第61話 御曹司は肉が食べたい
国連関係者、ミルスト教司教との会談が終わり、角太に愛莉姉さんの会社まで送ってもらった。
朝にメッセージが入っており、呼び出しを受けていたからだ。
「角太はどうする?」
「教師の仕事を少し舐めていました。こんなにも雑用が多いとは思いませんでした。ですので学校に戻ります。若には、若手の護衛が影ながら見守っておりますのでご心配ありませんよ」
いや、その護衛もいらないのだが、そうもいかないのだろう。
俺のプライバシーはどこいった?
愛莉姉さんの会社の受付で面会の確認をしていると夏波さんがエレベーターから降りてきた。
「光彦様、お待ちしてましああああ」
何だか声が大きいし、テンションが高いのだが……
「夏波さん、姉さんが用事あるって言ってたけど何の用なの?」
「それは上でお話しします。さあ、行きましょう」
テンション高めの夏波さんに連れられてきた場所は、いつものモデル控え室だった。
「ま、まさか、また女装するの?」
「ええ、聞いてませんでしたか?」
「聞いてないよ!!てか、もう女装したくないんだけど」
「それは困ります。これから撮影なので」
「えっ?どういうこと?」
「ミチルさんとのコラボ写真です。ミチルさんは先に着替えて既にスタジオに入ってますよ」
これ、逃げられないやつだ……
何で事前に教えてくれないのさあ。
そうすれば、全力で回避したのに……
夏波さんに着替えを手伝ってもらって30分程で女装が完成する。
「夏波さん、お化粧の腕が上がったね。それに早くなってるし」
「はい、勉強しましたので!」
こういう顔をドヤ顔というのだろう。
おっかなびっくり化粧してた時とは雲泥の差だ。
「さあ、スタジオに行きますよ」
この会社には撮影用のスタジオがあるらしい。
夏波さんの後を着いて歩いて行くとふと厚切りのステーキが食べたくなった。決っして前を歩くピッチリしたスーツ姿の夏波さんのお尻や太ももを見て思ったわけではない。
「ミッチーどうかしましたか?」
何かを感じ取ったのか夏波さんが振り向いて尋ねてきた。
もう、ミッチー呼びなんだね〜〜
「ああ、ええと、ステーキが食べたいなあって思ってたんだよ。高級店のステーキじゃなく脂身とかあって噛みごたえのある厚いステーキをね」
「う〜〜ん、わかるようなわからないような。私はどちらかと言うと脂身の少ないヒレ肉が好きです」
う〜〜ん、ヒレ肉も美味しいけど今は脂身のある肉が食いたい。
「撮影って何時ごろ終わるのかな?」
「そうですね。時間的にはそんなにかからないと思いますよ。まあ、モデルさん次第ですけど」
よし、早く終えて肉を食べに行こう!
「もし、よかったらお肉を食べに行きますか?学生時代の行きつけのステーキ屋さんなんですけど、安くて美味しいですよ」
「うん、行こう!できれば今すぐ」
学生さんに人気の店ならば量も多いはず。
「撮影終えてから行きましょうね。ミッチー」
そうですよね〜〜では、さっさとお仕事済ませちゃおうか。
意気揚々としてスタジオに入る。
既にミチルがいろいろなポーズをして写真を撮っていた。
ミチルと目が合い、『ニコッ』って微笑まれた。
するとカメラマンが、『ミチルちゃん、今の表情いいわよ〜1000点満点よ』と大袈裟に誉めている。
「ミッチー入りま〜〜す」
夏波さんがそう声をかけるとスタジオにいたスタッフが一斉に注目した。
「あら、その子が噂のミッチーね。じゃあ、こっちに来てくれるかしら?」
そう話しかけてきたのはミチルを撮影していたカメラマンの男性だが、話し方は女性特有の口調だ。
「ミッチー、その………」
ミチルの隣に立った時、彼女は何か言いかけたのだがすぐに撮影が始まってしまった。
妙な口調のカメラマンに戸惑いながら撮影をこなしていく。
「じゃあ、次はキスしてちょうだい、そっと唇が触れる感じでね」
はあ!?
「それは無理ですよーー」
カメラマンの無茶振りなポージングに文句を言うと「私はミッチーならOKです」とミチルが言い出した。
俺が女装してる事を知らないミチルは、女子同士なら問題ないと思っているのかもしれないが、俺の方は大問題である。
とまどっている俺に、ミチルが背伸びをして唇を少し突き出している。
上目遣いで目を閉じてるその姿は、マジで可愛くてヤバい。
「ミチルちゃん良いわよ〜〜、ミッチーも早くキスしてあげて」
カメラマンのシャッター音が何度も響く。
仕方ない。そっと触れるか触れないかの距離なら問題ないはず。
俺ならきっと出来る。
謎の自信に追い立てられて優しくミツルの肩を引き寄せる。
そして……
『パシャ、パシャ、パシャ…………』
「うん、良いわ、良いわよ〜〜最高だわ〜〜」
カメラマンが大はしゃぎでシャッターを切る。
俺とミチルの唇は、しっかりとくっついていたのだった……。
◇
あれから撮影は無事に終わり、着替えようとするとミチルが近くに寄ってきた。俺はまともにミチルの顔を見られない状態だ。
「ミッチー少し話があるんだけど、これから大丈夫?」
「これから夏波さんとステーキを食べに行く約束してるのよ」
慣れない裏声の女性言葉を駆使してそう答えた。
「お肉食べたい。私も行ってもいい?」
そう問われて困るわけではないが、そうなると女装のまま行かなくてはいけなくなる。
「あら、ミチルちゃんもお肉食べたいの?じゃあ、3人で行きましょう」
夏波さんがそう答えてしまった。
今更、ミチルを蔑ろにするわけにもいかない。
結局、3人で夏波さん推薦のステーキ屋さんに行くことになってっしまった。
その店は渋谷駅から少し離れた場所にあった。
タクシーから降りて、ほんの30秒ほど歩いて到着する。
店内に入り前に肉の焼けた良い匂いが漂ってきた。
「何か混んでそうだけど席空いてるかな?」
「大丈夫よ。マスターに個室の予約入れといたから」
夏波さんは事前に連絡を入れてくれたようだ。
しかし、個室なんてあるのか?店舗付き住宅の2階建てにしか見えないけど……
外から見るとこの店はそんなに広くは見えない。
カウンター席とテーブル席が4つ程で埋まってしまうだろう。
夏波さんの後をついて店に入ると、思った通りそんなに店は広くなかった。それに、座席も埋まっている。
『あれ、もしかしてミッチーとミチルじゃないか?』
目敏い大学生のお兄さんが俺達の姿をとらえた。
他のお客さんも騒ぎ出している。
「マスター、個室空いてますよね?」
「ああ、夏波ちゃんかい。連絡もらったからね。勝手に上がってくれ」
夏波さんとこのマスターは知り合いのようだ。
「昔友達がバイトしてたんですよ。それでサークル仲間とよく来てました」
夏波さんはそう言いながら家の階段を上がるように2階に行く。
勝手知ったる他人の家という感じだ。
「何か、赴きがありますねーー」
そう呟いたのはミチルだ。
確かに個室と言っても六畳間の畳にテーブルと座布団が敷かれているだけだ。
「昭和な感じでしょ。でも、お肉は美味しいのよ」
夏波さんは懐かしそうに周りを見ながらそう話す。
そんな夏波さんにミチルが話かけた。
「大学生の時は何のサークルに入っていたんですか?」
「西洋文化研究会です。名前は立派なんですけど活動は年に2回、多い時は3回ほどフランスやドイツなどの国に旅行に行くだけでしたけど」
「わあ〜〜イイですね。楽しそうです」
「旅行好きなら楽しいですよ。でもその分お金もかかりますけどね」
「そうですよね、飛行機代や宿泊費など結構かかりそうです。城戸さんは何かアルバイトしてたのですか?」
「はい、私は近くのコンビニでバイトしてました。まあ、アルバイト代は殆ど旅費になっちゃいましたけど」
そんな会話を夏波さんとミチルが話してる間、俺はメニューと睨めっこしていた。
「ミッチー、決まりました?」
「うん、これにしようと思う」
俺が決めたのはサーロインステーキの300グラム。なかなか食べ応えがありそうだ。
「すごい、ミッチーってそんなに大きいの頼むんだ」
ミチルが驚いたようにこちらをみる。
俺はどうしても視線がミチルの唇にいってしまう。
「ミチルちゃんはどれにする?」
夏波さんがテーブルにある備え付けのタブレットを手に持って入力してる。
こんなところは現代っぽい。
「じゃあ、私もサーロインステーキの150グラムのやつで」
「じゃあ注文しますね」
夏波さんは、タブレットを操作して注文を確定したようだ。
「そう言えば、何か私に用事でもあったの?」
ミチルが何か言いたそうにこちらをチラチラ見ていたので聞いてみる。
「えーーと、ごめんなさい」
突然謝られたけど、何で?
「どうかしたの?」
「実は……」
ミチルが言うには、ヨーダ芸能事務所の社長が勝手に事務所に入ったって事を呟いてしまったらしい。
「それってミチルは悪くないじゃん。謝らなくてもいいのに」
「そうもいかないわ。その場に居たし騒ぎになっても否定しなかったもの」
「そんなの平気だよ、大した事ないし」
すると、夏波さんが話に加わった。
「そうですよ。だってミッチーは今日の午前中にヨーダ芸能事務所と契約しましたから。私がミッチーの臨時のマネージャーになりましたし」
「えっ!?」
「あれ、ミッチーは聞いてませんでした?ヨーダ芸能事務所の代田社長が午前中に会社に来られて愛莉社長と契約してましたよ」
あのクソ姉貴!
勝手に話を進めるなよ〜〜。
俺は知らぬ間にヨーダ芸能事務所のタレントになったらしい。
勘弁してくれよ、もう……
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