がウロウロしていた。


『どうかしましたか?』


『足が痺れてしまって……』


ああ、座れ慣れない外人さんには座敷は辛いよね〜〜

確か、この先に中庭があってベンチがあったはず。

小さい頃の思い出だが、そこで俺も遊んでもらった。


『この先に多分腰掛けるところがあります。一緒にいきましょう』

『ありがとうございます』


その外人さんの女性を中庭に連れて行き新しくなっていたベンチに座らせる。


『日本の座敷だと慣れないと足が大変な事になるので、先方がいたら断りを入れてから足を崩した方が良いですよ』


『確かに大変なことになりました。痺れてこのまま歩けなくなるんじゃないかと思ったくらいです。おかげで少し楽になりました』


『それは良かったです。では、私は失礼させてもらいます』


『あっ、待って。あのお名前をお聞きしても良いですか?私はソフィアと言います』


『ソフィアさんですね。私はミツヒコ キジョウインです。では、失礼します』


(ミツヒコ キジョウイン……どこかで聞いた名前だわ……)


俺は、綺麗な外人さんをベンチに座らせて、一応お店の人にその旨を伝えてからトイレにかけ込んだのだった。


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