第63話 御曹司は病院に行く


あれから会長室に行き、鷺宮さんから再度頭を下げられた。

少し話し合いをして、明日の午前中、もう一度会社に行くことになってしまった。俺の新しい秘書を明日紹介してくれるそうだ。


そして、今は日本橋のマンションにいる。

マンションに入るとルナが居て簡単な食事を作っておいてくれたようだ。


「ルナ、来てたんだ?」

「主人のいるところがルナの居場所ですので、ニンニン」

「最近、顔を見なかったけどもしかして?」

「主人の会社の調査をしておりました」

「やはりそうか……助かるよ」


ルナは会社内の人達や取引先との関係などをまとめたデーターをUSBメモリに入れてくれたらしい。


「パソコンないけどこれ見れるかな?」

「主人の執務室の机に楓殿がパソコンを用意してくれました。机の引き出しには小さめノートパソコンもありますよ」


至れり尽くせりだね。


「それは助かるよ。ルナは食事食べたの?」

「いえ、まだでござる」

「じゃあ、一緒に食べようか」


ルナと二人きりの食事なんて久しぶりだ。


「こうしてルナと一緒に食べるなんて山籠り以来かな?」

「この間、一緒に牛丼を食べたじゃないですか?」

「あ、そうだった。あの山籠りの印象が強くて忘れてたよ」


父を亡くしてからルナと一緒に修行してた時、師匠に連れられてルナと二人きりで山に置いていかれた。

食べ物は現地調達で食べれそうなものは何でも食べたっけ……


「それで、この黒い物体は何かな?」


皿の上に黒く焼かれた物が大量に置かれている。

見たくはないが、足が4箇所に生えていた。


「それはイモリの黒焼きです。美味しいですよ。ポリポリ」


確かに修行中は何でも食べた。

だから、蛇やカエルなんかも食べた気がする。

でも、何でわざわざ今食べなきゃいけないの?

それにイモリって店で売ってるのか?

捕まえに行くとしてもその方が労力の無駄遣いじゃないのか?


「まあ、食べるけど……ポリポリ。なあ、ルナ。これ食べるとなんか動悸みたいなのしないか?」


「それは……拙者は準備はできてます」


「はあ、そうじゃなくってさあ……何か目も霞むし……」


「それはイモリ様のご加護であります」


「そうなの?ちょっと待って……」


スマホでイモリを検索する。

すると、イモリの黒焼きには惚れ薬になるという話が載っていた。

だが、詳しく読んでみるとイモリの赤腹部分には少量のテトロドトキシンが含まれており、このテトロドトキシンはフグの毒と同じでその症状が動悸、めまい、痺れ、歩行困難などを引き起こすと書いてある。

この効果が恋のドキドキ感と似てるため相手を好きだと勘違いさせてしまうらしい。なので、大量に摂取すると危険と書いてある。


「ルナ、これたくさん食べちゃダメなやつだ。マジで死ぬかもしれない……」


「そんなことはありませんよ。これはイモリ様のお導きです。はあ〜主人を見てるとドキドキします〜〜」


俺は即行で救急車を呼んだのだった。



翌朝、病室で目を覚ました俺は隣で点滴を受けながら呑気に寝ているルナを見てホッとする。致死量の毒を摂取してなかったおかげで俺とルナは無事だった。


病院から連絡が入ったのだろう、楓さんが心配して来てくれてた。


「全くルナには呆れますね!」


そう言ってプンスカ怒っている。

今、呑気に大口を開けて寝ているルナが目を覚ましたらどうなることやら……


「楓さん、迷惑かけたね。俺もルナもこうして無事だったんだからルナを大目に見てやってね」


と、一応フォローを入れておく。


「はあ〜〜わかりました。光彦様はルナには甘いですよね?でも、今回だけですからね」


「まあ、一応姉弟子だからね」


「でもどうしてルナはあんな風に育ったのでしょう?妹の星菜は良識ある賢い子ですのに」


ルナの妹、菅原星菜は俺の妹の可憐の護衛官を務めている。


「人それぞれだから、それにルナだって良いところはたくさんあるし」

「それはわかっていますけど……でも今回はおバカのしすぎです」


確かに、あと1匹食べてたら危なかったと医者が言ってたしね。


「それは否定出来ないけどね。それから今日は近藤商事に行かなくちゃいけないんだ。その前にマンションに寄ってバッグを取りに行きたいのだけど」


「わかりました。私も付いて行きますからね。わかりましたか?光彦様」


いまだに怒っている楓さんを何とか宥めながらマンションに向かう。

ルナは寝ていたのでそのまま病院に置いて来た。


スーツに着替えて学生服とバッグを持っていく。

勿論、USBメモリとノートパソコンもバッグの中に押し込んだ。


車で近藤商事まで行き、楓さんが車を駐車場に入れてる間、俺はロビーで楓さんが来るのを待っていた。


「あの〜貴城院会長ですよね?」


そう話しかけて来たのは、この間ナンパ男にナンパされていた受付嬢だ。


「そうだけど、君はこの間の受付の人だよね」


「はい、沼袋沙希と申します。おはようございます、貴城院会長。この間は、失礼な振る舞いをして申し訳ありませんでした」


そう謝られた。


「先日の件は、こちらも学生スタイルだったから仕方ないと思う。でも、誰であっても誠実な対応を心がけてほしい。それからこんなご時世だから、この前のように一般常識が欠けていて仕事中に変な事を言ってくる相手には直ぐに警備の者を呼ぶように。受付は会社の顔だし、君達の安全もきちんと確保してほしい」


「はい、肝に銘じておきます」


そう言ってその子は、頭を下げて受付に戻って行った。

楓さんが来て一緒にエレベーターに乗り会長室に向かう。


すると、会長室をノックして入って来たのは昨日の鷺宮課長だった。

その背後には、20歳代の女性が付き従っている。


「おはようございます。貴城院会長」

「おはよう、鷺宮さん、昨夜はご苦労だったね」

「いいえ、こちらこそご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。それと櫛凪様ですよね。お噂はお聞きしております」


俺の隣に控えているメイド服の楓さんに向かって頭を下げている。


「初めまして、櫛凪楓と言います。光彦様の専属の侍女をしております。私も前会長の近藤喜三郎様からお話はお聞きしてますよ。とても優秀なお方だと」


「櫛凪様にそう言ってもらえて光栄でございます。それで今日は貴城院会長の担当秘書をご紹介します」


鷺宮さんがそう話すと後ろに控えていた女性が頭を一礼をして自己紹介を始めた。


「秘書課の野方胡桃と申します。入社して3年目の若輩者ですが貴城院会長の手となり足となって誠心誠意お仕えしたいと思っております。よろしくお願い致します」


そう言った野方さんは綺麗な黒髪を後ろで一本に編みこんだ髪型をしており、その容姿は整った顔立ちをしていた。


「貴城院光彦です。こちらこそよろしくお願いします」


俺も名前を名乗っておく。


「では、紹介もすみましたので昨夜の件からお話し致しましょうか」


鷺宮さんの話では、昨日の暴力沙汰で馬場係長をはじめとした3人は警察に事情を聞かれているらしい。こちら側の処分としては馬場係長を含めた4人には退職処分となるらしい。


追加の話では、あの営業2課は社内でも問題のある部所だったらしい。

課長の近藤健吾がいた部所なので想像通りなのだが、真面目な社員にとっては地獄のような場所だっただろう。


営業2課は、主に子会社や下請会社などを相手にしてたらしいが、取引先からもすこぶる評判が悪くリベートなども隠れてもらっていたようだ。


「営業していればそういう話もあるだろうけどね」


「ええ、ですが脅迫まがいのリベートなどただの恐喝です。これも会社側としても見過ごせる状況ではありません」


まあ、取引先にとっては災難だよね。


「近藤社長も考えがあるだろうから、取引先のフォローをしっかりしてくれれば俺からは他に何も言うつもりはないよ」


「畏まりました。それで昨夜話あった通りアンケートを各部所に配布する事を社長からも承認をもらいました。結果が出るまで数日は頂きたいのですが……」


昨夜、鷺宮さんと話し合いして各部所にアンケートを配布することにした。


内容は、現状の不満点及び改善点など社員目線からの各部所や企業全体の問題点をどう把握しているのか知りたかったからだ。


それと、社員個人の希望もアンケート項目に入っている。


高田さんみたいに他の部所に移りたくても取り合ってくれないで諦めている人もいるだろうし…


「急がなくていいよ。そのかわりきちんと書いてほしい。それと集計はしなくていいから回収したものはこの部屋に置いておいてくれる?時間がある時に眼を通すから」


「えっ?会長自ら目を通すのですか?」


「そうだけど、そんなに驚くことなの?


「いいえ、失礼しました」


鷺宮さんは、意外そうな顔をしている。


社員人数多いけど、野方さんもいるしどうにかなるだろう。


「それでしたら新しい部所を設けてはどうですか?会長直属の部所で『社内環境課』なんてどうでしょう?」


「そうですね。良いと思います」


鷺宮さんもその案に賛成する。


楓さんの一声で、近藤商事に新たな部所が設置される事になったのだった。

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