第62話 御曹司は気分転換する


愛莉姉さんに文句を言う為、タクシーで会社に戻る。


因みに夏波さんとミチルはそのままタクシーで家まで帰って行った。


受付で愛莉姉さんに面会を求めると、今日の3時頃ニューヨークに向かったらしい。

今度はアメリカに販路を拡大するようだ。


「逃げたなぁ〜〜」


仕事は本当なのだろう。

だが、タイミングが絶妙すぎる。


このまま家に帰ってもイライラするだけだし俺は日本橋にあるマンションに行くことにする。

 

会社のモデル控え室で着替えを済ませたので今は素の自分の姿だ。


タクシーで行こうと思ったが気分転換に地下鉄で行くことにする。

スマホのナビを見ると、まず日比谷線で銀座まで行き、そこから銀座線に乗り換えて日本橋まで行けば20分もかからないで着くようだ。


会社帰りの人が多く電車は混んでいたが短い時間なので苦にはならない。

それより、新鮮な感覚を得ていた。


こうしてひとりで出かける事など滅多にない。近くに監視役の護衛官がいるのかもしれないが、それでも珍しいことなのは変わりがない。


地下鉄内でみんなに連絡を入れておく。

楓さんから明日の朝迎えに来ると返信がきたが、電車で行くから大丈夫だとメッセージを送り返した。


地下鉄を降りてマンションまでのナビを開くとここからだと結構歩くようだ。

マンションの最寄り駅はここから二駅程先だった。


歩くのも良い気分転換になるし……


少し歩いて行くと近藤商事が見えてきた。

ビルの明かりが煌々と輝いているから残業している社員がたくさんいるのだろう。


会社を過ぎたところで前から両手いっぱいにコンビニのお弁当らしき袋を持っている若いスーツ姿の男性が歩いて来た。


連絡が入ったようで、お弁当の袋を歩道脇にある植木の縁部分に置きスマホを取り出して話始めた。


「は、はい。もう直ぐ着きます。えっ!?唐揚げ弁当をもうひとつですか?もう、会社の前なので一度戻ってからでもいいですか?……わかりました。直ぐに買ってきます」


半ば諦めたように引き返して行く若いサラリーマン。


それ以上荷物は持てないだろうに……


「お兄さん、俺が買ってきますよ。唐揚げ弁当ひとつでいいんですよね?」


「えっ?聞かれちゃった?恥ずかしいところ見られちゃったね。学生さんにそんなことさせるわけにはいかないよ。僕は大丈夫だから」


「でも、その荷物を持って買いに行けますか?」


「はっ、そうだった……こんなこと頼むのは悪いと思うんだけど荷物を少しみててくれないかな?その間に急いで買ってくるから」


「いいですよ。お安い御用です」


「すまないね。直ぐに買ってくるから」


その若いサラリーマンはダッシュして来た道を戻っていく。


そして待つこと数分。

さっきのサラリーマンが戻ってきた。


「学生さん、助かったよ。どうもありがとう」


少し汗ばんだ額をハンカチで拭いている。


「大変ですね。近藤商事の方ですか?」


「うん、そうなんだ。今年入社したばかりだけどねー」


残業する社員のお弁当か。

でも、この量をひとりで買いに行かせるのはどう考えたって無理だろう?


「ついでなんで会社まで持ちますよ。俺にも関係ない話じゃないんで」


「お父さんかお母さんが勤めているのかい?それなら会社まで頼んでいいかな」


そう勘違いするのも仕方がない。

まだ、全社員には伝えてないのだから。


俺は荷物を半分持って会社に入る。

受付のところまで来ると「ここでいいよ。どうも、ありがとう」とお礼を言われた。


「ついでだから部所まで持っていきますよ」


「いや、ここから先は関係者以外入れないから」


「さっきも言った通り俺はここの関係者だから問題ないですよ」


「そうは言ってもお父さんが働いていても勝手に入ったらまずいし」


その若いサラリーマンが迷っている間に受付に行き、貴城院の名を言って入館証をもらう。


この時間の受付は警備会社が代行しているらしく、既に俺の存在は知っているようだ。恐縮して敬礼までされてしまった。


「入館証をもらって来ました、さあ、行きましょう」


若いサラリーマンは、少し驚いていたがそこまで聞いて来なかった。


「お兄さんは、どこの部所なんですか?」


「僕のところは第二営業部だよ。エレベーターで5階で降りるんだ」


あのナンパ野郎が課長してたとこかよ。


「僕が営業だって聞いて驚いてる?実は僕はシステム系の部所を希望してたんだ。大学の専攻も情報システムを学んでたしね。でも、三流大学は営業に行けと人事部長に言われてね。ははは」


淋しそうに笑うサラリーマンは既に諦めた感じだった。


エレベーターの中でそんな話をするこの人は、確かに営業よりコツコツと細かい作業の方が合ってる気がする。


だいたい人事は何をやってるんだ。

出身大学で人の価値など決まるわけないだろうに……


エレベーターが5階に着くと、まだ多くの社員が残って作業をしている。


そんな中で奥にある部所のところは、雑談しかしていない。

働いているのは、これも若い女性社員ひとりだけだ。


「ただいま戻りましたー」


向かった先はその奥にある部所だった。


「おせーーぞ、高田。弁当冷めちまうだろうが!」


そう言い放ったのは、40代の男性。

腹が出ている中年体型の人だ。


「すみません、係長」


若いサラリーマンは、高田という名前なのだろう。


「じゃあ、俺は行きますね」


持っていたお弁当の袋を近くにある机の上に置いて行こうとした時、


「おい、椎名。そいつは誰だ?まさか、関係者じゃないやつを会社に入れたのか?」


「マジですか、普通有り得ないだろう?」


係長と呼ばれてた男と話ていた数人の男性が俺を見てそう話ている。


「ええと、この学生さんはちゃんと受付で入館証をもらってここに来てます。親切に僕を手伝って、ここまで運んでくれたんです」


「だから、そういうことじゃなく部外者をここに連れて来たのが問題なんだよ!わからねー奴だなあ!」


そう言いながら高田さんに蹴りを入れていた。


仕事をしてた若い女性社員が何か言いたそうに立ち上がったが、結局何も言えずその場で震えている。


何、このカオスな状況?

これ、俺のせいなのか?

 

俺は、まず立ち竦んでいる若い女性社員に秘書課の人と警備の人を呼んでもらうように頼んだ。


この会社で俺を知ってるのはそれくらいだろうし……


そして、責められている若い社員の元に向かう。

こんなことが日常で起こってたら精神を病んでしまうだろう。


「あのさ、何やってんの?良い大人がこんな事して恥ずかしくないわけ?」


中心になっていたぶる係長の前に立ちそう叫ぶ。


「はあ!?お前こそ何言ってんだ。お前は部外者だろう?なに大人の問題に口だしてんだよ!」


そう言って今度は俺に向かって蹴りを入れてきた。

勿論、素直に受けるつもりはない。

さっと避けて相手の軸足を軽く足で押すとその係長は簡単にバランスを崩してその場に尻餅をつく。


すると、周りの男性が俺を囲み出した。

腕を掴もうとする者もいる。

勿論、かわしますけど……


結構、騒ぎになったようで違う部所からも「どうした?」と寄って来るものがいる。


「部外者が暴れている。警備員に連絡を入れろ」


俺を囲んでいた一人の男性が様子を見に来た者にそう伝えた。

すると、若い女性社員が


「既に連絡を入れています」


と答えている。


「おい、お前、学生だからってただで済むと思うなよ。大人を舐めるとどうなるか教えてやる」


尻餅をついていた係長は立ち上がって強気にそう言って来た。


「はあ〜〜言いたいことはそれだけ?それにそこのデブが何か言ってるけどやってる事は子供のイジメと同じじゃないか?ひとりの社員に無理な量の買い物に行かせ、挙げ句の果てに蹴りを入れて文句を言う。到底大人がする事とは思えない。そっちこそ反省しろよ」


そういうと真っ赤な顔をして怒り出した。


「貴様、ふざけやがって!俺が起こったらどうなるかわかってんのか?お前だけじゃない、お前の家族がどうなるかわかってんだろな?」


何を言ってんだ?こいつは……


「自分がしたこと棚にあげてよく言えるよ。無駄に歳をとったんだね?同情するよ」


「この野郎!」


そう言うと殴りかかってきた。

勿論、避ける。


そこに警備員が2人駆けつけてきた。


「おい、この生意気なガキを捕まえろ。部外者のくせに乱暴を働いたんだ」


係長がそう言うと警備員はこちらに向かってきた。

だが、俺を通り越して拘束されたのは係長の方だった。


「何してんだ。拘束するのはあのクソガキだ。離せ!俺は営業2課の係長だぞ。それに次期課長だ。無礼にも程がある」


すると、今度は秘書課の女性がやってきた。

40歳前後のキャリアウーマンって感じの人だ。


「何をしてるんですか!」


この女性の登場の一喝でその場が静まりかえった。

『おい、あれって秘書課の鷺宮さんだよな』

『ああ、でも何で秘書課の人がここに?』


周りからそんな声が聞こえてきた。


「お怪我はありませんか?」


その女性は俺に向かって心配そうに声をかけてくる。


「ああ、大丈夫だよ。君は?」


「はい、前会長の秘書をしておりました鷺宮美佐恵と言います。秘書課の課長をしております」


そこに拘束されてる男が警備員に捕まりながら声をかけてきた。


「何で鷺宮課長がここに来てんだ?それより、その生意気なガキを早く捕まえろよ」


この後に及んでまだそんな事を言っている。

お弁当を運んでいた若いサラリーマンと連絡を頼んだ若い女性社員は立ち竦んだまま俺の方を見ていた。


「貴方は営業2課の馬場係長でしたよね。警備員さん、そいつを早くここからつまみ出して下さい。それと、貴方は明日から会社に来なくて結構です。社長には私の方から伝えておきます」


そう冷たく言い放った。


「何言ってる?俺はこのクソガキが生意気な事を言うから大人の厳しさを教えてやろうとしたんだ。これは教育なんだよ」


「警備員、早くそこの汚い口で騒ぐ豚を早く摘み出しなさい!今度は貴方達を処分しなくてはいけなくなりますよ」


そう言われて慌てた警備員は中井係長を連れて行った。

ギャーギャーと騒いでいたけど……


「この度は申し訳ありませんでした」


鷺宮さんはそう言って俺に向かって頭を下げた。

社長のように土下座されなくてホッとする。


「俺は何ともないけど、そこの若いサラリーマンさんはみんなから蹴られていたから怪我してるかも」


「僕は大丈夫です。少し痛いだけなんで……」


話を振られてそう答えるサラリーマン。

でも、少し顔も腫れている。


蹴りを入れてた人は、他にもここにいる。


「鷺宮さん、あの人とあの人、それとその人も蹴りを入れてたんだ。きっちり処理してくれる?」


若い社員を囲んで文句を言い蹴りを入れてたのは係長だけではない。


「そこの君、名前は?」

「高田航平です」

「これから病院に行って受診して下さい。その後は警察に被害届を出して下さい。これはれっきとした暴行事件です。会社内だけで済む話ではありません。連絡をくれたのはそこの貴女ね?悪いけど高田さんと同行してもらえますか?」


鷺宮さんは、若い女性社員に椎名さんと病院に行くように伝えた。

そして、蹴りを入れてた社員に向かって、


「それと貴方方も明日から来なくて構いません。処分は追って連絡いたします」


暴行を働いていた社員3人に鷺宮さんはそう伝えた。


「はあ!?何の権利があってそんな事を言ってんだ?」

「ただ軽く蹴りを入れただけだろう?」

「訴えてやるから覚悟しろよ」


自分が悪くないと本当に思っているようだ。

どうしたらそんな考えになるのだろうか?


「構いません。社長には伝えておきます。では参りましょう。貴城院会長」


「「「えっ………」」」


鷺宮さんが俺の名前を言うと驚いたようにこちらを見ている3人。

社員でも会長交代の話は伝わっているのだろう。


「ああ、そうだ。今見物してる人達に言っておく。今度この会社の会長になった貴城院光彦だ。今のように新入社員だからと言って真面目に働いている人を貶めたりすることは許さない。パワハラやセクハラなんてもっての外だ!人の尊厳を踏み躙る行為はどんな些細なことでも許されるものではない。それは社内だけではなく社外でも同じことだ。少しでもそんな話が俺の耳に入ったら失職だけでは済まされないと思うがいい。それと現状同じような目にあってる人がいたなら直ぐにでも俺に言ってほしい。きちんと調査をして誠実に対応するとここに誓おう」


その場は静まり返り事務機が放つ音だけが聞こえていたのだった。

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