第33話 世界では


南シナ海にある諸島の中のひとつの島に、不釣り合いな大型の潜水艦を始め幾つかの船が停泊していた。

その大型の潜水艦は第二次世界大戦の時、日本軍が製造した伊400型潜水艦に酷似していた。

この伊400型潜水艦は、潜水空母と呼ばれ航空機三機を収納できる。

実戦投入されたが終戦間際だった為、戦果を上げることなく終戦を迎えアメリカ海軍の魚雷によってハワイ沖に沈められた。


その伊400型潜水艦に酷似しているこの潜水空母にはUH1Y多用途ヘリコプターが搭載されていた。


その潜水空母が停泊している島には、簡易な建物が数件建っており、その中でも一際目立つ建物の中に数人の男女が入って行った。


「全く、ここはいつきても暑いな」


スキンヘッドの男はそう言いながらランニングをはためかせて風を筋肉質な皮膚に送り込んでいた。


「まあ、ここはアジトの中でもそう使うことがないところだからな」


眼鏡をクイっと治して、長袖のシャツを脱いでTシャツ姿になった優男は、椅子のどかりと座った。


「私はここは嫌いだよ。虫が多いし」


赤い服を着た女は、手で飛んでいる小さな虫を払い除けながら呟く。


「虫さん、たくさん殺してもつまらない……」


人形を抱いた少女は、腰を下ろしながら床に這う虫を手で潰していた。


そこに、ある1人の男性が入って来た。その男の年齢は60歳前後、薄汚れた白衣を着ており、痩せていて額の髪が頭頂部まで消え失せている。


「みんな、そろっているな。おや、今回は48号まで投入されたのか?」


白衣の男は、人形を抱いた少女を見て呟く。少女は、その男が現れてからスキンヘッドの男の背中に隠れていたが、見つかってしまったようだ。


白衣の男は、持っていたアタッシュケースをテーブルの上に置いてそれを開けた。


「完成したのか?」


眼鏡をかけた優男が眼を見開いてケースの中身を見ていた。


「ああ、東洋の白鬼の血が手に入らなかったから、いと尊きお方の血を分けて頂いた。感謝するんだな」


そう言って白衣の男は、ここにいる者達を見渡した。


「3本しか無いのか、だが、これであのお方の存在に近づけるのだな?」


スキンヘッドの男は、嬉しそうに顔を綻ばす。


「いや、そうとも限らない。実験の結果、様々な種族に変わるようだ。元になる人間の素養がそうさせるらしい」


「おい、それじゃあ意味ねーだろう!俺はあのお方と同じになりてえんだ」


眼鏡をかけた優男は、声を荒げている。


「言っただろう。元の人間の素養によると。あの尊きお方と同じになるなんて愚かな考えは持たぬ方が良い。あのお方は特別な存在なのだからな」


「やめときなよ。でもこれで人間より高位の存在になるんだよ。せっせと血を集めた甲斐があるってもんだよ」


赤い服の女は、ケースの中から一本注射器のような物を取り出して、中に入っている薄黄色の液体を宝石を眺めるように見つめていた。


「わたしは、いらない。人を殺すのに必要ない」


「まあ、あんたは殺し以外興味ないからね〜〜」


赤い服の女は、人形を抱いた少女に話しかける。


「わかっていると思うがこれはあのお方のおかげで成功したんだ。無駄にする事は許さない。それと、優勢体の血液の採集は継続してもらう。わかったな」


白衣を着た男は、ここにいる者達にそう告げて去って行った。

残った者達は、それぞれ器具を大事そうに手に持っている。


ひとり受け取りを拒否した少女は、変わらず腰を下ろして床に蔓延る虫を潰していたのだった。





ミルスト教の総本山であるバチカンでは、大聖堂の地下にある個室に一人の少女が夢を見ていた。


断頭台の上で赤いマスクを被った執行人が白い髪をした罪人の首を刎ねている。すると場面が変わり、今度は処刑場とかした村の中央広場のような場所で貼り付けにあった白い髪の女子達が生きたまま焼き殺されていた。

その場所に駆けつけ火を消そうと死刑執行人の前に立ち塞がるひと組の男女。女性は、着ていた服を脱いで火を消そうと足掻いている。一方、男性の方は死刑執行人と剣で戦っていた。


「はっ……また、あの夢だ……」


寝汗をかいて飛び起きた少女は、周囲を見渡しここがいつもの場所だと確認する。


そして、安堵のため息をついて着ていた服を脱いで着替え始めた。

いつも着ている司教服に着て、朝の礼拝に向かう途中で声をかけられた。


「これは、ソフィア様。これから朝の礼拝ですかな?」


声をかけてきた男は、でっぷり太った中年男性。

ソフィアと呼ばれた少女より年上だが、階位は下の司祭だ。


「バイロン司祭殿もこれから礼拝ですか?」


「私はもう済ませたところです。これから、民達の相手をせねばなりません」


そう言って舐めるような目つきでソフィアを見つめる。


「バイロン司祭殿の説法はとても人気があると聞いております」


そう言われてニヤけた顔がさらにニヤけた。


「ほほう、そんな噂が。民とは貪欲なものでしてな、その欲を上手く引き出してやるのが説法のコツですなのです。どうですか?後で私と静かな場所で語らいませんか?」


「バイロン司祭殿のお話は興味ありますが、礼拝の後、大司教様に呼び出されておりまして、折角なのですがお話しする時間は取れそうにありません」


「そうでしたか、大司教様と……これは失礼を。それでは、またの機会にお話ができると良いですなあ」


そう言ってバイロン司教はその場を去って行った。


(あのデブの誘いに誰が乗るもんですか!)


ソフィアは、心の中で呟き礼拝に向かった。





「大司教様、ソフィアです」


ドアをノックすると、中から『入りなさい』と声がかかった。

中に入ると大司教と見知らぬ男性が話していた。


「こちらが司教のソフィア・フロストです。ソフィア、この方はアラン・グレース国連理事総長の秘書官であるハワード・スミス氏だ」


大司教に紹介された人物は国連の関係者のようだ。


「お初にお目にかかります。ソフィア・フロストと言います」


「おお、若いのに司教とは大したものだ。大司教様が推薦するだけの実力を兼ね備えているのでしょうなあ」


ハワードという紳士は、驚いたようにソフィアを見ていた。


「いいえ、私はまだ未熟者でございます。それで、大司教様が私を推薦とはどのようなことですか?」


そう答えると、大司教が言い忘れたかのように話し始めた。


「まだ、ソフィアに話を通しておらなかったな。実はな、世界各国でとある事件が起きておる。血を採取する組織なのだそうだ。その件についてハワード殿と話ができるのではないかとソフィアを推薦したのだ」


「血ですか?献血のようなものでしょうか?」


「献血は本人の同意の元、血を採取するものだが、今回の案件は事情が違うようだ」


「それでは私からお話ししましょう。各国からの報告では、財閥若しは経済界の名の知れた人物の血を本人の同意を得ずに、寧ろ暴力を振るって血を奪うといった事件が起きているのです。国連も全国規模となると、調査もせずにその報告を有耶無耶にはできません。従って、調査要員の1人としてソフィア司教に加わってもらいたいのです」


「ミルスト教の者が関わらなければならない事情でもあるのでしょうか?」


「その件ですが、実は未確認の生命体による可能性が否定できません。実際その姿を目撃した人物の証言によれば、まるで悪魔のようだったという話です」


「悪魔ですか‥‥確かに古い文献では血を盟約の証として求める悪魔の存在が明記されておりますが、その悪魔が悪さをしてるとお考えなのでしょうか?」


「そういう事案も否定できないと言ったところでしょうか。実際問題、悪魔などという不確定な存在はいないものとした方が都合が良いのですが、各国からの要請も無碍にはできない状態でして」


(悪魔と聞いて、ミルスト教を思い出した感じなのね。それで、わざわざ総本山のバチカンまで来るなんて、考えの浅い人達だわ)


「わかりました。大司教様、この件ソフィアが承ります。配下の者を何人かこちらで選んでもよろしいですか?」


「構わぬぞ」


「国連の方も事務官を出します。その者に資料を渡しておきますので」


ハワードはそう言ってどこか安堵した顔をした。


一方、ソフィアは、なぜか不安そうな顔つきに変わったのだった。


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