第57話 御曹司は会社に行く


朝起きたら疲れてるって年寄りみたいな朝を迎えた俺は。学校に向かって歩いていた。


美鈴ちゃん達元朱雀学園の3人は、桜宮家お抱えの運転手が車を出しての登校なので別だ。


そんなわけで3人より遅れて学校に到着した俺達いつものメンバーは、特進クラスにとんでもない美少女3人が転入してきたと噂がたっていることなど知らなかった。


「なあ、特進クラスのある特別棟に蟻のように群がってる生徒がいるんだが、何で?」


特別棟には、俺達が通うクラスしか無い。

だから、生徒がこんなにたくさんいるのはどう考えてもおかしい。


「あっ、美鈴っち達じゃない?彼女ら目立つし」


美幸が言う通り、言われてみれば納得する。

群がっているのは男子生徒ばかりだからだ。


「これ、入れないよな?」

「じゃあ、私が薙ぎ倒そうか?」


なんて怖い事を言うんだ?涼華さんよ……


「まあ、そう慌てなくてもそのうち始業ベルが鳴ればみんな戻るだろうし、それまでここら辺にいようか?」


「仕方ないわね」


残念そうに言う涼華は、肩から下げていた刀が入ったバッグを担ぎ直した。


特別棟に近づけない俺達は、近くにあるベンチに腰を下ろして騒動の成り行きを見ていると「おはよう。みんなも入れないの?」と、熊坂さんが声をかけてきた。熊坂さんも中に入れないで困っていたようだ。


「彼女達凄い人気ね」

「やはり、騒動の原因はあの3人か?」

「うん、そうみたい。学内のネット掲示板で拡散されてるよ」


そんなものがあるんだ……


「熊坂さんはそういうの詳しいの?」

「まあね。でも私は見てるだけだから」


涼華が熊坂さんとそんな話をしていた時、ひとりの男子がその群れの中に入って行った。すると、モーゼの海割りのように生徒が左右に分かれて一本の道が出来上がっている。


「あの金髪ヤンキーくん、すごいね〜〜」

「確か駒場君だったよね。ダブりの2年生みたいだけど……」


熊坂さんはその光景に見入っているようだが、涼華は何か思うところがあるようだ。


「ねえ、今なら入れそうじゃん」


美幸が言うように今なら特別棟に入れそうだ。

俺達は、駒場君が作った道が閉じる前に特別棟に入り込むのであった。





特進クラスに入ると「光彦く〜〜ん」と言いながら美鈴ちゃん達が駆け寄ってきた。美里さんが追い払っても次々と見に来る男子が多くて怖かったようだ。


「何ですか!この学校は」と、怒りマックスの美里さん。美鈴ちゃん達を守るため随分と奮闘したようだ。


「光彦さんがそのような格好をしている理由が少しわかった気がします」

「智恵さん、それ内緒だから」


俺は慌てて智恵さんに話しかける。

バレたら俺の『陰キャ』生活が終わってしまう。


「水瀬君はその3人と知り合いなの?」


一緒にいた熊坂さんに問われた。


「ああ、美鈴ちゃんとは従兄弟だし他の2人もその関係でね」


朱雀学園にいたことは秘密にしたい。


「そうなんだ。でも、如月さんとも従兄弟だよね?」

「そうだね。父方の従兄弟が美鈴ちゃんで母方の従兄弟が涼華なんだ」と、いうことにしておこう。半分は本当の事だし。

涼華に関しては一緒に住んでることから従兄弟とみんなに話してある。


「そうなんだ。でも従兄弟が2人も同じ学校で同じクラスなんて珍しいね」


「うん、そうだね〜〜」


熊坂さん、それ以上はもう聞かないでくれ……


「桜宮さんと如月さんって神がかった美少女でしょ。そんな従兄弟の遺伝子を持つ水瀬君て素顔が隠れててよくわからないけど、もしかしてイケメンだったり?」


ひえ〜〜熊坂さん、勘弁してくれ〜〜!


すると、意外な人物から声がかかった。


「おい、そこの1年。うるせえぞ!」


「は、はい、すみません」


イヤホンで音楽を聴いていたらしい駒場先輩だったが、こちらを向いて注意した。熊坂さんはそう言われて慌てて謝罪した。

一瞬、俺と目が合った気がしたが、直ぐに逸らされてしまう。


もしかして、困ってた俺を助けてくれた?


自分の都合の良いように解釈する俺だった。





午後になり楓さんが向かえに来て俺は近藤商事に向かっている。


涼華も来たがったが美鈴ちゃんの警護を頼んだ。美里さんだけでは、数の暴力に抗えない。


車に揺られていると、いつの間にか眠くなってしまった。

俺は楓さんに起こされるまで熟睡してしまうのであった。


「光彦様、着きました」

「わあ、ごめん。寝ちゃったよ」

「構いませんよ。昨夜はルナがお邪魔してたようで光彦様はゆっくり寝られなかったでしょうから」


楓さんにバレてる……


「いろいろ報告を聞いてるうちに寝ちゃったんだよ。ルナもあちこち動いてたようで疲れてたみたいだ」


「ええ、今朝報告を受けています。それでお着替えなのですがどうしますか?」


そういえば水瀬スタイルのままだった。


「時間もないしこれでいいよ」


「では、私は車を置いて来ますので。光彦様は受付で近藤社長との面会と言ってくだされば案内してくれるはずです」


近藤商事のエントランスに入り、ロビーにある受付に向かうと、ひとりのチャラそうな男性社員が受付嬢と何やら話をしている。


「なあ、今夜付き合えよ。三ツ星レストランの予約入れてあるからさ」


「え〜〜と、すみません。今は仕事中ですので無理言わないでください」


「もしかして、俺の誘いを断るってことはないよな?そんなことしたらどんな事になるのかわかってるよね?」


どうやらチャラそうな男は受付嬢を口説いてるようだ。

しかも、仕事中に……


俺は構わず受付に行き要件を伝える。


「すみません。近藤社長にお会いしたいのですが」


すると、驚いたように受付嬢とそのチャラ男ナンパ野郎が俺を見た。


「えっと、貴方が近藤社長に用があるんですか?」


受付嬢は、不審な目をして俺を見ている。

そこに、ナンパ野郎が割り込んできた。


「おい、ガキ!ここはガキの来るところじゃねえ。さっさと帰りな」


思った通り絡んできた。

こう言う輩は脅せばどうにかなると思っている。


「あの〜〜貴方はここの社員ですよね?来客に対するその態度はどうかと思うのですけど。それより、近藤社長に連絡入れてもらえませんか?」


ナンパ野郎に話しかけたのはいいが、怒ってるようなので受付嬢に話をふる。


「このガキ。なんだ、その態度は?ここがどこだかわかってるのか?ここは天下の近藤商事だぞ。ガキが来るとこじゃねえんだ。痛い目に会いたくなければさっさと帰んな!」


俺は無視して受付嬢を見つめる。

受付嬢は困ったようにオロオロしていた。


はあ〜〜この会社、根本的に変えないとダメかもね?


「あの、受付のお姉さん。こういう場合の対応マニュアルとかないの?まず、訪ねて来た人の身元を確認しないと。相手が誰だかわからなければ先方に引き合わせるなんてできないでしょう。それに、アポイントがあるのかないのか尋ねようともしないのはおかしいと思う。それと、仕事中にナンパする社員より来客の方が大事だと思うんだけど、俺間違ってる?」


受付嬢が2人もいるのに、来客を放っておいてナンパ野郎に好き勝手に言わせるなんて職務怠慢だと思う。


「おい、ガキ。ナンパ野郎って誰のことだ?」


そう言いながら俺を押し倒そうとして手を出して来た。

勿論、俺は避けるが、ナンパ野郎は勢い余って転んでしまった。


『キャッー!』と受付嬢の悲鳴が上がる。

既に、騒ぎになっているので、周りにいた社員やロビーで打ち合わせをしていた来客達がこちらを見ていた。


こんな状況で誰も止めないのかよ〜〜


すると、奥から警備員が出て来て俺の両隣に立ちはだかる。


「君、ここは子供の来る場所じゃない。すぐに帰りなさい」


そう言って腕を掴もうとしたので、掴もうとする警備員の腕を手に取り即座に背後に回って拘束する。


「あのね。俺はここに用事があって来てるんだ。何も聞かずに帰りなさいってどういうこと?」


警備員の背中越しにそう話しかける。


「おい、誰か警察を呼べ」


倒れていたナンパ野郎がそう喚き始めた。

受付嬢はウロウロしていて話にならない。


そこに、楓さんがやってきてこの惨状を見て顔が怒りに染まった。


マズい……


「これはどういう状況ですか?それにそこの受付嬢!早く近藤社長に連絡を入れなさい。貴城院光彦様がいらしたと」


その名前を聞いて驚いてる受付嬢。

おそらく近藤社長の面会予約がなされている事を知っているのだろう。


「は、はい。ただいま」


受付嬢は慌てて社長に連絡を取る。

しばらくして社長自らこの場所に来た。


「おい、これはどういう状況だ。受付の君!面会予約は入れてあっただろう。何故、こんな事になっている」


「は、はい。そちらの少年が近藤社長に会いたいと言ってきたのですが、そこにいる近藤課長が『ガキはさっさと帰れ!」と言って少年を突き飛ばそうとしたのですが、少年が避けたので転んでしまい警備員が駆けつけてこの騒ぎになりました」


うむ、近藤課長って言ったか?

まさか、近藤社長の身内?


「近藤さん、この会社はダメですね」


俺は拘束していた警備員を突き飛ばして、近藤社長の前に立つ。


「君は光彦君か?その格好は……ちょっと待ってくれ。何かの手違いだ」


俺の姿を見て慌てた近藤社長が驚いて話しかける。


「楓さん、どう思う?」

「ええ、とんでもない暴挙ですね。社員教育がなってません!」


その時、近藤社長がいきなり俺の前で土下座をした。


「すまない。全て私の責任だ。どうか許してほしい」


その光景に周りの人も一気に緊張が走った。

会社の長たる人間が冴えない少年に頭を下げたのだから。


「光彦様、ご自身の名を受付嬢に言いましたか?」


楓さんは土下座する近藤社長を見ながら俺に尋ねた。


「いや、名乗っていない。名乗る前にその男に出ていけと言われたんでね」


状況がわからないナンパ野郎は、社長が頭を下げているのでパニックになっているようだ。


「光彦様、その男の件はこれから話し合いましょう。それと、受付嬢にも問題がありそうですね。その件についても上で話しましょうか?」


まあ、確かに最初に名前を名乗らなかった俺も悪いだろう。

それに、この格好では陰気な少年と見做されても仕方がない。

だが、それでも会社の顔である受付嬢やこの会社の人達が人を見かけで判断するのは良くないと思う。


「近藤さん、頭を上げて下さい。落ち着いた場所で今後の話をしましょうか」


俺はそう言って土下座している近藤さんを立たせた。

周りの人達は、未だ何が起きてるのかわからないようだ。


「わかった。では、光彦君の為に新しく会長室を用意してあります。そちらに向かいましょう。貴城院会長」


近藤社長の言葉を聞いて周囲の人間は驚きを隠せないままその場に佇むのであった。

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