第74話 鬼のルーツ(1)
「そうか、そうか、そんな事があったのかい、ふはははは」
あれから家に帰り、桜子婆さんに報告すると、腹を抱えて笑い出した。
真面目な話なのだが、何がツボったのかわからない。
「それでその娘はどうするつもりなのじゃ?」
「それはねえ、お兄さんが朝迎えに行く事になったんだよ」
俺の代わりに茜ちゃんが答えてくれた。
「それは、それは、ボンとおると退屈せんなぁ、ふはははは」
また笑ってるし……
桜子婆さんにの膝の上で寝ていた子猫のイクラはその笑い声に反応してどこかに行ってしまった。
「そういえば涼華お姉さんは?」
「きっと鍛錬だと思うぞ。庭に出て行ったから」
「私も鍛錬する」
茜ちゃんはあれから涼華にべったりだ。
好きになったというより、憧れていると言った感じだ。
「それで桔梗の孫はボンの事を『白鬼』と呼んだんじゃな?」
「そうだけど、まるで意味不明なんだよね」
「そうか、これも良い機会じゃ。ボンには少し話しておくか……」
桜子婆さんは、何かを思いついたように話し始めた。
「大昔、大陸の西側、今でいうヨーロッパのでの出来事じゃ。大陸の北側はどんな気候か知っておるか?」
「とても寒いイメージがるけど、それがどうかしたの?」
「そうじゃ。その気候は人が住むには過酷な場所じゃった。一年のうちのほとんど大地が氷に覆われている。そうなるとそうなると思う?」
「農作物とか栽培できないよね。できても、採取できるのはほんの僅かしかないとか?」
「その通りじゃ。だから必然と農耕より狩が主体となる。その大地に住む獣を狩って生きながらえるしかない」
「そうだろうね。でも、何でそんな話を?」
「ボン、そうせかすな、話はこれからじゃ。そこに住むある部族がいた。その部族は髪の白い者が集まった部族じゃ」
確かに寒い土地柄なら俺のような白銀の髪を持っていても納得がいく。
「その部族は狩を主体に生活しておった。だが、ある時その獣も姿を見せなくなった。そうなるとボンならどうする?」
「新しい狩場を求めて移動するかな?」
「まさしくその通りじゃ。だが。天候が最悪で毎日のように吹雪が止まない時はどうしたら良いと思う?」
「食べ物が無くなれば当然餓死しちゃうだろうね」
「はじまりはほんの些細な事なのじゃ。ボンの言う通り餓死者が出てくる。しかし、周りには食べ物が全くない。そんな時その部族はある禁忌を犯したのじゃ」
「まさか、遺体を食べたの?」
「胸糞悪い話じゃが、歴史上そう言う話はよく耳にする。この日本でさえ大昔はそういう事をしてた村もあったほどじゃ」
「確かに餓えている人間がどんな行動をとるかなんて分かりやしないよね。ダメだと分かっていても手をつけてしまう事もあるかもしれない。いや、倫理や道徳感がない時代ならそれは至って当然の行動なのか?」
「うむ、その通りなのじゃが、その部族はのう、それをきっかけに日常的に人を喰らうようになったのじゃ」
「そんな事をしたら人が減る一方だし、部族という組織さえ成り立たないんじゃないの?」
「そうじゃ、だから白髪以外の者を食べ始めた。つまり、違う部族を襲い始めたのじゃ」
そうか、自分達の部族を守るために他の部族を襲ったわけだ。
「そして、白髪を持つ部族は周辺の部族から恐れられた。悪魔とか言われておったようじゃな。だが、それが鬼のはじまりじゃ」
桜子婆さんは真剣な眼差しで俺の目を見つめてそう言った。
◆
中世前期の西大陸では、フン族と呼ばれる部族が勢いを増していた。
その部族は、元々遊牧民であったが馬上から操る弓を持って他の部族を圧倒し領地を拡大して行った。
「ねえ、アダムス、どうするつもりなの?」
隣にいる白銀の少女にそう言われて、アダムスと呼ばれた男は考え込む。
薪の周りには赤児を抱いた女性もいる。
それに足を悪くして、杖を付く老人の姿も見えた。
「できれば安全な場所まで移動したいが、難しいか……イブはどうしたら良いと思う?」
「わからない。でも、このままじゃフン族の奴らに殺されるのは決まっている。女は犯され、子供や老人は串刺しにされる。動ける男は奴隷になって死ぬまで働かされるわ」
アダムスと呼ばれる白銀の髪を持つ男は、決断するしか無かった。このままでは、この部族の者達は全て滅びてしまう。
「みんな、聞いてくれ。このままでは我々は、フン族の連中に殺されるだろう。だから、安全な場所まで移動する。付いて来れない者は残念だが諦めてくれ……」
そう皆んなに語りかけるその声には、覇気がなかった。
「なあ、アダムス。俺のおっとーは、足が悪い。到底歩けるとは思えねんだ。どうにかなんねえか?」
そう言われてアダムスは、苦渋の顔をする。
「他に方法があるならこんな事は言わない。さっきも言った通り安全な場所まで移動する」
足の悪い者、身重な者、小さな子供、年老いた老人。
そんな皆んなを率いてアダムス達は歩き続けた。
ある日、遥か先に土煙が立ち昇る。
次第に馬の走る音も聞こえ来た。
見張りに立っていた男が声を上げる。
「フン族だ。フン族が来たぞーー!」
その声を聞いてパオから飛び出したアダムスとイブは、直ぐに女、子供にみを潜めるように叫ぶ。
それから剣を持って駆け出し、迫り来るフン族の真正面に立った。
「私も戦うわ」
イブはそう言ってアダムスの隣りに並んだ。
「イブ、逃げてほしい」
「イヤ、アダムスを置いて逃げるなんて出来ない」
イブの決意を汲み取ったアダムスは、剣を天に向けた。
「天よ、神よ。我らギン族に加護を授け給え。この身を斬り刻まれようとも我らギン族は何度も復活して、世界の安寧を築くであろう」
『おおおおおおおおおおーー』
アダムスとイブの背後には剣を手に持つギン族の戦士達が揃って、雄叫びを上げた。
迫り来るフンに向かって走り出したアダムス達は、馬上から撃ち出される矢を躱しながら剣で馬を斬りつけた。
馬が悲鳴をあげて立ち止まると。
乗っていたフン族の戦士は勢いよく地面に落下した。そこをギン族の戦士がトドメをさす。
「悪魔のギン族か。お前らのような悪魔達は滅んだ方がマシだ!フン族の戦士ギラン様がお前達を地獄に送ってやろう」
「我らギン族は悪魔などではない。非道な蛮族のフン族などに我らが負けるなどありえん」
アダムスは、迫る矢を躱し続けていまが、流れの矢が左肩に刺さった。
矢尻を残して木の部分を折って剣を振るう。
軌道力はハン族の方が優っている。だが、剣ではギン族の方が上だ。
戦闘はしばらくの間続いた。
そして、敵の大将をアダムスが倒した時に戦闘は終わったのだった。
敵も味方も負傷している者がほとんどだ。
そんなアダムスは、イブを探していた。
だが、イブが見つからない。
まさか……
不安が胸をよぎる。
その時、部族が集まっている方からイブの声がした。
「イブ……良かった、生きててくれた」
安堵したアダムスだがイブからもたらされた言葉に絶句する。
「ミーシャ達が連れて行かれただって!」
ミーシャは、アダムスの姉だ。
ハン族は最初から女達を連れていく為に部隊を分けていたらしい。
「早く追わないと」
イブがアダムスに話しかける。
「ああ、だが俺だけで行く。これ以上犠牲を出せない」
「なら、私も……」
「イブは残れ!」
間髪入れずにアダムスはイブの話を遮った。
「頼む、イブはみんなと一緒にいてくれ」
「できない。私はアダムスと一緒に行く」
「イブ……」
アダムスはそれ以上何も言わなかった。
馬に乗り、ミーシャ達を連れ去ったフン族を追う。
アダムスの背にしがみ付くイブの姿があった。
「奴ら集落に連れて行ったのか?」
「なら、山道を抜けたほうが早いわ」
進路を東に向けて山道を通り山を越えるとフン族の集落が見えて来た。
「暗くなるまで待つか?」
「そうしたいけど、何か嫌な予感がするの。アダムス、このまま行こう」
「わかった」
馬の体力は既に底をついている。
馬を捨て二人は大きな谷川を降り、煙が立ち上っているフン族の集落に向かった。
フン族の集落では、中央広場に人が集まっていた。
木で造られた高台に銀髪の女性が立たされている。
また、中央広場の高台の前には、その高台に立たされているギン族の女性が見えるように立木に縛り付けられているギン族の女性達がいた。
「我らフン族に仇なす悪魔の化身ギン族よ。人の血肉を喰らい人に仇なす魔の者達ギン族よ。我らの神はお主達ギン族を許さない。神はお前達は全て駆逐せよとおっしゃった。よって、ここでお主達を処刑する」
「「「「「おおおおおおお」」」」」
中央広場に集まったフン族の民は歓声を上げる。
その声が、アダムス達の元にも届いた。
死刑執行人が大きな斧を担いで高台の女性の前に立った。
そして、高台の女性は首を差し出すような格好をさせられた。
「殺せ!殺せ!殺せ!…………」
民達の声が響き渡る。
そして、斧は振り落とされたのだった。
「「「「「おおおおおおおお」」」」」」
「次はお前達だ。火を放て!」
立木に縛りつけられたギン族の足下には、薪が大量に置かれている。
数人のフン族がその薪に火をつけた。
「殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!………」
民達の声は一層大きくなる。
その時、その歓声を遮る大きな声が聞こえた。
「やめろーーーーー!!」
声を上げた男はアダムスだった。
剣を握り、立ち塞がるフン族の戦士を斬り倒す。
一方、イブは火を消そうと着てる服を脱いでその服で火を消そうと必死になっていた。
しかし、無情にも火の勢いは衰えず、ますます勢いを増している。
「ああああああ、熱い、熱い………」
「熱い……助け…………て」
立木に縛り付けられた女性達は、苦悶の声を上げて焼かれていくのだった。
アダムスは、フン族の戦士と戦っている。
だが、多勢に無勢でどんどん追い詰められていった。
その時、「キャッーー」と叫ぶイブの悲鳴が聞こえた。
アダムスは、フン族の戦士を掻い潜り、イブの元に向かう。
イブの身体には数本の矢が刺さっている。
「イブーー!」
「アダムス、逃げて……」
イブはその場に崩れるように倒れた。
「イブ、イブ、イブ……」
アダムスは夢中で剣を振るいイブの元に辿り着く。そして、イブを抱えて来た道を引き返した。
「逃すな!捕まえろ!」
「悪魔を野放しにするな!」
「喰われたくなかったら殺せ!」
そんな声が背後から聞こえてくる。
イブの意識はほとんどない。
だが、息はまだ止まっていなかった。
「イブ、絶対助けてやるからな」
「アダムス……ごめん」
それがイブの最後の言葉だった。
アダムスはそれでもイブを抱えて走り続けた。
背後からは馬の音が聞こえてくる。
矢も雨のように降って来ている。
何ヵ所も矢が刺さりながらも谷付近まで走り続けた。
だが、既に体力は限界だ。
フン族の戦士が迫って来た。
アダムスの背後には谷底に続く崖が広がっている。
それでもアダムスは、片手で剣を握りそうひとつの手にイブを抱えてフン族の戦士の前に立ち塞がった。
「貴様、ギン族にしてはなかなかやるな。だが、もうおしまいだ。さっさと地獄に行け!」
恰幅の良いフン族の戦士が前に出て剣を握る。
アダムスと対峙する形になったが、その男の合図で一斉に矢がアダムス向かって放たれた。
避けきれぬアダムスは蜂の巣にされ、フン族の戦士の剣でイブ共々谷底に落ちて行ったのだった。
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