第58話 御曹司は会談する


近藤商事の本社ビル最上階にある会長室は、最近リフォームされたばかりのようで室内は勿論、家具なども全て新品になっていた。


部屋の中央部分にあるソファーに腰掛け、近藤社長と対峙する。


「光彦くん、先程はすまなかった」


再び頭を下げる近藤社長。

近藤さんが謝る必要性はないと思うのだが、会社の長としてのけじめなのだろう。


「今回は、学生服で来た私にも落ち度はあります。ですが、先程も言ったように社員の教育がなってないのは事実ですね」


「そうなんだ。これは言い訳がましくて話すことを躊躇っていたのだが、ネット・ライジング社に派遣された役員達が好き放題してね、おまけに人事まで口を出してきたんだ。見た目が綺麗なら適性がなくても入社させるなど社会人としてあるまじき行為を平気でしていた。まあ、彼らにとってはこの会社は大学のサークルの延長のようなものだったらしい」


「それは悲惨ですね。真面目に働いてる社員が可哀想です。それで、その役員達は今もこの会社にいるのですか?」


「いや、あの事件があってそいつらも公安に連れていかれたよ。光彦君のおかげでネット・ライジング社に買われた株は買い戻せたし奴らは2度とこの会社の敷居を跨がせるつもりはないよ」


そこで楓さんが話しかけてきた。


「ネット・ライジング社の株の買い取りと近藤会長の株の18%を買う為に300億円程使いました。それと関連子会社の株の購入を含め1300億円程光彦様の口座から使わせてもらいました」


楓さん、1600億円の追加資金を出したの?

マジ、知らなかったんだけど……


「ははは、光彦君は凄いね。もう、光彦君に任せて私も父のように引退しようか?」


冗談じゃない。

マジ、鬼畜のブラックビジネスマンになってしまう。


「それは勘弁して下さい。そんなことしたら資金は引き上げますから」


これはもう脅しです。

とにかく寝る間も惜しんで仕事するなんて勘弁してほしい。


「わかっているよ。そういう約束だからね」


「ところでロビーにいた男性は近藤課長と言ってましたが、もしかして……」


「ああ、甥の健吾だ。姉さんの手前首にできなくてね、第二営業部の課長として働いてもらっている」


やはり、子会社の社長をして詐欺に遭いこの会社を傾けた人間か……。


「彼はあまり素行が良くないですね?」


「そうなんだ。彼の父親、私の義理の兄は近藤電気の社長でもある。だから、無碍にもできなくてね」


近藤電気、この会社の屋台骨にふさわしい会社だ。

だが、業績は低迷している。

パソコンが普及して、近藤電気でもパソコンを販売したが、最近では海外の有名メーカーに市場の大半を握られているのが現状だ。


「その義理のお兄さんは有能なんですか?」


「うむ、あまり有能とは言えないかな?婿養子なのも原因のひとつだが姉の力が大きくてね。それに優柔不断でもある。意見をコロコロ変えることもしばしば見られる。おそらく姉を意識しての意思変更なのだろうがね」


身内の企業に多い悩みのひとつだ。


「会社を立て直す必要性があるのは理解してますか?」


「勿論だとも。だが、しがらみも多くてね、正直困っているよ」


「そうでしょうね」


すると、部屋の外が騒がしくなった。

「近藤課長、今は会談中ですので社長とはお会いできません」と、秘書の人の声が聞こえる。


秘書の静止も聞かずノックもせずに、この部屋に入ってきたのは、さっき受付でいちゃもんつけてきたナンパ野郎だった。


「叔父さん、どういう事だよ。何でそんなガキがここにいるんだ?」


その時、楓さんの顔が般若に変わった。


「健吾、何しに来た。ここはお前が入っていい場所ではない!」


「何言ってんだよ。この会社は祖父さんの会社だろう。孫の俺には入っちゃいけない場所なんてないんだよ」


まるで、思考が幼稚園児から成長してない。


「言っただろう。会長は引退して現会長は貴城院光彦君だ。それに健吾は光彦君に謝罪したのか?まず、最初に謝罪してからだろう。話はそれからだ」


「はん、なんでこのくそガキに謝罪しなけりゃなんねえんだ?そのガキが俺様に謝罪するべきだろう!」


楓さんの怒りが上限に振り切れた。


「近藤社長。彼は度胸もあり有能そうですね。できれば貴城院グループに出向という形で彼をほしいのですが。ドバイにあるエネルギー関連の会社の本部長の席を用意しますが?」


楓さんが青筋を立てながらも穏やかそうにそう言った。


「ドバイだって?それに貴城院グループかよ。すげーー!本部長ってのも悪くねえ。わかる人にはわかるんだな。なあ姉さんよ」


楓さんの青筋がピクピクしている。


「健吾、良いのか?」


近藤社長が驚いたように甥っ子に尋ねた。


「ああ、構わねえぜ。ドバイには行ってみたかったんだ」


「では、急で悪いのですが3日後の出発になります。家に迎えの者を寄越しますので。それと近藤健吾様は今日付で貴城院グループの扱いとなりますので、このまま退社されても構いませんよ」


「うほ〜〜ラッキー。俺もやっと運が向いてきたぜ。じゃあな叔父さん」


そう言いながらご機嫌でその甥っ子は部屋を出て行った。


俺は小声で……


『ドバイのエネルギー関連の会社ってアレだよね?』

『はい、ドバイはドバイでも地上から200キロ離れた海の上にある海底油田の採掘場です。日本語も英語も通じますんし、それにゲイの楽園でもあります』


怖っ!


「良いのか?健吾ははっきり言って厄介者だぞ」


「ええ、貴城院グループが責任を持って丁重に扱わせて頂きます」


楓さんの言う意味は『ゲイ仲間に尻の穴を丁寧に扱わせます』と言っているのだろう。


楓さんだけは絶対怒らせたらダメだ。

この間の警察署の件もあるし……


「では、話をつめましょうか?」


その後、近藤社長と話し合った結果、会社のイメージが悪くなりすぎた為社名変更することになった。

新たな会社名は『KSC』貴城院のKと近藤のKからとった形となった。

実際は定款の変更など決め事は多くて役員会議や株主総会を経ないと直ぐには変更できないが、社員には時期が来たら通達する事にした。


こうして、話し合いは暗くなるまで続いたのだった。





話し合いが終わって、近藤社長に誘われて今銀座にある寿司屋さんに来ている。


「あの時、助けて頂いてありがとうございます」


奥の座敷で目の前にいる少女からお礼を言われた。

この少女は近藤社長の娘の祐美さんだ。

『蛇』に脅されて美鈴ちゃん達を連れ出した本人であり、被害者でもある。

近藤社長が娘に言われてこの席を設けたらしい。


「お礼を言われるほど何かしたわけじゃないよ」


「そんな事ありません。脅されたとはいえ、みんなを騙した事には違いありませんし、そんな私をあの者達から助けてくれたのは光彦様です」


真剣な眼差しで見つめられると困ってしまう。


「わかった。祐美さんの気持ち、ありがたく受け取らせてもらうよ。そういえば祐美さんは朱雀学園に通っているんだよね?」


「はい、中等部の2年生です」


「じゃあ、妹の可憐と同じ学年だよね。良かったら可憐と仲良くしてあげてくれないかな?こっちに来て友達も少ないだろうし」


「可憐様ですか、私なんかでは畏れ多くて……」


「可憐にも伝えておくから。妹は昔から人見知りがひどくてなかなか友達ができないんだ。祐美さんみたいな子が友達になってくれたら兄として嬉しいのだけど」


「わかりました。私頑張ってみます」


両手でガッツポーズをとる祐美さん。

そんなに気合いを入れなくても大丈夫なのに……


「これで祐美との約束も果たせたし、良かったよ。毎日のように催促されてたからね」


「お父さん、ひどいよ。そんな事ここで話さなくても〜〜」


仲の良さそうな親子だ。

見ていて安心する。


「私からも謝罪とお礼を言います。光彦さま、この度は娘を助けて頂きありがとうございます」


近藤社長の奥さんにもお礼を言われてしまった。


「いいえ、本当に私は何もしてませんよ。それに同級生だった近藤君には何もできませんでしたし」


近藤家の長男、近藤直輝君は家庭裁判所送致になり何年か少年院に入る予定だ。


「息子のしでかしたことは許されるものではありません。ですが、母親としてはどうにか心を入れ替えて立ち直ってほしいと思っています」


そうだよね〜〜母親なら心配だよね〜〜


「部下の報告を聞くと、近藤直輝君は最後まで反対してたようですよ。でも、弱みを握られてしまってどうしてもせざる得ない状況だったのでしょう。そういう面が裁判官に考慮されれば比較的早く出て来られると思います」


楓さんがそう話してくれた。


「まあ、息子の件は司法に委ねるしかない。でも、生きている。だからチャンスは何度でもあるんだ。それに、今日は光彦君との楽しい食事会だ。美味しいものを食べて楽しく過ごしたい」


「そうですね。光彦さまのおかげで会社も家族も救われたのですから楽しみましょう」


近藤さんの奥さんもそう言ってビールを飲み始めた。

その飲みっぷりからイケる口に違いない。


こうして近藤家との食事会は和やかに進んだのであった。

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