第36話 御曹司は再会する


俺のサイン色紙がネットオークションに出品されて落札されてしまった。

運営にその旨を連絡入れたのだが、既に入金や商品の受け取りも完了しており、警察に被害届を提出してくれとメッセージが返ってきた。


この事で頭がいっぱいで実力テストに集中出来なかった。


昼休み、既に警察にバッグを落とした時に届けを出しているので、その受理番号を運営に送って後は警察からの捜査が入って連絡が来るまで待機状態だ。


「ミッチー、さっきからスマホいじくって何してるの?」


地学準備室で一緒にお昼を食べている美幸さんが、話しかけてきた。


「実は、ゴニョゴニョ……………」


内容を説明すると美幸さんは、


「え〜〜そうなんだ。拾った物を転売するとかあり得なくない?」


おっしゃる通りです。

この出品者には地獄を味合わせてあげないと……


「でも、それだと物は光彦君のところに戻ってこないんじゃないの?もう、落札されてるんでしょう?」


涼華が卵焼きを食べながら、話しかけてきた。


「調べてみたんだけど、盗品とは知らずにオークションで落札した人は、善意の第三者と言われてその物の即時取得されたものとみなされるんだ。

だから、通常ならその商品は戻ってこないのだけど、2年以内なら返還請求できるみたいなんだよね。でも、落札分のお金を支払うことになると思う」


「そんな法律があるのね。それで、光彦君がバッグを落としたのは知ってるけど、何を出品されてたの?」


ギクッ……涼華さんや、それを聞くの?


「バッグかなあ〜〜アレは美鈴ちゃんから誕生日にもらった物だからね、是非とも取り返したいんだ」


「あの肩からかけるショルダーバッグよね。有名な革職人の特注品だったものね」


「う、うん、そうなんだよ」


「主人、何か怪しいでござる」


ルナさんや、ここは黙って見守るのがベストなんだよ。

わかってるよね?


俺はルナの目を見つめて訴えかけた。

『主人〜そんなに見つめられると……ゴニョゴニョ……』と、ルナは目線を逸らして、モジモジし出した。


「まあ、そんなわけでお昼からちょっと警察に行って来るから」


「え、午後の授業を受けないの?」


「うん、早急な捜査をお願いしに行こうと思ってね」


実はある件で愛莉姉さんのところに行くつもりだ。


「じゃあ、私もついていくわ」


護衛官に復帰した涼華がそう言う。


「大丈夫だよ。校門のところにタクシーを呼んだから。それに学校では自由にしてて良いってルールでしょう。涼華の学校生活もあるんだから」


「そうだけど……」


「それより、涼華は剣道部に入るのかな?できれば俺が入れそうな部活を探しておいてくれるとありがたいのだけど。できれば文化系がいい」


「わかったわ。でも気をつけてね」


「大丈夫、行く場所は警察なんだから問題ないよ」


何とか涼華を説得できた。

アレがバレるわけにはいかないのだ。


お弁当を食べ終えてさっさとバッグを持ち出して学校を出る。

校門の前にタクシーなど呼んでないので、駆け足で駅に向かった。


その途中で、お婆さんが道路を渡ろうとして交差点を歩き出した。

だが、そこに信号無視した車が突っ込んでくる。


「危ない!」


咄嗟にお婆さんを抱き上げて俺自身の背中から道路に落ちる。

信号無視の車は、そのまま走って行ってしまった。


「大丈夫ですか、お婆さん」

「ええ、おかげで助かりました。何とお礼を言って良いやら。そうだ、これを……」


お婆さんを起き上がらせて、怪我がないか確かめたあとお礼に塩昆布飴をもらった。

大阪のオバちゃんみたいなお婆さんだ。


俺は、制服を脱いで背中の汚れを叩き落としてたところにひと組の男女が車から降りてきた。


「君大丈夫か?さっき、遠目からだったがさっきの見てたけど怪我とかしてないか?」


少し厳つい顔をしてる中年のオッさんが話しかけてきた。


「ええ、大丈夫です。お婆さんの方も怪我してないと思います」


近くにいたお婆さんを見ると若い女性が話かけていた。


あれ、あの女の人どこかで……


「あっ、あの時の!」


俺の声が大きかったせいか、中年のオッさんが驚いたように目を見開いた。


「うむ、どうかしたか?」


「いいえ、勘違いでした」


あの女の人は、ヘリから落ちた時に声をかけてくれた女性だ。

連絡先をもらったのだが、その名刺には女性が警視庁の刑事だと書かれていた。

何故か、名前のところが白い修正液で塗り潰されていたけど、確か岡泉さんだ。

お礼をしなくてはと、思っていたのだが、相手が刑事となると話は別だ。

あの時の事を何と説明したら良いのかわからない。

だから、連絡を躊躇っていたのだが、こんなところで会うなんて……


「砂川さん、お婆さんに怪我はないようです。無事だったので被害届も出さないと言われてしまいました」


「そうなのか?まあ、仕方ねえか。だが信号無視は見逃せねえ。後で監視カメラを確認する様に所轄に連絡入れとかねえとな」


「ところで、君は学生さん?偉かったね。どこか怪我してない?」


岡泉さんが俺に尋ねてきた。

今は水瀬光彦スタイル。

相手が刑事さんでもバレる可能性は低い。


「ええ、大丈夫です。心配して下さってありがとうございます。お姉さん」


「……あ、あれ?何かデジャブってる。君とは初めてだよね?」


「ええ、そうですけど、何か?」


「そうだよね〜〜天使様とは違うよね〜〜でも、どうして???」


頭にはてなマークが浮かんでそうな岡泉さんは、俺の顔を覗きこんだ。


マズい……


「俺、もう大丈夫なので行きますね。ちょっと急いでますんで。では」


そう言って駅まで向かって走り出した。

あとでわかったことだけど、この時、生徒手帳を落としたことに気付かなかったのは仕方ないと思う。





「キララ、何さっきからボーッとしてるんだ?」


砂川刑事は私が運転してても遠慮なしに話しかけてくる。

今は集中したいので話しかけてほしくないのに……


「え〜〜とですね。新たな自分に気づいてしまったこの衝動をどうしたら良いのか模索中なので話しかけないでください。それと岡泉です!」


そうなのです。

私は先程の交差点でお婆さんを助けた少年を見て『キュン』と、なってしまったのです。


まるで、あの時の天使様のようだった……


見た目は全く似てないのに、何故か同じ少年に思えてしまう。

もしかしたら、私は年下好きだったの?


今まで思ったこともない男性感だ。

私はきっと同年齢か少し上の人とお付き合いして結婚するものだと小さい頃から思っていた。

だが、そんな人はこの20数年間現れる事はなく、未だ未経験のままだ。


同年代の子は早い子で小学生の時に経験してるというのに、私は立派な喪女になってしまった。


いや、これからだわ。

私は勘違いをしてたのだから。


そう、私は年下好きだったのだ。

だから、同年代の子や少し年上の人を見てもときめかなかったんだ。

そのきっかけをもたらしてくれたのがあの天使様。


そう、これは神様からのお告げだったんだわ。


でも、どこまで年下?

まさか、ショタコンじゃないわよね?

これは確かめてみないと危険だわ。


スーツのポケットに入ってるさっきの少年の生徒手帳。

落として行ったことも気づかずに走り去ってしまった。


私は、自分の性癖を確かめるべくどうやって行動に移そうか考えるのだった。





アイスランド海とグリーンランド海に挟まれる形で存在するこの島は、北極圏内にあり一年中雪と氷で覆われている。


その山の中腹に、氷で覆われた城があり外目からは建物と認識しづらい造りとなっている。


その城の中に、ひとりの少女がガウンを肩にかけて窓辺から外を見つめていた。


「イブ様、何かお考え事ですか?」


20代の女性が、外を見つめていた少女に話しかけた。


「ジネヴラ、何でもないのよ。ただ、外のことが気になっただけ」


「そうですか、やはりあの様な輩にイブ様の血を分けたのを後悔なさっているのですね。だから、私はおやめ下さいと申したのです」


ジネヴラは、その時の状況を思い出したのか憤りを隠せないほど強い口調になっている。


「そう怒らないで。あの者達が使えてくれてるので私とジネヴラの生活ができるのです。少しくらいの我儘など大した事ではありません」


「ですが……」


「ジネヴラ、貴女の入れた美味しい紅茶が飲みたいわ。用意してくれるかしら」


「はい、勿論です」


そう言ってジネヴラと呼ばれる侍女は部屋をあとにした。


「ありがとう、ジネヴラ。そんなに心配されるような価値のある私じゃないわ……」


そう独り言を呟いて視線を外に向ける。


「本当に貴方なら、もう一度逢いたい……」


そう言った少女は、窓辺から翻して椅子に腰掛けた。

その時、少女の白銀の髪の毛が細氷のようにキラキラと輝いて棚引いていた。





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