第29話 御曹司の生還


「大丈夫ですか?今、助けます」


そう言って手を差し出してくれた女性は、スーツ姿の綺麗な女性だった。


「あ、ありがとうございます」


うわ〜〜マジ生きてるよ、俺。

絶対死んだと思ったけど、何とかなってよかった……


「どこか痛いところはありませんか?」


身体を動かして調べてみたが、骨とかは折れてなさそうだ。

ただ、多少の打撲程度の怪我はあり、そこかしこが痛い。


「ええ、少し痛いですけど、大丈夫です。親切にして頂きありがとうございます。お姉さん」


『ズッキュン!』


あれ、なんか変な音が聞こえたけど……


「あ、あの〜〜私は岡泉と言います。これ、連絡先です」


「はい、俺は貴……じゃなかった。水瀬光彦って言います。後でお礼しますね。せっかくなのですが、少し急いでましてこれで失礼します」


「は、はい。連絡お待ちしています」


嬉しそうに笑顔で応える岡泉さんは、何故か顔が赤くなっていた。


俺はそんな岡泉さんのそばを離れて、ホテルに引き返すのだった。





「はっ!若がヘリから落ちた?」


若の護衛官のひとりである霧峰月菜から驚きの連絡が入る。

先程も、近藤家の嫡男が部屋に軟禁されていると連絡が入り、この部屋に来たばかりだ。


「それで、若は無事なのか?………はあ!?空を飛んで無事着陸したあ!?」


意味がわからない。


若が空を飛んだ……ははは。

想像の斜め上をいく若には、私の常識など当てはまらないというわけか。


「さすが、若だ。それで、こちらも近藤家の長男を無事保護した。拘束されて大分血を抜かれているようだが、命に別状はない」


「本部長、これは蛇の遺留品でしょうか?」


すると、部下の1人が小さな布切れを持ってきた。


「これは何だ?」


その布切れを広げると女性用のパンツだった。

しかも、人形サイズの。


「一応、押収しておけ」


何故、蛇がこの会場に潜り込んだのか、近藤家の長男にいろいろ聞かなくてはいけなそうだ。


スキンヘッドの男が放った手榴弾で、多少の怪我人は出たがこちらの人的被害は微々たる物だ。

ただ、ホテルのあのフロアーはしばらく使い物にならないだろうが。


ここで蛇を取り逃したのは大きい誤算だ。

衛生探査で行方を追っているので、移動先は掴めるだろうが、こうもやられっぱなしというのは性に合わない。


「若に言って打って出ようか、いや、若はそんな事はしないな」


若の性格から無駄な争いは好まないだろう。


まあ、若に付いていればいずれ時期もくるだろうし、それに毎日が退屈しないしな……


権藤角太は、護衛官としてはあるまじき考えだが、密かにこの状況を楽しんでいた。



俺は、今、あるホテルの一室で正座をさせられている。

目の前には、楓さんを始め護衛官の人々。

俺の家族に美鈴ちゃん達まで勢揃いしている。


「光彦、危ない真似をしてはいけないでしょう。みんなにご迷惑をかけたのだから、きちんと謝りなさい」


そう叱るのは俺の母親、貴城院クリスティーナ。


正直、さっきから何度も謝ってますけど……


「そうよ。いくら私でもヘリコプターから落ちるなんて真似をさせないわよ」


なら、どんな事ならさせられるんだよ!

叱り方がおかしいのは俺の姉、愛莉姉さんだ。


「お兄様、可憐は心配でどうにかなっちゃいそうです」


可愛いお叱りをするのは妹の可憐だ。


う〜〜可憐は怒った顔も可愛い‥‥ほっぺたツンツンしたい。


「それは、どうしてもバッグが……」


あれからバッグを探したのだが、どこにも見当たらない。

命をかけて取り返そうとしたのに、失くしたなんて洒落にならない。


「光彦さん、私がプレゼントしたバッグがとてもた、大切なのは正直嬉しいですが、それで光彦さんが怪我でもしたら私は……」


そう言って泣き出してしまった、桜宮美鈴ちゃん。

バッグは確かに大切だよ。

中身はもっと大切なんだけど、それを言える状況じゃない。


「ごめん、もう無茶はしないよ。だから泣き止んでほしい」


俺が美鈴ちゃんを泣かせたあたりから、三条智恵さんからの圧が凄いことになっている。


でも、こんな場面でルナはともかく涼華が大人しいのは気になる。

いつもなら我先に文句を言ってくるのだが……


「でも、あのスーツが間に合って良かったです。これを見越していたのですね。さすがです、光彦様」


楓さんは全肯定してくれるが、見越せるわけないでしょう?

誰だってヘリから落ちるとは思わないし……


「それで、近藤家の娘さんは無事だったの?」


「ええ、今は病院に運ばれて検査を受けながら事情を聞いております」


楓さんがそう答えた。

因みに角太は、近藤家の兄妹に事情を聞きに行ってるそうだ。


そう言えばここにいない桜子婆さんはどこに行った?

孫の美里さんもいないけど……


「ところで桜子さんは、無事だったの?」


「ええ、今は美里さんと一緒に大浴場に行っています」


そうなんだ。

何だか自由だな、おい!

俺も池に落ちたからお風呂入りたいけど、シャワーで済ませちゃったんだよね。


「そうなんだ。今日は疲れちゃったからここに泊まろうかな。なんだか眠くなっちゃったし」


前の部屋とは違うが、この部屋もそこそこ広い。


「じゃあ、可憐もお兄様と一緒に寝ます」

「今日、光彦はお母さんと一緒に寝るのよ」

「わ、私も寝てあげてもいいわよ」


愛莉姉さんまで……まあ、みんな家族だしね。


でも、正直1人で寝たい。

みんながいるとゆっくりできる未来を想像できない。


そんなこんなで、みんなこのホテルに泊まることになった。

ただ、俺はゆっくり寝れなかったことだけは伝えておこう。





翌朝


「う〜〜身体が痛い」


普段使った事のない筋肉を使ったようだ。


「お兄様、コーヒーもう一杯いかがですか?」

「ありがとう、可憐。頼むよ」


朝のホテル、朝食のバイキングで可憐はせっせとコーヒーを取りに行った。


「光彦、体は大丈夫なの?」

「うん、筋痛痛が酷いけど、大した事はないよ」

「無理は禁物よ。今日は本宅に一緒に戻る?」

「いや、明日学校だからこのまま帰るよ。母さん達は本宅でゆっくりしてなよ」


別に貴城院家に行っても良いのだが、少し気になることがあって今日はいつもの家に帰ることにした。

それに、バッグを探さないといけない。

もしかして、親切な人が交番に届けてくれてるかもしれない。


「まあ、直ぐには昨日の奴らも襲ってこないだろうしね」

「愛莉姉さんは、仕事で忙しいんでしょう?今日ぐらいゆっくり休めば?」

「そうね、家でゆっくり過ごしわ。パーティーもアクシデントがあったけど概ね成功したしね」


俺にとっては昨日のパーティーは散々だった。

それに、俺の鞄が見つからない。

いったいどこにいってしまったんだ?


涼華達は、楓さん達と一緒に別テーブルで朝食を食べている。

涼華は相変わらず元気がないが、他の面々はいつもどおりだ。


すると、そこへ眠そうな目を擦りながら角太がやってきた。

自分でコーヒーを淹れて、俺のいるテーブルの空いた席に着く。


「若、皆様、おはようございます」


「随分、眠そうだね。徹夜だったのか?」


「ええ、近藤家の兄妹に事情を聞いてその裏取りを確認していたら朝になっていました」


「大変だったね」


「そうでもないです。ですがいろいろなことがわかりました。ここで説明しても?」


「そうだね。部屋に戻ってから話そうか。聞かれてマズい話もあるだろうし」


食事を終えた俺達は、角太がコーヒーを飲み終わるのを待ってから部屋に向かった。


部屋に戻り、母さん達は帰り支度をしている。

その間、角太と話をする。


「近藤家の長男、近藤直輝は、渋谷で人形を抱いた少女に会ったそうです。そして、妹の祐美が愛莉様のパーティーに招待されていたことを知り、その旨を蛇の連中に話したらしいのですが、これには少し混み入った事情があります」


「そうなんだ。それでその混み入った事情とは?」


「近藤家は、東南アジアの子会社が詐欺まがいなことにあいまして、資金回収ができなくなったらしいのですが、その隙を突いて新興家の三橋家が資金援助したらしいのです。ですが、実質的には近藤家の企業の買収目的なのですが、その三橋家の長男を三橋恭也というのですが、近藤直輝を小間使いのように使って日々如何わしい女遊びをしていたそうなのです」


「う〜〜む。よくある話だけど、それが今回の件にどう関係するんだ?」


「その三橋恭也が桜宮美鈴様と三条智恵様をその遊び相手に欲したらしいのです」


「はあ!?そいつバカなの?」


「ええ、おそらく……それで近藤直輝は反対していたのですが、三橋恭也なる人物は、親の会社と妹を脅しのネタに使って実行させようとしてたようです」


はあ〜〜そんなバカがこの世にいるんだ?

後でどうなるかまるでわかっちゃいない。


「仕方なしに、蛇との協力関係を築いて今回の件が発生したわけなのですが、妹の近藤祐美は、兄の拘束された姿を見せられ脅されて美鈴様達を誘い出す役目を仕方なしにしたようです」


「うむ、蛇の件はどうしようもないとしてもその三橋恭也だっけ?そいつはどうにかしないとまた美鈴ちゃん達が狙われる可能性があるってわけだ」


「ええ、今回、その件で少し裏取に時間がかかり報告が朝方になってしまったわけですが……」


「角太、十分仕事が早いよ。一晩で調べたのだろう。さすが角太だ」


「お褒めに預かり、恐縮です。で、若、どうしますか?」


「ふふふ、最近いろいろなことがあって疲れちゃったし、それにこの件に関しては最強の親バカがいるだろう?その人に任せていいんじゃないか?」


「ははは、確かにそうですね。美鈴様の件に関してこれ以上頼もしい人もいないでしょう」


俺と角太は、不敵な笑みを浮かべながらある人物のことを考えていた。

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