第37話 御曹司は再び女装する


俺は今、愛莉姉さんの会社に来ている。

来賓を迎える応接室で愛莉姉さんが来るのを待っていると、若い女性社員がコーヒーを持ってきてくれた。


「あの〜〜本当に光彦様ですか?」


その女性社員は、コーヒーを置いたついでにそう話しかけられた。


「ああ、そうか、この姿は学生バージョンなんです。学校ではこれで過ごしていて名前も水瀬姓を名乗ってます。このことは内緒ですよ」


「は、はい。わかりました。その〜〜内緒にするので握手をお願いします」


握手???まあ、いいけど……


その女性と握手をしてる時に、運悪く愛莉姉さんが入って来た。


「あらあら、光彦は手が早いわね。そのうち誰かに刺されるわよ」


そう愛莉姉さんが言うと、女性社員は、慌てて『失礼しましたあ』と、言って土下座してる。


マジ?


「謝らないでいいわよ。え〜と確か城戸夏波さんだったわよね。夏波さん、悪いんだけどこのあと光彦のフォローしてくれるかしら」


「私などで、よ、よろしいのですか?」


「そんな緊張することはないわよ。メイクも着てる服のセンスもスタイルも良いし、今回の件に丁度いいわ。じゃあ、光彦あとは夏波さんに任せてもいい?私は、仕事があるから」


「俺は助かるけど、城戸さんに迷惑かけるわけには……」


「私なら、大丈夫です!今年入社したばかりですけど、頑張ります」


城戸さんはそう言って意気込んでいた。


「なら、大丈夫ね。モデルの控え室に衣装と化粧品は揃ってるから。夏波さん、悪いけど部屋まで案内してあげてくれるかしら?」


「はい、喜んで!」


城戸さんは、どこかの居酒屋さんみたいになっている。


愛莉姉さんに連絡を入れた時点で、俺がしてほしい内容は伝えてある。

事情は少しボカして話してあるが、この際問題ないと思いたい。


城戸さんに案内されて、控え室に入ると、女性の化粧品の甘い匂いが立ち込めていた。


「ここです。それで、私は何をすればよろしいのでしょうか?」


そう言えば、何も彼女には伝えて無かった。


俺は秘密にしてもらう事を条件に詳しく今まで起こった出来事を話す。

すると、城戸さんは怒りを爆発させた。


「そんな卑劣な人間がいるのですね?わかりました。光彦様を超美人さんに仕上げて見せます!」


そう、城戸さんが言ってた通り、俺はここに女装しに来たのだ。

そして、写真を撮ってもらい『呟いたー』に登録してサイン色紙を落としてしまった事を告白するつもりだ。


時間にして小一時間程、城戸さんに全身を弄られて女装が完成した。


「良い仕事しましたあ」と、言って城戸さんは自分のスマホで俺の女装姿の写真を撮りまくっている。


「あの〜〜城戸さん……」


「光彦様、左です。そうそう、左斜めで目線下さい。良いですよ〜、可愛いです。はい、そこで少し口を窄めて、良いね、良いね。可愛い、すっごく可愛い。もう少し近くに寄って〜〜。今度は私と一緒の写真も「カシャ」良いわよ。最高……」


何故かプロのカメラマンのようになっている城戸さん。


「あの〜〜城戸さん?」


「夏波です。夏の波と書いて夏波です」


「な、夏波さん、あの〜『呟いたー』の登録の仕方わかりますか?」


「ええ、勿論、私も登録して呟いてますから。フォロワーは10人もいないですけどね……」


自虐気味にそう言う夏波さんは、十分美人さんだ。

きっと、写真とか載せていないのだろう。


「自撮り写真を載せてないのですか?顔出しすれば凄く人気が出ますよ」


「それはちょっと怖いので、お昼のランチとかの写真しか載せてません。あの〜光彦様、写真を送りたいのですが、アドレスとか教えてくれませんか?」


「いいですよ。俺そんなにスマホ詳しくないので渡しますから勝手に登録して下さい。それと、お願いなんですが『呟いたー』に、このアカウントで登録してくれませんか?女装の写真も載せて下さい」


「えっ、良いんですか?やったーー!じゃあ、とりあえず連絡先を交換して、それから『呟いたー』の登録して、そうだ。せっかくなので私からフォローして、光彦様からもフォローしてもらおうっと。さっき一緒に撮った写真も掲載してと……そうだ!『イン◯タ』にも登録して……」


夏波さんにスマホを預けたのは失敗だったかな?

何か凄い指さばきでふたつのスマホを操っていた。


「あ、充電無くなりそうです」


「そういえば、充電少なかったなあ」


「私も昨夜充電し忘れてもう残り少ないです。残念ですが、登録は終わりましたので」


「うん、ありがとう。本当に助かった」


「いえ、いえ。こちらこそ充実した時間でした。私女子校、女子大卒で男性とお話しするのは苦手だったのですが、光彦様はとても話しやすいですし、少し自信が持てました。それに女装もとてもお似合いですよ」


「夏波さん、このことはここだけの話だからね。二人だけの秘密だよ」


「えっ……二人だけ……秘密……」


何か夏波さんがあわあわしてるけど、大丈夫だよね?





「はあ〜〜」


最近溜息しか吐いてないように思える。

それもこれも、あの悪の権化であるオークションの出品者のせいだ。


愛莉姉さんの会社で夏波さんに『呟いたー』に登録してもらって、今回の件の事を詳しく話して謝罪したら充電が切れた。


帰りの電車内で溜息を吐きながら、仕事帰りのサラリーマンを見ると、みんな疲れた顔をしてた。


「連絡取れないから楓さんとか心配して怒ってるかな?」


家に帰った時の状況を思い浮かべて、少し落ち込む。

でも、女装の件はバレるわけにはいかない。

何とかして誤魔化さないと……


「サイン戻ってこないかな……」


あとは警察や運営からの連絡待ちだ。

落札者を教えてもらったら、値段交渉しないといけないし、今週の土日は本宅に帰らないといけない。

そういえば、保護した子猫も今週末ぐらいに引き取りの連絡が来るはずだ。


電車に揺られて少し眠気が襲って来た。

立っているので寝ることはできない。

スマホは充電切れで見ることできないし、あいにく本も持ってきてない。

辛うじて見える窓の外を見て時間をやり過ごす事しかできない。


そんなわけでボーッと外を見てると不審な動きをする人を見つけてしまった。スマホを前にいる女子高生のスカートの下に潜り込ませている。


マジかよ。


見てしまった以上見過ごせない。

やってしまった男性は軽い気持ちだったのかもしれない。

だが、それでもしてはいけないことがある。


「すみません!そこのお兄さん、今、スマホで前のいる女の子のスカートの下から写真を撮りましたよね?」


線路を走る電車の音しか聞こえないこの場で、俺の声は異様な感じで広がった。


「え、俺?俺はそんなことしてねえぞ」


慌てた男性は20代後半のサラリーマン。

そして、もう一人慌てたのが前にいた女子高生だ。

自分の下着が写ってるかもしれない写真を撮られたのだ。

慌ててスカートを手で押さえた。


「すみませんが見ていたので間違いないです。あ、スマホ触らないで下さい。さっき撮った写真を消されても困るので」


いきなり陰キャ姿の俺に声をかけられた男性は、俺の姿を見て強気に出た。


「俺のスマホだ。触ってて何が悪い。それより、俺が盗撮したっていう証拠はこのスマホだけのようだな?勿論、俺はそんなことしてないが、言いがかりをつけてすみませんですむと思うなよ、このクソガキが」


確かに、俺自身が目撃しただけで、そのスマホ以外証拠はない。

だが、その証拠を奪ってしまえば、問題はない?


俺は、その男性がスマホを操作する前に、さっと近づきそのスマホを取り上げた。


男は、怒り狂って大声を出し殴りかかってきた。

「キャッー!」と、黄色い悲鳴が響きわたる。

電車内は騒然とした状態になっている。


殴ってきた拳を手で捕まえて、その手を背後に回して拘束する。

次の停車駅で駅員に突き出せば終わりだ。


「離せ!このクソガキ」


それでもどうにかして俺の拘束状態を抜け出そうと暴れ出す男性。


すると、近くにいた年配のサラリーマンの男性が俺に話しかけてきた。


「君、少し強引じゃないのか?他人のスマホを勝手に取り上げて拘束するなんてやり過ぎだぞ。正義感の暴走も大概にしないとダメだ」


「そうでしょうか?では、貴方ならその場面を見てどうするのですか?」


「それはだな……うむ」


俺に忠告してきた男性は、そのまま黙ってしまった。見てないフリをするとこの状況では言い出しにくいだろうしな。


「あの〜こんなこと言うのは間違っていると思うのですが、その人にスマホを返してあげて下さい。私のがもし写っていても気にしません。それより、騒ぎが大きくなる方が困るので……」


助けたはずの女子高生からそんな事を言われてしまった。

スマホを見るのにはロックを解除しなければならない。

今、ここでこの男性は素直にロックを解除するとは思えない。


あ〜〜こんなパターンもあるのか……


被害者である女子高生にそう言われてしまったのなら、正直何もできない。


でも、それで本当に良いのか?


「今は無理です。貴方は自分の下着が盗撮されても気にならないのかもしれません。ですが、こうなってしまった以上もう後には戻れません。貴女には関係ないところで俺とこの男とはケリをつけなければなりません。もう、気にしないでどっかに行けよ!」


少し腹が立ったので声を荒げてしまった。


そして、電車が駅に着いて止まる。

俺は、大声をだして暴れ狂う男を連れ立って電車を降りた。

騒ぎを駆けつけた駅員さんが集まって来たので事情を話す。


被害にあった女子高生は、電車から降りることなく動き出した電車内でこちらの様子を見ていたのだった。

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