第60話 御曹司は宗教が苦手?
あれから猛ダッシュして学校にはどうにか間に合った。
みんなからは心配されスマホを見るとメッセージが軒並み入っていることに気づく。
「いや〜〜道に迷っちゃって〜〜」
と曖昧な言葉で言い訳すると「何の為のスマホなの!」と涼華に返されてしまった。
そんなに怒らなくても良いとは思うのだが、落ち着くまで美鈴ちゃん達の護衛を頼んだのが気に入らないのか?
だって、美鈴ちゃんに何かあったらあの嘉信叔父さんが何を仕出かすかわからないじゃないか。
これは俺の平穏を守るための措置なのだ。
朝のホームルームが終わりプリントを消化するだけの授業に入る。
正直言って楽なのだが「こんなので良いのか」とも思う。
2〜3年生も黙ってプリントと睨めっこしている。
ひとりだけ爆睡している女子がいるが、3年生なので余裕なのかもしれない。
あっという間に昼休みになり、地学準備室に行くと角太が珍しく待っていた。
「若、これから出かけますよ」
「えっ、聞いてないんだけど?」
「どうしても若と話がしたいという者がおります。詳しくは車の中で」
そう言われて角太にドナドナされてしまった。
向かった先は都内にあるホテル。
事前に聞いてた通り、国連関係者がホテルの会議室で待機していた。
車の中で着替えは済んでいるので、今はスーツ姿だ。
勿論、『陰キャ』スタイルはしていない。
目の前にいるのは俺と同じくらいの年齢の女性。
宗教的な服を着ている。
そして、その後ろにもうひとり、同じような宗教的な服を着て立っていた。
『初めまして、ミツヒコ キジョウインです。私に話があるとお聞きしてますが』
取り合えず英語で話す。
『あ、やはり貴方だったのですね。お会いするのは2度目ですよ。ミスターミツヒコ』
あ、この女の人は赤坂の料亭で会った女性だ。
『そう言えば赤坂の料亭でお会いしましたね』
『はい、ソフィア・フロストと言います。バチカンにてミルスト教司教をしています。あの時は親切に介抱して下さってありがとうございます』
なるほど、この人はミルスト教の人だったのか……
『特別な事をしたわけではないので礼は不要ですよ、ミス、ソフィア。それで、私に何を聞きたいのですか?』
『貴方は夢を見ますか?』
突然、予想外の質者を浴びせられた。
『夢ですか?人並みには見ると思いますが、それがどうしましたか?』
『私はよく夢を見ます。火炙りのされた女性達を助けるために戦う勇敢なふたりの男女の夢を……』
ソフィアさんは、そう言いながら俺の眼を真剣な眼差しで見つめていた。
『私はそのような夢を見たことはないです。それに夢を見ても朝起きると忘れてしまうくらいの些細な夢しか見たことがありません』
そう答えるとソフィアさんは、少し残念そうな顔つきになった。
『突然、このようなお話をしてすみません。それと、ミスターミツヒコは飢餓を知っていますか?』
また予想外の質問をされた。
『ええ、知識として知ってますが、でもミスソフィアが言うのは、そう言う意味ではないのでしょう?』
『ミスターミツヒコは、世界でも有名な財閥の御曹司ですよね?知らなくても当然です。私が言った意味はニュースや文献で知り得た知識としての飢餓ではなく体験としての飢餓です』
『何故そのようなお話を?』
『世界では貧困で苦しんでいる人達はたくさんいます。ですが、一方で巨万の富を持ち我儘に暮らしている者もいます』
それが俺だと言いたいのかな?
『持たない持つ者に憧れ嫉妬します。そして、自分も持つ者へと変わろうとするのです』
う〜〜む、宗教家の話は何が言いたいのかよくわからないな……
『ある組織が血統の良い人物達の血を求めて殺害し、血を抜き取った事件が各国で報告されています。さらに、悪魔のような得体の知れない怪物に襲われる事件も頻繁に起きています。これらの事件は一見別の者の仕業に思えますが、私達は同一組織の手によるものだと考えています』
ルナが言ってたな。『蛇』の上位組織『エランダム』だったかな……
『今回、ミスターミツヒコも被害に遭ったと聞いております』
『ええ、護衛官の人達が守ってくれたので無事でした。つまり、ミスソフィアが言いたいのは持たない者がその組織で持つ者が私達だったというわけですか?』
『そう受け取ってもらって結構です。持たぬ者が持つ者にとって変わろうとするならば強引な手段も厭わないというわけです。このような変革を望む者は残念ですがこの世界にはたくさんいるのです』
『そうでしょうね。ですが持つ者もその地位にあぐらをかいている者達ばかりではなく、努力している人も多いのですよ』
『ミスターミツヒコの言う通りです。でもそこが問題なのです。持つ者がさらに努力を重ねたら持たぬ者はその数倍の努力をしても追いつけないのが現状です。そして持たぬ者は安易に一線を越えてしまう者達が出てきてしまうのです』
『そうですね。そうなると思います。もし仮に変革がなされても今度は持たぬ者が持つ者に変わるだけですよね?つまり、自分がその地位や権力が欲しくてたまらない人達は、その地位を得て世界が平和になると考えているわけではないのでしょう?ただ、自分の欲望の為にそうしたいだけなのだと思いますけど』
『ええ、耳障りの良い言葉を並べても本質は欲望です。トップが変わるだけで何らかわらないでしょう。いいえ、おそらく現状よりは悪くなる可能性が高いです』
それはそうだ。
汚いことに手を染めて、人を人とは思わない行動をする人間が変革者となり、代等すれば逆に世界はおかしくなる。
『ですから私達は今できる事をしなければなりません。世界が混乱する前に未然に防げるなら防がねばいけないのです』
『そうですね。大変そうですけど頑張って下さい』
自分達の平穏な日常が奪われるのなら別だが、そうでないのなら俺の知らないところで勝手にやってほしい。
『私はミスターミツヒコにその役割の一端を担ってほしいと思っています』
そうきたか……
蛇とは確かに因縁がある。
父を殺され、俺自身も命を狙われている。
だがしかし!
『私はまだ学生の身分です。もし私の身内や知り合いが被害を受けるのならその依頼を受けているでしょう。ですが、今の段階で私に出来ることは少ないと考えています。勿論、助力はしますが』
『今はそれで構いません。ですがミスターミツヒコは近い将来、この難局を私と共に歩むことになるでしょう』
こういう言い方をするから、宗教家は苦手なんだよ。
『そのような機会が訪れるのであればその時はお力になりますよ』
まあ、全力で阻止するけどね……
この日の話し合いは、そんな感じで終わった。
◆
「ソフィア様、あの少年は期待はずれでしたね」
ソフィアに話しかけているのは、後ろに控えていた司祭のクラリスだ。
彼女は、ソフィアと同じ年だがソフィアの事を尊敬している。
「クラリスはそう思うの?私には彼はとても勇敢な少年だと思うわ」
するとクラリスは思いついたように言葉を紡いだ。
「もしかしてソフィア様の予知に彼が出てきたのでしょうか?」
「ええ、近い将来悪魔と対峙する時、その場に彼と私がいたわ」
ソフィアには、夢見の予知の能力がある。
ソフィアの生い立ちは、良いとは言えないものだった。
赤ん坊の時に教会の前に捨てられていたソフィアは、教会の経営する孤児院で育った。
彼女には幼い時から不思議な事を言い出す。
「角のパン屋さんが火事になる」
「靴屋のマイケルさんが交通事故に遭う」
「中央通りにあるカフェのオーナーが亡くなる」
そんな不吉な言葉を呟く少女は、周囲から気味悪がられた。
しかし、彼女の言うことは本当に起こってしまう。
その時の育ての親でもあるシスターが、彼女の特殊な能力に気づき教会本部に連絡した。
そして、バチカンにある大聖堂に身を置くことになる。
彼女は地下の部屋に押し込まれ、その能力の開花を促された。
彼女の予知は夢見。
見た夢が現実になる。
だから地下室でいつでも寝られるように過ごしてきた。
そんな彼女を司教の地位まで昇進させたのが、今の大司教だった。
見た目の美しさと審美さを兼ね備えた当時10歳の彼女を聖女として祀り上げたのだ。
でも、彼女はその地位に驕ることなく勉強に身を費やした。
そんな彼女を近くで見ていたのが司祭のクラリスである。
2人は尊敬し合う仲でもあり友人でもあった。
「そうでしたか。彼に言っていたことは本当になるのですね?」
「残念ながらそうだと思う」
ふと虚空を見つめてため息を吐くソフィア。
そんな彼女をクラリスは、不安そうに見つめていた。
誰にも言っていないがソフィアにはもう一つの能力がある。
それは……
「本当に残念……彼の命はその時に終わるのよ。そして私も……」
「ソフィア様、何か言いました?」
「いいえ、何でもないわ」
彼女は白銀の髪を翻して、この部屋を後にしたのだった。
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