白い鬼と呼ばれた少年〜世界有数の財閥の御曹司 ネット小説にハマって陰キャに憧れる〜

涼月風

第1章

第1話 御曹司の憂鬱

「はあ〜〜憂鬱だ……」


俺の名は貴城院光彦。

これから15才の誕生日パーティーが開催される。


パーティー会場は、都内にある超高級ホテルで行われており、既に政財界の重鎮達が飲み物片手に楽しんでいる声が舞台の裏手にまで聞こえてくる。


「誕生日を祝ってくれるのは嬉しいけど、やり過ぎなんだよ。身内だけのホームパーティーで十分なのに」


「光彦様、何を言ってるのですか。今日は光彦様の15才になられた記念すべき日。貴城院家では元服を迎えられたこの年がどれ程大事な日かはご存じでしょう?」


俺のボヤきが専属の侍女に聞こえてしまったようだ。


しかも元服ってなんだよ!

江戸時代か!

成人は20才だよ。

守ろうよ、法律。


「光彦様、2002年4月以前に生まれた方は20才が成人ですが、それ以降は19才、18才と繰り下げられ現在では18才が成人と見做されます」


「はっ!何で考えてる事わかったの?口に出てた?」


「光彦様の考えている事は、何でもわかっております」


マジかよ……怖いよ。楓さん……


彼女の名前は櫛凪楓。

俺が小さな頃から専属の付き人をしてくれている。所謂、メイドさんだ。


初めて会ったのが俺が小学生低学年で彼女が女子校生の時だったから、今はアラサー……


「光彦様、今、不穏な事を考えていませんでしたか?」


「ひっ!い、いや何でもない」


マジわかるのか、くわばら、くわばら……


蛇足になるが、貴城院家は鎌倉時代から続く由緒正しき家。

仕来りとして、男女共に15才になると一人前の大人として扱われる。

因みに俺の姉、貴城院愛莉は15才の時に誕生日プレゼントとしてある化粧品会社を譲り受けた。

 

業績が頭打ちしていたその会社は、姉の手によって、今や10代に圧倒的な人気を誇る有名ブランドに成長している。


ここでおかしな点に気づいた諸君もいるだろう。


誕生日プレゼントなのに、何で業績の低迷した会社をくれたのか?

そう、これはプレゼントと称した貴城院家の試練なのだ。


貴城院家の大人の仲間入りしたのなら、これぐらいの事はできて当然だ、という貴城院家のトップである貴城院宗貞祖父さんの期待に姉は応えた事になる。


何もかも完璧にこなす優秀なあの姉なら当然か……


だが、プレゼントに試練なんて15才の子に期待し過ぎだろう。


何考えているんだ?あの祖父さんは……


そして、俺にもプレゼントと称した試練が与えられる。

ある程度本人の希望を聞いてくれるので、あるものを希望した。


勿論、会社なんかいらない。


俺はこの日の為にいろいろ作戦を練り、詐欺師紛いの言葉を並べて祖父様に要求を突き付けた。


返答は、条件付きだがOKを貰えた。


睡眠時間を削って言語スキルをレベルアップさせた甲斐があった。


そう、俺がそこまでして望んだものは……


「若、そろそろお時間では?」


そう話しかけてきたのは俺の背後に控えている護衛官の権藤角太。


「そうですね。では、私は舞台の袖に控えておりますので」


楓さんは、心配そうな顔を向けてゆっくりと歩き出す。


憂鬱だ……


これから権力と財力に群がった人達を相手にしなければならないなんて、誕生日ってお祝いの席だよね。

苦痛を耐え忍ぶ時間じゃないよね?


パーティー会場を照らす煌びやかな照明が突然消えてドラムロールが鳴り響く。そして舞台中央にスポットライトが当たった。


その照明を真正面から受け、その眩しさに眼を細めた。


「「「「「おお〜〜」」」」」


会場に来客達の声が響く。


「凛々しい青年だ」

「あのお方が光彦様か。総督に似て威厳のある風貌だ」

「キャー、凄いイケメン。是非ともお近づきになりたいわ」


響き渡る賞賛の嵐。

会場は一気に盛り上がった。


眩しすぎるだろう!

照明さん、あまり張り切らないで下さい。

お願いします。


「皆様、お待たせしました。本日、15才の誕生日をお迎えいたしました貴城院光彦様です。盛大な拍手でお迎え下さい」


司会の某テレビアナウンサーの人が声を上げる。

張り切りすぎでマイクの音割れがしてるのだが……


舞台から延びる階段を会場に来ている来賓に向けて手を振りながら降りて行く。


歩いて行く先には、和服を着込んだ老年の紳士が待ち受けている。


貴城院宗貞。

貴城院グループの実質的なトップであり、俺の祖父だ。


階段を降りて祖父の横に並ぶ。

すると、祖父はマイクを手に取り、声高らかに話しかけた。


「ご来賓の皆様。忙しいところ孫の光彦の為に集まり頂き恐縮であります。ここにいる光彦は文武共に優秀であり、貴城院家の長男、跡取りとして申し分なく育った。まだまだ若輩者だが貴城院グループのトップとして君臨するにはあと数年はかかるとみておる。勿論、皆様の温かいサポートが必要となるだろう。これからも宜しく頼む」


はっ!何言ってるの?

この祖父さん。


祖父さんの顔を呆れた顔で見つめると、祖父さんは不敵そうな顔をして笑っていた。


『すると、貴城院グループのトップは彼になるのか』

『これは、光彦様に私の顔を覚えてもらわねば』

『凄いわ。イケメンな上に貴城院グループのトップなんて〜〜結婚できたら何不自由なく暮らせるわ』


思ってた通り会場は、騒めき始めた。

そして、俺を見つめる来賓の眼が明らかに餌を前にした肉食獣の眼に変わり始めた。


「祖父様、話聞いてませんよ!」


「お前には黙ってたからな。ハハハ」


俺の抗議は虚しく祖父さんの笑い声にかき消えた。

そして、祖父さんは勝ち切ったように話し出した。


「ははは、随分パーティー会場も暖かくなってきたようだ。祝いの席で長話も良くないだろう。今日の主役にバトンタッチじゃ」


突然、マイクを渡されてしまった。

すると、会場は、さっきまでの騒ぎが嘘のように静まり返った。


マジかよ。

何でみんな黙るの?


はあ、勘弁してよ、もう〜〜。


俺の計画としては、貴城院グループは優秀な姉か、妹にでも継いでもらおうと思っていたのだが。


くそジジいめ!

とにかく何か喋らないと……


「ええと、ご紹介に預かりました貴城院光彦です。今日はお忙しい中、こんなにたくさんの方がご来場くださり大変嬉しく思っております。まだまだ若輩者ですが、貴城院家の一員として恥ずかしくないよう励んでいきたいと思います。本日はありがとうございました」


ありふれた挨拶だが、これ以上の事を今は考えられないし、喋る余裕はない。


すると、会場からは『お誕生日おめでとう』とか『立派な挨拶だった』とか聴こえてきた。


あんな挨拶で?と思いながらも事が済んだ事に安堵すると、俺の前には長い来賓客の行列ができていた。


これ全員相手にするのか?


この現況を作った祖父に小言の一言でも言ってやろうと思って見てみるとアメリカ大統領と話していた。


わあ、マジで呼んだのか?忙しいだろうに……


そしたらこの国の首相もその輪に加わって急遽日米首脳会談が開かれたようだ。


しかし、俺の列に並ぶ来賓客が途切れない。

お祝いの言葉やプレゼントを受け取りながら握手をしてお礼の言葉を告げる。


きっと、俺の表情筋はしばらく笑顔で固定されるだろう。

 

「やあ、光彦君。誕生日おめでとう。君の労力を増やそうと思ってわざと並ばせてもらったよ」


嫌味のような冗談を挨拶に混ぜて楽しそうに笑っているこの紳士は、桜宮嘉信。亡くなった父さんの実の弟であり俺の叔父さんだ。


「嘉信叔父さん、忙しいのにわざわざ来てくださってありがとうございます」


現在亡き父親の代わりに貴城院グループの舵を取っているのが嘉信叔父さんだ。

実際、メチャメチャ忙しいはずなのだが、ここに来てくれたのには感謝しないといけない。


「いや〜〜確かに忙しいけどそれを理由にしたら、ほらっ、私より忙しそうな人に怒られそうだからね」


そう言いながら嘉信叔父さんが目を向けた先は、あの祖父さんと某国の大統領、そして我が国の首相が話し込んでいた。


「確かに、納得しました」


「それとね、どうしても直接プレゼントを渡したいとわがままを言ううちのお姫様の機嫌を損なうわけにはいかないからね」


「お父様、光彦さんの前で変な事を言わないで下さい!」


嘉信叔父さんの後ろから現れたのは従姉妹の桜宮美鈴ちゃんと母親の百合子さん。そして美鈴ちゃんの弟の翔一君だ。


「光彦君「光彦兄」誕生日おめでとう」」


「ありがとう、百合子さんも翔一君も久しぶりだよね。百合子さんは相変わらずお綺麗だし翔一君は少し背が伸びて男らしくなったね」


「まあ、光彦君は口が上手くなったわね。これは美鈴も大変ね」

「光彦兄、またゲーム一緒にやろうぜ」


「うん、また遊びに来てよ。いつでも歓迎するから」


「わ〜〜二人ともズルいです。私が一番におめでとうと言いたかったのに」


そう言ってきたのは美鈴ちゃんだ


「美鈴ちゃんも来てくれてありがとう。とても嬉しいよ」


同じ学校で同じ学年の美鈴ちゃんとは、学校で頻繁に会っている。

それも生徒会長の俺のサポートをしてくれている副会長だったりもする。


「うう……ズルいです」


小さな声で聞き取りにくかったけど、何かマズったかな、俺。


「パーティー終わったら少し話そうよ。時間あるかな。勿論、翔一君もね」


「あ、はい。その〜〜光彦さん。お誕生日おめでとうございます」


そう言われてプレゼントを手渡された。


「ありがとう、美鈴ちゃん。中身は今見れないけど、大切にするよ」


「はふ〜〜、はい」


真っ赤な顔して俯いてしまった美鈴ちゃんの代わりに嘉信叔父さんが


「男親としてどう反応するのが正しいのか迷うところだが、そろそろ失礼するよ。後が控えてるからね。それと、父さんが余計な事を言ったみたいだから、このあといろいろ気をつけるんだぞ」


「わかりました。僕のこの件については聞かされてなかったので、驚いてます」


「まあ、父さんらしいが光彦君も大変だな。権藤君も光彦君の事をよろしく頼む」


「はっ!お任せ下さい」


嘉信さんは俺の背後に控えていた護衛官の権藤角太にも声をかけて、桜宮家の人達は下がっていった。


その後も来賓の挨拶が続く。


だが、そんな中でこのお祝いの席で俺を睨む人達もいる。

大概、10代から20代の青年なのだが少し変わった睨み方をする女子もいた。


まあ、財力も権力もある何の苦労も知らないボンボンだと思っているのだろうが、そこは敢えて否定しない。


生まれもって恵まれているのは確かなのだから。


だが、苦労を知らないボンボンではない。

苦労は、人よりしていると思う。


3回‥‥俺が誘拐された回数。

21回……俺が事故や怪我で入院した回数。

そして、1回……俺が銃弾に撃たれて死にかけた数だ。


そう、生まれてから15年の間にいろいろな不幸に見舞われている。

決して苦労知らずのボンボンではない。

むしろ、俺より不運な人はこの会場の中にはいないのではないかと思えるほどだ。


「お誕生日おめでとう。早速で悪いのだけれど私は今の貴方を認めていない。貴方がどんな人物かこの先きちんと見極めさせてもらうから、ヨロシク」


そう言って俺の手を力を入れて握ったのは、さっき俺を睨んでいた女子だ。


見極める!?

俺を?

何で?


そう思いながら俺はその女子を見送った。

それがこれから先、長い付き合いになる如月涼華との出逢いだった。

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