第27話 御曹司達の戦い(2)


如月涼華 VS 赤い服の女


「ダメだ、近づけない……」


涼華は、赤い服の女が繰り出す鞭の不規則な動きに翻弄されていた。


「ほら、どうしたの?もっと無様に躍りなさい」


斬撃を放とうとしても気の溜めが必要だ。

その溜めを作る時間がない。


鞭が意外な程伸びて迫ってくるので、それを躱すだけで精一杯だった。


「くっ、こんなことで負けてたまるか!」


赤い服の女が鞭を引くときに、間合いを詰めるしかない。


「ジャパンでは、土下座っていう謝罪方法があるようね。貴女がさっき言った事を謝罪すれば、苦しまずに殺してあげるわ」


「煩い!オバさんは黙って臭い口を閉じてろ!」


「口の悪い女ね。殺す、殺す、絶対に殺す」


鞭の動きが速くなった。

だが、さっきまでの変則的な動きではない。

これなら、タイミングを合わせれば……


その時、『ドッカーーン!』と、大きな音が床から伝わってきた。


赤い服の女もほんの一瞬だが動きが止まった。


今だ!!


チャンスは一瞬、だが、それだけあれば私の間合いに入る。

一気に間合いを詰めるように動いた。


その時、足元が銃弾で弾けた。

動いてなかったら、確実に当たっていた。


「おい、引き上げるぞ」


ヘリコプター手間にいた眼鏡をかけた優男が、赤い服を着た女に話しかける。


「クソッ、いいところだったのに……おい、口の悪いメスゴリラ。命が助かったようね。残念だけど、今度会ったらヒーヒー言わせてやるわ」


赤い服の女は、ヘリコプター目掛けて後退し出した。

追従しようにも、眼鏡の優男の銃口がこちらを向いていて動けない。


「ッツ!こんなことで逃げられてしまうの?お父さんの仇なのに……」


涼華は、握っていた柄がこれでもかと震えている。


力を入れてはダメ、落ち着け、私……。

私は護衛官、光彦君の護衛官。


自分に言い聞かせるように、何度も呟いていた。





貴城院光彦 霧峰桜子 VS 人形を抱いたゴスロリ少女


俺の目の前には、人形を抱いた少女が立っている。


水玉パンツが丸見えなんだが……


いや、問題はそこではない。

こんな小さな子も蛇の仲間なのか?


「ボン、油断するでない。あやつは血の匂いに染まっている」


いざ、ヘリまで行こうとした時に、この少女の登場で出鼻を挫かれた形になってしまった。


「わかってる」


このゴスロリ少女はどれだけの人を殺してきたのだろう。

血の色と黒が混じった薄気味悪いオーラを纏っている。


「さて、やっとお目当ての君が見つかったんだから、楽しませてよね」


抱えていた人形を一瞬で背中に背負い、いつの間にか両手の出刃包丁を握っていた。


そして、一瞬で目の前に現れ俺の首筋のその出刃包丁が掠めた。


婆さんが俺の服を後ろから引っ張ってくれなかったら首斬られて死んでいたぞ。


「もう、邪魔しないでよ。お婆ちゃんは大人しく日向ぼっこでもしてて」


「ふふふ、日向ぼっこするには、もう、遅い時間じゃ。陽が沈みかけているしのう。それより、我の相手をせぬか?最近は孫とも戯れあっておらんしのう」


桜子婆さんが車椅子から杖をつきながら立ち上がって、俺の前に立つ。


「ボン、お主はヘリに向かえ。人質を連れ去られたら厄介になる」


「わかった」


俺は、婆さんの背後から一気にヘリに向かって走り出した。





霧峰桜子 VS 人形を抱いたゴスロリ少女



「もう、どこ行くのよ〜〜」


走り出す光彦に問いかけた少女の前に桜子婆さんが立ち塞がる。


「もう少し我と遊ぶのはどうじゃな?」


「婆さんと遊んでもつまんないよ。直ぐに死んじゃうし」


「そうか、だが、我はしぶといからのう、良い遊び相手になると思うぞ」


少女から繰り出される出刃包丁を桜子婆さんは、持っていた杖であっさりと凌いでいた。


「ほら、全然当たらんぞ。もっと、気合を入れんか」


「煩い!このクソ婆あ!」


少女は身が軽いようでアクロバットの動きをして婆さんに出刃包丁を振るっている。


「うん、うん、よく動いているが動きが丸見えだ。これでは一生我には刃が届かんぞ」


「婆さんのくせに〜〜!私の邪魔しないで早く棺桶に入って大人しく寝ててよ」


杖でゴスロリ少女の出刃包丁を簡単そうに捌いているが、傍からみればその動きは早すぎて目で追いかけるには無理がある。


「ほら、今度はこっちから行くぞ」


婆さんは、ゴスロリ少女の頭を杖でポカポカ殴った。


「痛ーーっい!何すんのよ!」


「悪い子にはお仕置きが必要なのじゃ。ほら、ほら」


そう言いながら繰り出される出刃包丁を避けて、その隙をついて少女の頭を杖で叩く。


頭を抱えてゴスロリ少女は、動きを止めた。


「ほら、どうした?遊びはもうお終いか?」


「頭痛い……クソ婆あは、意地悪だああああ」


そう言った途端、床下から大きな炸裂音が聞こえた。


その音を聞いて少女は踵を返す。


「意地悪なお婆ちゃんとは遊んであげない」


そう言って、少女はヘリコプターの方に向かって走り出した。


「なんだ、もう遊びはお終いかのう……それなら……」


桜子婆さんの周囲からは薄っすらとした霧のような物が立ち込めていた。





桜子婆さんに言われて、ヘリコプターに向かって走り出す。

幸いなことに、眼鏡の優男はこちらを見ていなかった。


だが、それも少しの時間だけだった。

半ばまできたところで、眼鏡の優男の銃口がこちらを向いた。


くる!


俺は、咄嗟に傍にそれて別方向に走り出す。

その時、俺の目にはルナと美里がヘリコプターの反対側に移動する姿を目撃した。


あいつが俺をターゲットにしてる隙に美鈴ちゃん達を頼むぞ。


銃弾が、目の前を通過する。

俺は、近くにあった別の室外機の裏に滑り込んだ。


「マジ、近づけねえ〜〜無手相手に日本でライフル撃つとかチートだよ」


だが、ここにずっといられるわけではない。

美鈴ちゃん達が、ヘリの反対側からこちらの様子を伺っている。


ルナ達、救出は上手くいったようだ。

だが、その場にいたのではまた捕まってしまう。


その時、ルナがヘリを乗り越えて反対側に降りてきた。

眼鏡の優男目掛けてドロップキックを仕掛けた。


「よし、今だ!」


俺はヘリコプターに向かって走り出す。

美里さんが、美鈴ちゃん、三条さん、近藤家の令嬢を連れてこちらに向かって走ってきている。


すると、その時、床下から大きな音がした。


爆発!?


眼鏡の優男は、体勢を整えて銃口を涼華に向けていた。

まだ、人質が逃げている状況を理解していないようだ。


俺は、気配をできるだけ消して美鈴ちゃん達に近づく。


眼鏡の優男は「引き上げるぞ」とか言ってるが、人質はいなくなったと知ったらその銃口をこちらに向けるだろう。


その時、屋上の出入り口から煙が立ち昇り、その中からスキンヘッドの男が走ってきた。


一直線にヘリに向かっている。


角太……


一瞬、角太のことが心配になったが、今はその事を考える余裕はない。


美鈴ちゃん達とあと数メートルで合流できるという時に、後ろから殺気のこもった存在が向かってきている。


おそらくあのゴスロリ少女だろう。


ヘリコプターに、眼鏡の優男が乗り込み機体が少し浮いた。


「光彦さん」


美鈴ちゃんの声が届くが、突然、周囲に霧が立ち込めた。


「何だ?」


「これは、おババの技です。今の隙に隠れましょう」


俺が呟くと、美里さんがそう解説してくれた。


だが、背後には既に出刃包丁が迫っていた。


俺は、みんなをさっき俺がいた室外機のところに避難する様に伝えて、その出刃包丁を屈んで避けた。


「何、この霧。もう少しで当たったのに〜〜!」


悔しがっている声が聞こえるが、少女の姿は朧げにしか見えない。


「おい、速くしろ、引き上げるぞ」


大きな声がこの場に響く。


「仕方ないわ、これお見上げにもらっておこおっと」


少女は、そう呟いてそのままヘリコプターに乗り込んでしまった。


その時、俺は気づいてしまった。


「はっ!?俺の鞄がない……」


さっきまでは肩から下げていた。

あの少女が出刃包丁を振るって紐を切ったのか?


あれには、サ、サインとサイン入りのラノベが入っている。

これを逃すともう手に入らない物だ。


あのゴスロリ少女がもらうって言ったのは俺の鞄?


俺の判断は普通なら間違っているのだろう。

だが、後悔はしないと決めた。


俺は無我夢中でヘリコプターに向かって走り出していた。





「おい、ここを開けろ!」


「申し訳ありませんが、当ホテルは今は閉鎖中です。ここを開けるわけには参りません」


発砲音を聞きつけ、このホテルに来た砂川刑事は、ホテルの外に立つドアマンに入管を拒否された。


「俺は警視庁の刑事だ。ほら」


警察手帳をドアマンに見せたが、その返事は変わらずだ。


「砂川さん、令状もなしに無理には入れませんよ」


「わかってる。だが、このホテルで何かが起きている。俺の勘がそう言ってんだ」


その時、ホテルが炸裂音と共にホテルが揺れた。


「なんだ!爆発か?」


すると、ドアマンも少し慌てて無線で内部の者と話しているようだ。


「先ほどの破裂音はガス漏れによる物らしいです。速やかのここから避難された方がよろしいですよ」


「あのなあ?中に人がいるんだろう?刑事がその人達を見捨てて先に避難できるわけないだろう?」


砂川刑事がそう言ってもドアマンは頑なにホテルのドアを開けようとしない。


「砂川さん、少し落ち着きませんか?」


一緒にいた新米の岡泉刑事は、今にもドアマンに襲い掛かろうとしている砂川刑事を止めた。

そして、小さな声で


「裏から、回りませんか?きっと業者の搬入用の出入り口があるはずです」


「そうだな、わかった、そうするぞ」


砂川刑事と岡泉刑事は、表の出入り口を諦めて裏から潜入しようとその場から立ち去った。


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