第3章

第31話 御曹司の先延ばされた命


「ああ、どこに行ってしまったんだ」


昨日、ホテルから帰る途中で交番に寄り、バッグの落とし物がないか尋ねた。

警察官は、あちこちに問い合わせてくれてバッグが届いて無いことを確認してくれた。


俺はそのまま書類を書いてバッグが届けられたら連絡がくることになっている。


「学校なんか行ってる場合じゃない。探しに行かないと」


「学校は行かないといけませんよ」


そう言いながら楓さんが紅茶を持ってきてくれた。


「主人、菅原の手の者に頼みますか?」


一緒に朝食を食べているルナが話しかけてきた。


正直、探してくれるならこんなありがたい事はない。だがしかし、貴城院の者としてこんな私的な事で人を動かすわけにはいかない。


「いや、大丈夫だよ。連絡がくるのを待ってるよ」


紅茶を手に取り口に近づけると、楓さんから話しかけられた。


「今日、木崎家の人達の荷物が運び込まれます。それと将来を見込んで裏庭に離れの住宅を造り木崎家のご家族には将来的にそちらに住んで頂いてこの家の管理を任せたいと思うのですがどうでしょうか?」


まあ、この家買っちゃったし管理する人は必要だよね。


「わかった、それで構わないよ」


「では、そのように手配します。それと奥様からご連絡がありまして今週の土日は本宅にお越しくださいとのことです。重要な話があるから絶対に起こし下さいと、念を押されました」


「特に予定は無いから構わないけど、なんだろうね、その重要な話って?」


「さあ〜〜分かりかねます」


あれ、楓さん。少し怒ってる?


食事も終えて、2階に上がり鞄を取りに行く。涼華も俺の後に続いたが相変わらず元気がない。


声をかけようとしたが、おそらく何を言っても無駄だろう。 

この件は自分で解決するしかない。


俺は自室に入り鞄を手にする。

ふと、姿見の鏡を見ると、この間まで纏っていた黒いオーラは薄くなっていた。


まだ、死は確定なんだな……


完全には消えていない黒いオーラは、俺の命が先延ばしになった事を意味する。


これだと、3ヶ月ぐらい?


本当は先日の事件でヘリから落ちて死んでいたのだろう。


そういえば角太からの報告によれば、蛇の連中は東京湾を抜けて太平洋沖で消息を絶ったそうである。


ヘリコプターを用意できる程の資金力を持つ蛇という組織は、血を求めて何をするつもりなのだろうか?


おっと、考え事してる場合じゃないな、学校に遅刻してしまう。


玄関で待っていた涼華と一緒に家を出て、駅に向かう途中で木葉に出会う。木葉は、和樹君を小学校近くまで送って行ったようだ。


そんな木葉が落ち込んでいる涼華を見て俺に尋ねる。


「暴力女が落ち込んでる?」


「ああ、まあちょっとあってね。恐らくだけど強い相手と戦って自分の不甲斐なさを思い知らされたって感じかな?」


木葉だけに聞こえるように小さな声で囁く。


「そうなんだ。それに光彦も元気がない」


「俺は土曜日にバッグを無くしてしまったんだ。大事な物が入ってたからショックでね」


「そうなんだ……」


「でも、木葉は元気そうで良かったよ。良い事でもあった?いや、寧ろ何か怒ってるのか?」


俺は木葉の黄色と赤の入り混じったオーラを見て判断する。


「両方、今日は、美幸が退院してくる」


「そうだぞ。美幸さんもいろいろあったから落ち込んでいるだろうし、大勢の人に囲まれてた方が、気持ちも回復するかもしれないしね」


「うん、美幸をよろしく」


「ああ、承知した」


「今のは良いこと。私が怒ってるのはあの野球バカ兄貴の件」


「大輝先輩がどうしたの?」


「昨日、私が和樹と一緒に公園で苔観察してたら、朝練終えたバカ兄貴がやって来て和樹と野球しだした」


「あ〜〜そうなんだあ」


「折角、苔仲間ができると思ったのに残念」


まあ、趣味や何に興味を持つかはその人の自由だからね〜〜


「だから、私は決めた。光彦にする」


「え?何を決めたの?」


「光彦を究極の苔男子にする」


苔男子って!?


確かに苔テラリウムなんかは意外と人気あるみたいだけど、今はそこまで興味はないんだよね〜〜。


今は、ラノベやアニメグッズが俺のマイブームなのだ。


「だから、光彦、今週の土日は苔観察に行く」


「木葉、今週の土日は、本宅に行かないといけないんだ。そうだ、木葉も一緒に来るか?可憐も帰ってきてるし」


「可憐には会いたい。で、愛莉はいる?」


「予定はわからないけど、今は仕事が忙しいからいないんじゃないかな?」


「なら、行く。あそこの家にはいろんな苔がありそう……」


木葉って愛莉姉さん苦手だよね〜〜、まあ俺もだけど。


重要な話と言っても直ぐに終わるだろうし、そのあと木葉に付き合えばいい。


木葉といろいろな話をしていると、学校まで着いてしまった。

その間、涼華は一言も口を開かなかった。





クラスに入り席に着く。

すると、山川君が僕のところにやって来た。


「水瀬君、おはよう。土曜日は残念だったね」


「おはよう、山川君、その残念って?」


「サイン会に来れなかっただろう。僕はちゃんともらえたよ」


そうか、あの時女装してたから行けなかったと思ったのか。

でも、山川君、俺もサインをもらったのだよ。無くしたけど……


「用事があって抜けられなくてね」


「そうなんだ。まあ、気を落とさないように。それでね、そのサイン会に物凄い美少女が現れたんだ。掲示板やSNSでは、すごい盛り上がってるよ。僕も一緒に写真を撮ったんだあ」


と、言って山川君がスマホを取り出してその写真を見せてくれた。


「えっ、マジ!!」


そこに写っていたのは紛れもなく俺だった。


「水瀬君、ちょっと声が大きいよ……」


確かにクラスの連中がこちらを見ている。


「すまん、それでなんで盛り上がってるの?」


「モデルも真っ青な美少女が、僕らの同志だったんだよ。盛り上がらない方が不思議だよ」


そうなんだ……

あれ、俺、いつ山川君と写真撮ったんだ?

あの時、急いでいて周りをよく見てなかったけど、山川君。そこにいたんだ。


「僕、この写真一生の宝物にするんだ。どうだい、水瀬君羨ましいだろう」


宝物って……それ俺ですけど、何か?


「そ、そうだね〜〜羨ましいねえ〜〜」


そう言うしかないよね。


「は〜〜い、皆さん、席についてね〜〜」


そう言ってクラスに入って来たのは、若い女性教諭だ。


「今日は権藤先生がお休みなので副担任の私、鹿内真奈美がホームルームを担当します」


角太は休みなのか?

あの事件の事後処理で忙しいのだろう。


「皆さんは部活動はもう決めましたか?この学校では必ずどこかの部に入るのが決まりです。現在既に部に入って頑張ってる人もいると思いますが、入部申請届を権藤先生か私に提出して下さいね」


そうか、部活に入らないといけないのか……


「それと、明日は実力テストがあります。試験は国語、数学、英語の3教科ですが、範囲は今までの復習になります。皆さん、頑張って下さいね」


テストもあるのか……


鹿内先生は、この後出席をとり連絡事項を説明して職員室に戻って行った。





少し前の出来事。


その男は、場外馬券場で狙っていた馬が予想を外して8位という結果に持っていた金を紙屑にしてしまった。


「ついてねえ!なんであのコーナーで抜かされてんだよ。この駄馬め!」


馬には全く罪は無いのだが、あたる場所がなくて自分の運の無さを馬のせいにしていた。


帰りの電車賃もすってしまったその男は当てもなく彷徨っている。


「今、帰っても明美の奴、うるせえしな!」


男は40半ばぐらいの年齢。

普段は、スナックで働いている明美という女のところに潜り込んで立派なヒモ生活をしている。


男は、肩を怒らせ歩いており、周りの人達は関わらないように避けている。


その男がふと立ち止まった。

歩道の植え込みにバッグが落ちていたからだ。

 

「はああ、誰か落としたのか?」


一眼見て高価なバッグだと判断した男は、周りに人が見ていない事をいいことに、そのバッグを拾い上げた。


「なんで〜〜肩紐が切れてんじゃねえか!」


バッグをリサイクルショップに持ち込んでお金に変えようと思っていた男は、査定が低くなることを心配した。


そして何食わぬ顔をしてそのままバッグを持ち帰ったのだった。

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