第75話 鬼のルーツ(2)


『ねえ、アダムス。いつかあの東の山を越えてその先に行ってみたいわね』


『そうだな。そこはどんな世界なんだろうな』


『きっと、一面に花が咲き誇り、気候も穏やかで食べ物にも困らない。そんな場所があるに決まってるじゃない』


『そうだね。そんな場所があるなら行ってみたいな……』


『うん、一緒に行こうね、アダムス』

『ああ、約束だ。イブ………………』



…………………




「う〜〜ここは……」


アダムスは、目を覚ました。

周りを見渡すと木でできた小屋の中にいるようだ。


「そうだ、イブ、イブはどこ……」


痛みは全身を襲う。

身体には誰かが布を巻いてくれたようで、治療されていた。


「おや、目が覚めたのかい?」


アダムスに声をかけたのは、中年の女性だ。

だが、見慣れない格好をしていた。


「俺はどうしてここに?」

「それが、不思議でな。川で選択しておったらお前さんが流れて来たんじゃ。全身に矢が刺さった状態でな。死体かと思ったほどじゃ」


「もうひとり女性がいませんでしたか?」

「いや、お主だけじゃ。お前さん、どこから来よった?」


「フン族の集落で仲間が殺されて助け出そうとして谷に落ちたんだ」

「フン族、聞いたことのない部族じゃな。まあ、命があるだけ良かったと思うんじゃな」


あのフン族を知らない?

どういうことだ?


アダムスは、療養の為、しばらくこのおばさんのところで過ごした。

他に家族はいないようで、周囲は山に囲まれていた。


「ここはどこなんだ?イブは無事なのか?」


思い出すと胸が痛む。

あの傷でイブが助からないことはわかっていたのだ。


半年程、このおばさんも元で過ごしたアダムスは、傷痕は残っているが痛みは無くなっていた。

何やら秘伝の薬を使ったようで、おばさんはいつも大釜で薬草を煮込んでいた。


「おばさん、いつもありがとう」

「おばさんって言うなと何度言ったらわかる。わしにはキリカという名がある。キリカと呼べ」


このおばさんはキリカという名で一人で山奥に住んでいる。

毎日のように大釜で薬草を煮込み、出来上がった薬を何処かに持って行って食べ物に生活に必要なものと交換しているようだ。


「アダムス、そろそろ旅立ったほうが良い。最近、村も騒がしくなっておる。ここにも兵士が来るかも知れん」


「兵士?戦士のことか?」

「ああ、似たようなものじゃ。おそらく見つかればわしもお主も殺されるじゃろう」


そこへひとりの農夫が駆け込んできた。


「大変だ、キリカさん逃げろ……」


そう言ってその農夫は倒れた。


「おい、しっかりしろ!」


キリカは、その男の元に駆けつけて声をかけたが、その農夫の背中に大きな傷がそこから血が溢れ出ていた。


「くっ……アダムス、行くぞ」

「ああ」


追われているのは本当のことのようだ。

二人は山に向かって走り出し、何日もあてもなく歩き続けた。


「アダムス、ここから先はお主ひとりで行くが良い」


アダムスはキリカが長くないことがわかっていた。

大釜で煮込んだ薬は、村で売るだけではなかくキリカ自身の為のものでもあった。その薬が今は無い。


「無茶言うなよ。俺がおぶってやるから」


キリカを背負い道なき道を太陽が昇方へと歩き出す。

それから数日、キリカはアダムスの背中で息途絶えた。


山の中腹にキリカを埋葬したアダムスは、石に『キリカここに眠る』と刻む。


それからもアダムスは太陽が昇る方へと進む。


途中、いろいろな部族と出会ったが有効的な部族は少なかった。


そして、大きな山を越え、大きな川を渡り、アダムスは歩き続けた。


そして、目の前に広がるのは大きな水たまりだ

波は押し寄せ引いていく。


「この先にきっと花が咲き誇り、気候も穏やかで食べ物に困らない、そんな場所があるはずだ……そうだろう?イブ……」


大きな川を渡ったように木を集めて、蔓で縛りつける。

そして、アダムスはその大きな水溜まりの先を目指して進んだ。



あれから、何日たっただろう。

水溜りの水を飲むと余計に喉が乾く。

それに、今まで飲んだことのない味だ。


そして、アダムスは気を失ったのだった。





「おい、兄ちゃん、しっかりしろ」


誰か人の声がする。だが、何を言っているのか理解できない。


「やめなよ。父ちゃん。この人、人じゃないよ、きっと鬼だよ。髪は白いし目の色も違う。それに背も高そうだし身体も私達と全然違うでしょ。起きたら食べられちゃうよ」


「バカ言うな。鬼でも死にそうなら助けないでどうする?わしゃ、誰が何を言おうとこの兄ちゃんを助けるぞ」


ボロ雑巾のような着物を着ているこの親子は、海辺に倒れていたアダムスを二人で抱えて家に連れて行った。


家といっても隙間風が入るような見窄らしい作りで雨風が凌げるだけマシな造りだった。


それから数日、この親子の看病でアダムスは、自分で食事は取れるくらい回復していた。


だが、言葉だけはどうしても理解できない。

二人の仕草で何を言いたいか理解するのだった。


「海……『Umi』そうそう、このたくさんの水が集まってる場所を海って言うんだ」


『Umi、Umi……』


アダムスは二人に言葉を教えてもらって、少しづつこの言語を獲得していく。


お礼にアダミスは、山に行って狩をしたり、海に飛び込んでは魚を捕まえたりしてみんなの食料を確保していた。


『ここ……二人だけ、いない?』


「うん、そうだよ。ここにはおっとーと私しかいないんだ」


『なぜ?』


「みんな死んじゃった……おっかーもおとうと達もみんな……」


娘はそう言って泣き出した。

アダムスは、娘がなぜ泣いたのか理解できない。でも、どうにかしないといけないと思いお腹を両手で叩き出した。


『パチパチパチパチ………』


アダムスの奇異な行動に唖然とした娘だが、次第におかしくなって笑い始めた。


「ははは、なにそれ、はははは」


それからも娘が悲しそうにしている時はアダムスは腹を叩いた。

そんな日が何日も何日も続いたのだった。



「ねえ、白鬼さん、白鬼さんはどこから来たの?」

「あっち」


アダムスが指差した方向は海の彼方だが、その方向は陽が沈む方向だった。


『ネネ……元気か?』

「私、私は元気だよ。もう、悲しいなんて言ってられないから」


目の前には石を積み上げただけの質素なお墓がある。

そこに新たに石を置いた。


「おっとーは、みんなのとこに行けたのかな?」

『行く、きっと行く』


「ねえ、白鬼さん、私一人になっちゃった……」


いつものアダムスならお腹を出して叩いてネネを元気づけるのだが、今日のアダムスはただネネのそばに寄り添ってネネが泣き止むのを黙って待ち続けたのだった。


それから数年達、アダムスとネネとの間には4人の子供ができた。

みんな元気に育っている。


ある日、一番上の子供、トキが海から駆け足で家に戻ってきた。


「どうした?獲物は採れたか?」


「大変だよ、おっとー。海から見たこともない大きな木の塊がこっちに向かって来るんだ」


「何だって!」


アダムスは、鉈を持ち出してネネと子供を物置小屋に隠れるように言う。

そして、アダムスは海に向かって走り出した。


昔、大きな川を渡る時にどこかの民が使っていた乗り物を思い出す。

おそらく、木の塊には人が乗ってるはずだと確信した。


アダムスは、木の塊が近づく砂浜の近くの岩影に隠れて見ていた。

その木の塊に5人もの人が乗っている。

だが、そのうちの一人は両手を後ろで縛られた綺麗な着物を着た女性だった。


「さあ、降りろ!」


そう言って縛られた女性を蹴飛ばす。

その女性は勢い余って転んでしまった。


(なんてことするんだ……)


アダムスの脳裏にフン族がギン族の女性を虐げた過去を思い出す。

アダムスは、鉈を天に突き立て大声で吠えた。


『うおおおおおおお』


ギン族の族長として戦いの最前線にたっていたアダムスには、相手の男達を怖いとは感じなかった。

それよりもか弱い女性を足蹴にしたことに怒りを感じていた。


「なんだ、なんだ」「まさか、鬼か」「この島には鬼が住んでるのか?」


アダムスは一歩一歩男達に向かって歩き出す。

男達は腰にぶら下げた木でできてる杖みたいなものから銀色に光る金属の棒を抜いた。


「やれーー、鬼を退治しろ!」


偉そうな男が別の男達に合図している。

だが、アダムスの前で震えているだけだった。


(何だ?こいつらは戦士ではないのか?)


アダムスは、一番近い男に向かって鉈を振り下ろした。

その鉈は男の首筋から肩にかけて食い込む。


あたり一面に血の飛沫が舞い上がった。


「ヒャアーー助けてくれーー!」


男達は次から次へと木の塊に乗り込んだ。

そして、縛られた女性だけを残して引き返して行ったのだった。





桜子婆さんは、そう話して冷めてしまったお茶で喉を潤した。


「そうなんだ。鬼とは海を渡って来た大昔の西洋人のことだったんだね?」


「我が調べた限りではそう言うことじゃ」


「その西洋人が辿り着いた日本の場所ってどこなの?」


「我は地理的にも佐渡島じゃと思っておる。あの島は地元の人達には別名鬼ヶ島と呼ばれておるしな。だが、これも憶測の話じゃ。日本には数えきれないほど島がたくさんあるしのう」


「そうか、その西洋人は白銀の髪の毛だったんだね?」


「うむ、言いずらいがその男こそ貴城院家の初代当主じゃ」


桜子婆さんは、少し目を伏せてそう呟いた。

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