第30話 最強の親バカ


「へ〜〜くしゅん」


誰か僕の噂話をしてる気がする。

それにしても美鈴が無事で本当に良かった。

美鈴が拉致されたと聞いた時は、寿命が縮む思いをしたよ。

勿論、犯人は絶対に許さないし、見つけたら生きたまま火葬場で焼いてもらおう。


それにしても、助けてくれた光彦君達に感謝してもしきれないよ。

それに美鈴から話を聞いて驚いたんだ。


美鈴がプレゼントのバッグを取り返す為に動き出したヘリコプターに掴まり、挙げ句の果てに落ちたバッグを掴む為に自分の命を顧みず自分も手を離して落ちるなんて、どれだけ美鈴の事が好きなんだ、光彦君は……


「だが、嫁にはやらんからな!」


「あなた、何をさっきから百面相しながら、ブツブツ呟いてるの?」


ソファーに座って新聞を読みながら、そんなことを考えていたら妻の百合子に変に思われたらしい。


「そんな変な顔をしていたかい?昨日の件を少し考えていただけだよ。そういえば美鈴はまだ起きてこないようだね」


「おそらく、精神的にも疲れたのでしょう。今日ぐらいはゆっくりさせてあげましょう」


うん、うん、奥さんの言う通りだね。

ゆっくり休んで昨日のことなど記憶から消してしまえば問題ないよね。


「旦那様、貴城院セキュリティーサービスの者から昨日の報告書が届きました」


この家の使用人の女性が少し厚めの封筒を持ってきた。


もう、調べ上げたのか、さすが仕事が早いな。


私はその封筒を受け取り、中身を開く。

ファイルに閉じられている資料を読んでいくうちに手が震えだした。


「あ、あなた、どうしたの?そんな怖い顔をして」


はっ、マズいね。これは本当にマズい。


「百合子ごめん、今日の買い物は付き合えなくなってしまったよ。少し仕事でやる事ができたから」


「そうなの?お仕事なら仕方ないわ。でも、埋め合わせはちゃんとしてね」


うん、少し拗ねる百合子は、可愛いねえ〜〜

ああ、僕はなんて幸せものなんだろう。

可愛い妻と目に入れても痛くないほど愛らしい子供達。

そんな家族を少しでも傷つけられたら、僕は何だってしてしまうよ。


席を立ち、先ほどの資料を握りしめて自分の執務室に向かった。





三橋雷電は、小さい頃からその名前のせいで虐められて生きてきた。

父親がつけたらしいが、その父親は痴漢という犯罪を起こして父と母は離婚した。


親権者が母親になった三橋雷電は、外で遊ばずアパートの一室で過ごす事が日常となった。


その時夢中になったのが、母親が持っていたパソコンだ。

パソコンがあればゲームもできるし、ネットに繋がれば世界中の情報が手に入る。

夢中になったパソコンがどうやって動くのかいつしか疑問を抱いた三橋雷電は、プログラムというものを知る。


当時、小学生だった三橋にはこの英語の羅列がどうしてあの画面のように動くのか理解できなかった。


だが、図書館でプログラミングの本を読み、自分も本の通りにコードを書いてみると簡単なプログラムを作ることに成功した。


勿論、直ぐにできたわけではない。

わからない英単語は辞書をひいて調べたり、何度も失敗したりした。

そうして完成したのが、画面上のウィンドウ中にピクチャーウィンドウを作り線や円を書くといった簡単なものだった。


三橋は、その成功によってパソコンにのめり込んだ。

そして、地元では有名な進学校に入学し大学も一流と言われるところに入った。


その大学時代に、アルバイトや自作したプログラムを販売して貯めた資金で株式投資をし始める。

運良く三橋の投資は成功して大学時代に起業するまでになった。


会社は順調に伸びていき、資金も潤沢になった頃、友人の勧めで企業買収に手を染めるようになる。


初めは小さな会社の買収だったが、その企業が手がけていた半導体の部品の特許を持っていたので、その特許が時代の流れで必要な物となり、資金がますます増えていった。


いつしか、業界内では知らぬ者はいない存在となり、マスコミやテレビにも出演するようになる。


その頃、出会った女性と結婚して子供もできた。

男の子だったので恭也と名付ける。


仕事に夢中だった三橋は、家庭を顧みることはあまりしなかった。

それでも妻には沢山のお金を渡していたので文句は出なかった。

それに息子に対してもどう接して良いのかわからない。

自分には、父親という存在がほとんど皆無だったからだ。


子供は親がいなくても勝手に育つ。

自分がそうだったから、自分の子もそうなのだろうと勝手に決めつけていた。


そんなある日、月曜日のこの日は午後から重要な会議がある。

担当の幹部クラスの銀行職員や証券会社のお偉いさん、そして顧問弁護士や税理士といった面々がこの会議に出席する。


朝10時に出社して、初めにするのは株価のチェックだ。

自社株もそうだが、投資先の動向をパソコン画面でチェックする。


すると、秘書の女性が来客を伝えた。

今日は、大事な会議がある為、他のアポイントは予定に入っていないはずだ。


「邪魔するよ」


そう言いながら突然、私の部屋に入って来たのはあの桜宮コンツェルンのCEO桜宮嘉信だった。





「三橋君、久しぶりだね」


「これは桜宮さん、今日はどういった御用件で?生憎午後から重要な会議がありましてそれほど時間を取れないのですが……」


「そうだね、アポを取らないで訪問するなんてマナー違反だね」


(急に来て謝罪も無しか、何を考えてるんだ、この人は……)


「桜宮さんが私のところに来られるとは余程重要な要件なのでしょうか?」


「うん、今日はねえ、同じ学園の子を持つ親同士で子供自慢でもしようと思ってね、ここまで来たんだよ」


そう言った桜宮嘉信は、スマホを取り出して撮影された写真を見始めた。


「はい!?あの〜〜桜宮さん?」


「ああ、これは美鈴が3歳の七五三の時の写真だね。綺麗な着物を着て緊張している顔が初々しいねえ〜、この時、美鈴の緊張を解す為に『いないいないばあ』をしたら、逆に美鈴は『パパがいなくなっちゃ嫌だ』と、言って泣きべそをかいたんだ。どうだい、最高に可愛いだろう?

 ああ、これは翔一のサッカーの試合の時の写真だね。シュートが決まらなくて涙目で悔しがってる顔だよ。たくさん練習すれば誰よりもカッコいいシュートが決まるよってアドバイスしたんだ。それから、これは……」


「桜宮さん、すみません。桜宮さんのお子さんが可愛いのは理解してますが、今は仕事がありますので」


「うん、うん、仕事は大事だよね。何せ家族を養っていかなくちゃいけないからね。でも、わかって欲しいんだ。僕はこんなにも家族を愛してるって事をね」


(なんだ、こいつ。マトモそうな顔して頭が狂っているのか?)


「実はね、昨日ホテルであるパーティーが開かれたんだ。貴城院愛莉ちゃんが経営する化粧品会社のね。そこで、どういうわけかテロリストが紛れ込んでいたようで美鈴とその友達が拉致されたんだよ」


「えっ、そんな話があったのですか?今朝のニュースではそんな話は微塵も無かったですよ」


「まあ、表向きはホテルのガス漏れ事故ってことになってるけどね。ニュースになるのはこれからかな?」


「それは、なんと言ったら良いか言葉が見つかりませんが、桜宮さんの心中をお察しします」


「うん、でもね。ある人達が命をかけて美鈴達を連れ戻してくれたんだ。感謝しても仕切れないよ」


「ご無事だったんですね。それは良かったです」


「うん、本当に良かったよ」


「それで、そのお話と私の会社の訪問に何の関係があるのでしょうか?」


「三橋君と最初に会ったのは、近藤君の仲介で銀座のクラブだったね。もう、一年前のことだね。あの時、確か三橋君の息子さんが朱雀学園に入りたいと言ってたんだよね。私は学園の理事の1人でもあるから近藤君の手前、快く承諾したのだけどね」


「そうです。その節はお世話になりました」


「いや、構わないよ。でもね少し後悔してるんだ」


「後悔ですか?その〜〜どういったことで?」


「昨日のテロリストを招き入れたのが近藤君の息子 近藤直輝君だったんだよ」


「えっ……」


「近藤直輝君がいうには、いつも遊んでる仲間にある事を言われて悩んだ挙句にテロリストと協力してしまったようなのだけどね、問題はある仲間の方なんだよ」


(まさか、恭也じゃないよな……)


「近藤直輝君はその仲間と一緒にある遊びをしてたそうなんだ。まあ、どこにでもある女性と淫らな行為をする遊びらしいのだけど、とある筋から薬まで使ったらしいんだよ。それで壊されてしまった女性が何人もいるようだ。怖いね〜〜」


「…………」


「それで、近藤直輝君は、テロリストと結託しなければならないほど追い詰められてた理由は、うちの娘とその友達、三条家のご令嬢をだね、その遊びに加える為だったようだよ」


「…………まさか、うちの息子が?」


「恭也君と言ったかな。三橋君の息子さんは……」


「ええ、恭也です。まさか、本当に?」


「私もね、他所のお嬢様がどうにかなるのだったらここまでしないのだけど、美鈴が絡んでくるとなると話は別なんだ。何せ私は家族を愛してるからね」


「桜宮さん、少しお時間を頂けませんか?恭也に確認してからでないとお話ができません」


「うん、そう言うと思って部下に連れて来るように言ってあるよ。そろそろ来る頃じゃないかな?」


「離せ!離せよ!俺を誰だと思ってるんだ。こんな事をしたらただでは済まないぞ!」


部屋の外で大きな喚き声が聞こえた。

すると、この部屋のドアが開き、黒のスーツを着た2人の男性に挟まれて学生服を着た少年が入って来た。


「あ、お父さん、こいつらが俺を拉致ったんだ。始末してくれよ」


少年の第一声がそんな下衆な言葉だった。


「恭也、お前……」


三橋雷電は、言葉が出なかった。


「君は恭也君だね?」


と、桜宮嘉信は少年に尋ねる。


「なんだ、おっさんは黙ってろ!なあ、父さん、こいつらをどうにかしてくれよ」


「恭也!お前、何をしたのかわかっているのか?」


突然、怒鳴り出した父親の声に一旦大人しくなった恭弥也だが、身に覚えのないお叱りを受けたことにより、少しばかりの反抗心が湧いて出た。


「何もしてない!それより、黒スーツの男をどうにかしてよ。腕が痛くてたまんないよ」


この状況を見て桜宮嘉信は口を開いた。


「三橋君、今日、朝イチで近藤君のところに行って来たんだ。彼は事情を話すと僕の前で土下座して「私はどうなっても構いません。ですが息子の命だけはどうかお助け下さい」って言ったんだ。子を持つ親ならその言葉の意味は十分理解している。だから、火葬場に送るのはやめたんだよ。

 知ってるかい?火葬ってのは日本では当たり前になってるけど海外では土葬が一般的なんだ。中国や韓国も儒教の考え方によるものが大きくてね、魂は二分割されて天と地に帰るとされている。地に帰る魂の器が必要でね、火葬は嫌がられて未だに土葬されているところも多いんだ。

 他の国もキリスト教の影響で火葬を避けているところが多い。火葬を積極的にしてるのは日本とイギリスぐらいじゃないかな。まあ、他の国は良くは知らないのだけどね、ははは。

 それで、火葬場なのだけど海外でもきちんとあるんだよ。日本はいろいろな書類や手続きが必要だけど、海外では手間をかけずに焼ける場所があるんだ。

 いいよね。火葬場。すぐ近くで死体とはいえ人が焼かれている場所で参列者達は飲み食いしてるんだからね。本当アットホームな場所だよ。あそこは」


「桜宮さん、待って下さい。恭也からきちんと話を聞いて事実ならきちんと謝罪させますから」


「僕はさっきも言っただろう。家族を愛しているのだと。家族を傷つけようとした者は火葬して骨を砕いてやりたいんだ。でも、近藤君の件もあるからね、その手は残念だけど諦めたよ。

 だけど、三橋君も少しやり過ぎたよね。今度はテレビ局と新聞社を狙っているんだって?この二つの企業が社会に及ぼす影響を考えたことがあるのかい?ニュースや新聞を読んだ者がその事が嘘でも本当のことだと信じてしまう。勿論、全ての人がそうだとは思わないよ。でもね、それだけ社会に及ぼす力が大きいんだ。それを手に入れて君は何をしようとしてるのかい?」


「なんで、そのことを……」


「君のメインバンクと証券会社の者に聞いたんだ。君の顧問弁護士は職務怠慢じゃないかな。随分と口が軽いようだけど。

 あ、それから謝罪はいらないよ。受け取る気もないから。僕も忙しい身だからあとは専門家に任せる事にしたよ。仕事の途中で邪魔したね。もう、仕事もできないと思うけど……」


そう言って桜宮嘉信は、部屋を出て行った。


この後直ぐに、公安警察の者がこの会社に入り、三橋雷電と息子の恭也は、国家転覆罪の容疑者として捕まった。

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