第48話 御曹司は資料を読む


翌朝、目が覚めたというか、寝れなかったというべきか。

ベッドに入ったのは良いが、いろいろ考えてしまって、気がついたら朝になっていた。


200億か〜〜ラノベ何冊買えるだろう……


命が先延ばされたと言っても数ヶ月。

会社なんか経営してる場合ではない。

後悔しない生き方をしようと決意してたのに、このままでは後悔だらけになってしまう。


近藤商事がどの程度の経営危機なのかわからないが、数ヶ月で何とかできるとも思えない。

となると、全てが中途半端で俺の人生が終わることになる。


あ〜〜ラノベだって、まだ買いたいやつ、たくさんあるのに〜〜

フィギュアも一体も買ってないし、このままでは、淋しい人生で終わってしまう。


う〜〜どうしよう。


「何してる?」


「いや〜〜悩みが尽きなくてね……って木葉こそ何してんの?」


「苔に水やりにきた」


「そうだったんだ……まさか!」


やはり、一鉢増えてる……

朝、早くに来て鉢を置いていったのか。

なんか答えがわかってスッキリしたわ。


「木葉は相変わらずだな、自由だし」


「そんな事はない。学校にも行かないと行けないし、家の手伝いもしないといけない。そんな中で苔を愛でる時間を見つけているだけ。できれば一日中苔を愛でていたい」


そういう時間的な意味で言ったのではないのだが、木葉の言葉はなぜか心に刺さった。


無理やり環境を変えてみたが、結局は忙しいし、いろいろなことに巻き込まれる。

確かに学校での生活は、楽になった。

悪目立ちすることもなく、過ごせている。

でも、それだけだ。


環境の変化も確かに必要だったが、心が変わらなくてはダメだったんだ。

木葉は、木葉なりに時間を見つけて自由な気持ちで過ごしている。

忙しくても、心が自由なら良いのではないか?


「う〜〜む」


「光彦、うんちしたいの?」


「違うから、少し考え事してたんだよ。何でうんちが出てくるんだ?」


「小さい頃、そんな顔してうんちがしたいって言ったことあった」


そんなこともあったかもしれないが、そんな黒歴史は忘れてくれ!


「木葉、ありがとう。少し気が楽になった。やるだけやってみるよ」


「うん、大きいの出してね」


何を?とは言うまい。


そんな和やかな?雰囲気の中『お邪魔しま〜〜す』と寝起きドッキリ顔負けの小声で入って来た人物がいた。


「あっ、木葉っち、ズルい!ミッチーはあっしが起こすんだから〜〜」

「美幸、浅はかなり。こういうのは早い者勝ち」


まあ、何というか言いたいことは山ほどあるが……


『お前ら、勝手に俺の部屋に入るなーー!』


まあ、無駄だと思うけど……





登校中に動物病院から連絡が入った。

子猫が体調回復したらしいので、引き取りの電話だ。


今日は、帰りがいつになるかわからないし、土日は本宅に行かないといけない。


そう悩んでいると、涼華が「仕方ないわね。私が引き取りに行ってくるわ。感謝しなさい」とツンデレキャラのような事を言い出した。

余程、猫が好きなんだろう。

子猫を涼華にお願いすると木葉や美幸も行くことになったらしい。


子猫、人気があるな……


そんなわけで、涼華に治療費を渡して、クラスに入ると席に着く前に熊坂さんに声をかけられた。


「水瀬君、昨日はありがとう。おかげで良くなったわ」


「保健委員の仕事をしただけだよ。でも、顔色も良いし何か良いことでもあった?」


「うん、ちょっと言えないけどみんな水瀬君のおかげだよ。今度ちゃんとお礼させてね」


そう言って熊坂さんは、爽やかな顔つきで自分の席に戻っていった。


機嫌いいなあ〜〜


すると、今度は山川君がこっちに来た。


「水瀬君、おはよう。凄い事になってるね?」


「何が?」


「はあ〜〜水瀬君、少し世間に疎すぎるよ。今、ネット界隈ではミッチーとミチルの話で盛り上がってるんだよ。2人のツーショットがとても仲良さげで、ミチルの株も急上昇なんだ」


「へ〜〜そうなんだあ」


「もう、水瀬君も少し世間の動向に注目した方がいいよ。時代は目まぐるしく変わっていくんだから、話題についていけなくなっちゃうよ」


「そうだね。わかったよ」


「うんうん、わからないことがあれば僕に聞けばいいよ。大抵の事は網羅してるからね」


そう言いながらスマホ片手に自席に向かう山川君。

時間を惜しんで情報を集めているようだ。


オタクってこだわり強いよなあ〜〜まあ、俺もだけど……


まあ、こんなクラスではあるが割と居心地がいい。


涼華やクラスの人気者達は、仲良さげで話しているし、それでも暗黙のクラスカーストみたいなものはあるけどね。


ホームルームの時間になると、疲れきった顔をした角太が入って来た。


「え、〜〜みんなおはよう。欠席は‥…いないな。いきなりだが、この一年時から試験的に特進クラスを設ける事になった。このクラスにも該当者が何人かいる。この特進クラスは、成績が優秀というわけではなく家庭の事情や不登校児などを受け入れる予定だ。特に、家庭の事情でバイトなどをしなければならない子とかは希望が有れば受け入れるつもりだ。来週月曜日から該当者はそのクラスに移ってもらう予定だ」


角太が説明すると、生徒の反応は様々だ。


「何それ、そのクラスに入ると優遇されるって事ですか?」


「それは違う。ただ勉強は少し忙しくなるだろうな。まあ、個人の成績を鑑みて決める予定だ。それに、優遇されるとか特別扱いするとかは一切ないぞ」


「大学進学にはその特進クラスの方が有利なのですか?」


「いや、そういうわけではない。さっきも言ったが、この学校にも不登校の生徒がいる。そういった生徒を受け入れやすくする為でもあるんだ。だから、勉強は個別指導になる場合が多い。特に大学進学を目指している生徒は、このままの方が良いのではないかと思う」


「マジかよ。それって底辺のカス組ってことじゃん。特進って意味ねえ〜」


「田中、そういう言い方は良くないぞ。確かに人と関わるのが苦手な子もいるだろう。でも、そういう色眼鏡でみてはいかん。その子にはその子の良さがあるんだからな」


「まあ、俺は行きたくないね。でも、先生の言う事はわかったよ」


生意気そうに話すのは、以前体育館裏に俺を飛び出した井の頭君だ。

少し前まで大人しくしてたのだが、最近復活してクラスで元気に騒いでいる。


そんな話でホームルームは盛り上がっていたのだった。





11時前に校門を出て少し歩いたところで楓さんは車で待っていた。

最初は学校まで来ると言ってたのだが、目立つので少し離れた場所を指定しておいたのだ。


「光彦様、車の中でスーツにお着替え下さい。用意はしてありますので」


車はいつものロールス・ロイス ファントム 特別仕様車だ。

着替えを済ませて水瀬スタイルから貴城院スタイルに変わる。


「光彦様はやはりそのお姿の方が素敵です。それと近藤商事の会社の資料をテーブルの上に置いてありますのでご覧ください」


車の中にある小さめなテーブルの上に綺麗にファイルに閉じられている資料があった。


俺は、ゆったりとした椅子に深く腰掛けそのファイルに目を通す。


資料によると、近藤商事は元は米問屋だったらしい。

戦後、小豆相場で財を成した先先代は、積極的に海外との取引を行った。

主に食料品の輸入だ。


まだまだ貧しかった日本にとって、食料ほど貴重なものは無い。

そのおかげか、みるみる会社は大きくなり、現会長の喜三郎氏に受け継がれてからは、電化製品をはじめ、生活に密着した商売を繰り広げて来たようだ。


「元が米問屋だからか、生活関連の物が主流なんだね」


「ええ、恐らく戦後の貧しい日本を知ってるからでしょうね。ですが、ここ数年レアメタルの取引を頻繁にしています。将来を見据えて少し方針を変えたようですね」


確かに、日本が豊かになればなる程生活用品は必要なのだが頭打ちになる。新しい試みをするのは冒険だが、しなければ成長もできない。


「レアメタルの産出国は主に中国でしょう?最近の国の動向を見てると心配だね」


「ええ、ですので、新たに子会社を作ってベトナム、ミャンマー、ラオス、タイなどのASEAN加盟国と取引を試みていたのですが、最初は順調だったらしいのですが、今回大きな詐欺事件に巻き込まれてしまいまして多額の損失、およそ100億円の損失を出しています。そこをネット・ライジング社に漬け込まれた感じですね」


うむ、少しきな臭い感じがするな……


「あれ、当時の子会社の社長が近藤健吾ってなってるけど、この人身内?」


「ええ、喜三郎氏の長女の息子さんらしいです。まあ、お孫さんになりますね」


ということは、近藤商事の社長、近藤剛志さんの甥っ子ってわけか。

身内がヘマをして近藤商事が傾いたのね、なんか納得。


「近藤商事は、その他小さいながらも出版社や芸能関係にも力を入れてたようで、そちらの方も赤字が続いております」


「KNT芸能プロって割と大手だよね。そんなところも持ってるんだ」


「ええ、近藤家は内藤家からの分家です。家紋が内藤藤なのでその名前の頭文字と近藤家の頭文字から頂いているのでしょう」


ということは、まさか!


「あ〜〜やはりだ。ここは何としても存続させないと」


ある出版社が目に入る。

KNT出版……この会社はあの『ニート転生』を出版してる会社だ。


まさか、こんなところに縁が出来るとは……


ラノベが導いた縁だよね〜〜


「おおよそわかったよ。社員も多いし会長の話はきちんと聞いておこう」


「ふふ、それがよろしいかと」


何がおかしいのかな、楓さん……


まあ、話を聞いてみないとわからないよね。

俺は、それからも資料を読み続けたのだった。









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