第73話 神前要の事情

社務所の休憩室で、みんなでお茶を頂いていた時に突然槍を持った青ジャージ少女が、俺に向かって『白鬼』と呼んだ。


前に『蛇』の連中からもそんな事を言われた覚えがある。

そもそもその『白鬼』とはなんなのだろう?

俺の髪が白いからそんな事を言うのか?

だが、今日は『陰キャ』の水瀬スタイルだ。

彼女は俺の外見を見て言っているわけでは無さそうだ。


「お婆ちゃん、お姉ちゃんも危険だからこっちに来なよ。みんなが逃げる間くらい時間を稼いでみせるから」


そう言って槍を俺に突き出した。

すると、涼華がその槍を日本刀が入ったバッグで弾いた。


「何するの?貴女は『白鬼』の仲間?それとも脅されてるの?」


涼華を見てその青ジャージ少女は槍を手前に引く。

だが、直ぐに次の攻撃が繰り出された。


「問答無用」


涼華は、そう言って俺の前に立ちバッグでその槍を弾く。

茜ちゃんは、何が起きたのかいまいち理解してないが、俺の背中に隠れてしまった。


青ジャージ少女から突き出される槍をバッグの中から取り出した刀で弾く涼華。


この部屋では、今、意味不明なカオスな状況が展開されていた。


「あれ、刀だよね?涼華さん、かっこいい〜〜」


俺の背中で茜ちゃんがチラチラ顔を出して涼華と青ジャージ少女との対決を覗き見ていた。


「これ、どういう状況?」


俺の呟きは虚しく誰にも聞かれないで消えていく。


『やめーーーい!!』


その時、桔梗婆さんの大声が部屋を埋め尽くした。

あんな華奢な身体で良くこんな大声が出るのかと感心する。


『ボカッ!』「痛っ」


桔梗婆さんが懐に締まってあった扇子で青ジャージ少女の頭を殴った。

青ジャージ少女の『痛っ』という可愛らしい声が聞こえた。


「こら、要。私のお客に無礼な振る舞いをするではない」

「だって、お婆ちゃん、白鬼が〜〜」


「そちらのお嬢さんもその物騒なものを下げてもらえんじゃろうか?」

「仕方ないわね」


そう言われて涼華は、愛刀を鞘に納めバッグにしまう。


「涼華さん、パっないす。かっこよすぎ〜〜」


俺の背中にしがみ付きながら茜ちゃんはそんな事を言っていた。


「それで、貴女。何で光彦君に槍を向けたの?その白鬼って何なの?」


「それは……秘密です」


桔梗お婆ちゃんに怒られて萎んだ風船のように覇気が抜けた青ジャージ少女は、小さな声でそう言った。


「おおかた、その少年が要には白い鬼のように見えたのじゃろう。先程、この者達に要の体質の事を話してたんだ。隠す必要はないぞ」


「え〜〜お婆ちゃん、喋っちゃったの〜〜酷い。みんなから気味悪がられるよ〜〜」


「そんな事より謝罪せんか!」


「ごめんなさい……」


桔梗お婆さんに言われて謝罪する青ジャージ少女。

この人が、不登校の神前要さんか……。


「要さんよね。私は如月涼華。光彦君の護衛官でもあるし、要さんのクラスメイトでもあるわ。それにしてもなかなかの槍の使い手ね。正直、最初の一撃は間に合わないかと思ったわ」


「護衛官?どういうこと?」


桔梗お婆さんは梅子お婆ちゃんの知り合いみたいだし、仕方ないか……


そんな涼華は俺を見て頷いた。


「この男の子は貴城院光彦君。あの貴城院グループの次期当主よ。私は代々続く剣術の家庭で育った如月涼華。わけあって光彦君の護衛官をしてるわ」


「あの貴城院グループの御曹司なんですか?どうしよう、お婆ちゃん、私殺されちゃうよ〜〜」


貴城院家にどんなイメージ抱いてるの?


「そんな事するわけないだろう!謝罪も受け取ったし無かったことにするよ。それより、何で俺を狙ったの?」


「だって、あなたが学校に通いだしてから周りに幽霊が集まりだして学校に近寄れなくなったんだよ」


「どういうこと?」


すると桔梗お婆さんが、


「もともとこの辺には水難で亡くなった人が多いんじゃ。窪地のなっている地形がそうさせているのじゃが、その水難にあった霊を鎮め水難を防いでいるのが神社に祀ってある要石じゃ」


「じゅあ、亡くなった人が多いってことは幽霊も多いってこと?」


「そういうことになる。要はその体質から小さい頃からこの辺で亡くなった人達の霊を見ておる。4月に入って学校中心に霊が集まって来よって要は登校できなくなったらしい」


「そうだけど、そうじゃない。そこにいる白鬼君が怖くて霊が近寄って来れなくなったの。弾き出された霊がその白鬼君の半径300メートルから500メートルくらいに群がっているのよ。だから、学校に行く道が塞がれて行けなくなったんだよ」


え〜〜っ、目に見えないとはいえ、俺のせいで青ジャージ少女は学校に行けなくなったの?


「幽霊がお兄さんを怖がって避けてるの?」


そんな茜ちゃんの質問に青ジャージ少女は「うん、そうよ」と、返答した。


「じゃあ、お兄さんのそばにいれば幽霊に会わなくて済むね」


「えっ……?」


その時、青ジャージ少女が何を考えてたのかわかるはずもなかった。





神前要の事情


「ダメだ。今日も沢山いる」


神社の隣にある高層のマンションの上階で、窓から望遠鏡で街を見ている青色のジャージを着た少女いた。

名前を神前要。今年から近くの高校の2年生として通うはずだった。


1年生の時はいつも登校前には望遠鏡を覗いて霊がいない道を探して登校していた。だけど、4月になって最初の登校日にそのバランスが崩れた。


学校には全く幽霊が居なくなっている。

そのかわり半径300メートルから500メートルにかけて幽霊が溢れるくらい集まっていた。


「どいうことなの?」


要は、その原因を探り始めた。

朝、昼、夜と暇さえあれば望遠鏡を覗いてその原因を探っている。


決して他人の家を覗いたり、ストーカーまがいな事をしてるわけではない。


「あ、あそこの家、今日もカップラーメンなんだあ」


決して他人の家を覗いてるわけでは……


「きゃーー、あそこの新婚さんは今日も暑いわね〜〜行って来ますのチューしてるし」


決して他人の家を……


「何あのキモサラリーマン。スマホ見てる風を装って歩道橋の階段を昇る女子高生のスカート覗き見てるじゃない。最低!」


決して……


その時部屋のドアが空いた。


「要、さっきから呼んでるのに返事ぐらいしなさいよ。あんたって、また覗き見してたの?」


「あ、お姉ちゃん、違うんだよ。学校に行けそうな道を探してただけだし」


「私の眼を見てもう一度言ってごらん?」


姉に言われてキョどる要。


「ちょっと、少し、ほんの少しだけ見てたかも知れないけど、これは必要な事なの」


言い訳を並べているが覗き見は良くない事だ。


「多少は多めに見るけど誰にも見つからないようにしなよね。バレたらみんなに迷惑かけるんだからね」


「うん、わかってる。偽装はバッチりだよ」


『ボカっ』「痛っ」


「そう言う意味じゃない!全くあんたって子は……ブツブツ」


要の姉は、神前瑞季。

都内にある大学に通っている。


「それで今日は行けそうなの?」

「ダメ、前より酷くなってる」

「そう……じゅあ母さんに言っておくわ。でも、学校行けなくて留年でもしたらどうするのよ」


「何か新しいクラスが開設されるんだって。学校行けなくてもきちんとプリントを提出すれば単位だけはもらえるみたい」


「へ〜〜そんな救済措置ができるんだあ。あの学校もなかなかやるわね」


そう言って姉の瑞季は、部屋を出て行った。


「留年はやだけど、私友達いないし、学校行ってもつまんない……」


決して要は陰気な性格なのではない。

むしろ社交的な性格だ。だが、持ち合わせた体質のせいで周囲から気味悪がられて避けられている。


「何で家族で私だけなの……」


小さい頃からその言葉を何度呟いた事だろう。


「あ、あの男子、隣の女子高生と肩を組んだ。付き合ってるのかな?」


要もお年頃。

人並みに異性に憧れる年代だ。


「いいなあ〜〜男子と付き合うってどんな感じなんだろう」


学校に行けてた頃は、周りの女子が誰かれと付き合っていると言う話を聞いていた。


「私も誰かを好きになってお付き合いとかしてみたい」


淡い気持ちを抱いても現実は容赦なくその幻想を打ち砕く。

それも全て要が持ち合わせた体質のせいである。


それから毎日、原因を探るために惜しみなく望遠鏡を覗き続けた。

そして、ある少年を見つけたのだった。


その少年は眼鏡をかけたダサい格好の少年だったが、道ゆく人が困っているとさり気なく手を差し伸べていた。


ある時は道路を渡れないで困ってるお爺さんを助け、ある時は落とし物をした小学生と一緒に落とし物を探してた。


「格好はダサいけど優しい人なんだ。でも、なんか変。その少年の周りにはあれだけ居た霊がちっとも見当たらない」


気になって、その少年を見続けた。

建物や物陰に隠れて一挙一動を把握することはできないけど、見られる時は興味を持って覗き見ていた。


その結果、要は結論を得た。

最近の幽霊のバランスが崩れたのはきっとあの少年のせい。


だって、あの少年は『白鬼』だから。


少年を良く観察してみると薄っすらと白い鬼に見えてくる。


はっきり見えないのは覚醒してないからだわ。


そして、少年に霊が集まって来てるのではなく、少年が怖くて霊が近寄らないのだと結論付けた。



そんなある日、日課の覗きを嗜んでいた時、あの少年がうちの神社にやってくるのが見えた。


「うちに何の用なの?もしかして覚醒に必要な精気を奪う気?そんなことになったら大変。要石が割れてしまう」


どうしようかと悩んで時間だけが過ぎていく。そして、覚悟を決めて部屋にある槍を持ち出した。

槍を握るのは久しぶりだけど、手に持つと修練を重ねた感覚が甦る。


少年のおかげか、周囲に霊がいない。

こんなに堂々と道を歩けるのは生まれてこの方経験した事がない.


「それだけ霊達は、あの少年が怖いのね」


それだけあの少年は強いということ。

油断はできない。


私は、皆んなが集まって話しをしている社務所の休憩室の襖を開けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る