第59話 御曹司の登校と近藤祐美の憂鬱
あれから日本橋にあるマンションに泊まった。楓さんが用意してくれた家具は既に揃っていて問題なく寝られた。
翌日、車で朝早くに学校に向かう。
途中、渋滞に巻き込まれたが、時間的には間に合いそうだ。
「あ、可憐に近藤祐美さんの事連絡しておかないと……」
スマホで妹にメッセージを送る。
秒で「おはよー、わかりました」と返信がきたのには驚いた。
その後、車の中で近藤商事の資料を読んでいるのだが、どうしても子会社が出した損失が大きく重石になっている。
その原因であるレアメタルの取引も上手くいっていないようだ。
「お隣の大国との取引は見合わせているんだよね?」
「ええ、世界情勢を鑑みて早々に引き上げる決断をしたようですよ」
そういう判断は早いんだ……
「レアアースの方も同じようだね」
「ええ、希土類の主な産出国もお隣の大国ですので、取引が上手くいかないのは仕方がないでしょう」
それで焦って詐欺にあったというわけね。
「これから新たな取引先を見つけても立場は苦しいよね?」
「ええ、他の企業が食い込んでますからね。充分な利益を上げるほどの取引は難しいと思います」
「日本ではリサイクルに力を入れてるようだけど、その方面はどう?」
「新たな工場が必要になります。建設費用などを考えると採算が取れるまでに何年もかかりそうです」
資源は有限だ。
それに産出国は限られている。
どうするか悩んでいると資料に書かれているある文字が目に止まった。
「あれ、その子会社ってまだ存続してるんだね。それに、ミャンマーの土地を購入してるね。あの大国との国境に近い土地だけど」
「ミャンマーの土地は全て国有地ですから正式には使用権ですね。およそ50年の土地使用が認められています。延長期間を含めれば70年間は使用できます」
「でも、何でこの土地を?」
「そこを採掘してレアメタルを得ようと考えていたようですが、契約上に難点がありまして結局手付かずのまま放置してますね」
「はあ!?一体何やってんの?」
「当時の子会社の社長があの甥っ子ですから」
「ああ、その説明だけで分かったよ。で、契約上の難点とは?」
「使用権を得た土地にある部族が住んでまして、その交渉は子会社が引き受けるという但書がなされていました」
「交渉すれば良いと思うけど、そうじゃないんだね?」
「ええ、その部族は首狩族と言われており、とても排他的なんです。支配地域に足を歩踏み入れた者は容赦なく首を狩られると言われております」
そんなの絶対無理じゃん。
この土地も騙されたってことかよ。
何やってんだ、あのナンパ野郎は……
「でも書類上は子会社に使用権があるんだよね。何とかすればレアメタルが手に入る可能性があるわけだ」
まあ、無理だろうけどね。
他にも関連会社の赤字が目に付く。
特に酷いのが芸能部門だ。
近藤君は自分とこのモデルやアイドルの卵なんかを誘い出して薬を使ったのかよ。
身内が会社を食い物にして、やりたい放題してたってわけね……
「光彦様が腕を振るうには、やりがいのある会社ですよね?」
正直潰してしまいたい。
面倒くさい。
身内が邪魔で無能。
考えれば考えるほど大変そうだ。
でも、ここにはあの出版社がある。
何とかしないと……
そう思いながら資料を深く読み込むのだった。
◇
学校の近くにあるドラッグストアーの駐車場で車を降りて学校まで歩いて行く。楓さんはこの店で買い物があるようだ。
いつもと違うルートなので何だか新鮮な気分だ。
大通り渡り、少し歩いて行くと前を歩いてるサラリーマンのお兄さんがポケットからスマホを取り出すと同時に財布が落ちた。落とした財布に気付かないサラリーマン。
財布を拾って走ってサラリーマンの後を追いかける。そして「財布落としましたよ」と声をかけて手渡した。すると「おお、ありがとう。助かったよ」とお礼を言われた。
また、しばらく歩いて行くと大通りを渡れないで困っているお爺さんがいた。杖をついてるので足が悪いのだろう。通りが広すぎて信号が青の間に渡れるの不安のようだ。
「お爺さん、一緒に渡りましょうか?」
「すまないね〜〜」
学校とは反対方向だが仕方ない。
信号が青に変わりゆっくりと横断歩道を一緒に渡る。
案の定三分の二程のところで信号の点滅が始まり、お爺さんの肩を担いで少し早めに道路を渡る。丁度渡りきったところで信号が赤に変わった。
お爺さんに、お礼を言われてもといた道に引き返す。
すると今度は、メモを見ながらキョロキョロしているおばさんと目が合った。
「ねえ、そこの学生さん。この場所知らない?」
そう声をかけられておばさんが差し出してきたメモを見る。
「俺も越してきたばかりで詳しくないのですが、ちょっと待って下さい」
スマホを取り出してナビに住所を入れると、楓さんと別れたドラッグストアの近くのようだ。
「まだ、時間があるし近くまで案内しますよ」
「本当、助かるわ〜〜」
そのおばさんは、田舎から娘の住むアパートに来たようだ。
案内してる間「女性の1人暮らしは心配でね〜〜」と言っていた。
結局、そのアパートまで案内してしまった。
お礼に駅でよく売っている甘栗をもらってしまった。
そして、今度は登校途中の小学生の男の子が道端でウロウロしている。
「どうかしたの?」
「家の鍵を落としちゃったんだ」
今にも泣きそうな顔でそんな事を言われたので探すのを手伝う。
この場所からその子の家まで引き返すルートで探していると、自動販売機の近くに鍵が落ちていた。
イタズラ心で自動販売機のボタンを押しまくっていた時にポケットから落ちたようだ。その子は、笑顔になり元気な姿で登校して行った。
そして、俺はふと思う。
「何してんの?」
俺も学校に行かなくてはいけない。
時間に余裕があったはずなのだが、既に間に合うかどうかの切羽詰まった時間となっている。
慌てて走り出し、学校に行く。
そんな俺の事を誰かが見ていたなんてその時には知る由もなかった。
◆
〜近藤祐美の憂鬱〜
「学校に行きたくない」
でも、昨夜お寿司屋さんで光彦さまと約束したんだ。
妹の可憐様と友達になって欲しいって……
あの時は、光彦さまにお礼が言えてそして一緒に食事までできたので舞い上がっていたのだと思う。
だから、頑張ってみようって思えたの。
でも、あの事件があってから私こと近藤祐美は、クラス、いえ、学園全員の生徒からハブられている。
名家の揃う学園だ。家柄の良し悪しで生徒の評判も左右される。
兄が不祥事を起こして少年院送りになり、父の経営する会社も傾きかけている近藤家の評判は最悪だ。仲の良かった友人も私と目を合わそうとしない。つまり、生徒達からいない者とされ無視されている。
「きっと陰口とかされてるんだろうなあ〜〜」
物を隠されたり、直接私に何か言ってくる者はまだいない。
でも、それも時間の問題だと思っている。
特に佐倉家の真凜ちゃんは、近藤家がこんな状況になって喜んでいるはずだ。
真凜ちゃん家の会社とうちの会社は所謂ライバル会社だ。
メイン商品の家電もこうなるまではうちの方が一歩リードしていた。
でも、今は立場が逆転している。
「あ〜〜あ、こんな状況で可憐様とお話しするなんてできないよ……」
学園に近づくにつれて自信が失せていく。
正直言えばこのまま家に帰りたい。
そう思っていると車が学園の駐車場に着いた。
「祐美さん、着きましたよ。忘れ物がないようにして下さい」
長年近藤家の運転手をしてくれてる落合さんがそう言いながら、車から降りてドアを開けてくれた。
「ありがとう」
そう声をかけて学園の校門を目指して歩き出す。
だが、その足取りはとても重い。
一歩を踏み出すたびに鎖が身体に巻きつく感じだ。
可憐様はAクラス。私はBクラスだから直接の設定はない。
「可憐様はお付きの菅原星菜さんといつも一緒にいるとクラスの子達が話しているのを聞いたことがある」
無理、絶対無理……
自分自身でさえ、登校するのがギリギリの精神状態なのに更に難易度の高い要求をされても困る……
いろいろ考え込んでしまって足が校門前で止まってしまった。
動悸がしてくるし、息苦しい。
「このままじゃあ、私……」
顔に血の気がひいて行き、めまいがしてきた。
あ、倒れるかも……
その時、ふらついた私の身体を支えてくれた人がいた。
「大丈夫?顔青いし、体調悪いんじゃない?」
その問いに返事をする間も無く支えてくれてる別の人に話しかけられる。
「確か近藤祐美さんですよね、兄から聞いてますよ。私は貴城院可憐です。さあ、一緒に保健室に行きましょう。星菜ちゃん祐美さんに肩を貸してあげて。私は鞄を持つから」
なんと私に声をかけてくれたには、あの可憐さまだった。
「可憐さま?それと星菜さま?」
「祐美さんとは、これからお友達になるのですから可憐で良いですよ」
「私も星菜で構わない」
「そんな、畏れ多くて……」
「それより保健室に行きましょう。元気になったらちゃんと私とお友達になって下さいね。まだ、この学園でお友達がいないので祐美さんが友達になってくれないとずっとひとりぼっちのままですわ」
そう優しく話しかけて下さった。
その時の私は涙を流してたと思う。
だって、周りが霞んでよく見えなかったから……
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