第2章

第13話 御曹司の休日

穏やかな日差しが窓から差し込む。

ベッドから起きようと思うのだが、身体が睡眠を必要としている。

いつもならここで目覚ましのアラームが鳴るのだが、今朝はそんな気配はない。


そうか、今日は日曜日か……


俺は少し疲れてたようだ。

庭先で剣を振るう音が窓から伝わってくる。

涼華が鍛錬でもしているのだろう。


すると、子供の声も一緒に聞こえた。

そうか、涼華が和樹君に剣を教えているのか。

微睡の中で寝返りを打つ。

すると、手が何かに触れた。

クッションだと思い込み、その感触を楽しむ。


柔らかくて、気持ちいい。


「そこダメ、くすぐったい」


木葉の声が聞こえた。

幼い頃の夢を見てるのだろうか。


「そこは危険」


危ない遊びはしなかったはずだが……


「う〜〜光彦のエッチ」


エッチ‥‥エッチ……エッチ……えっーー!!


俺は目を開けて、布団を剥ぎ取る。

すると、木葉が俺の隣で寝てた。


「木葉、何してんの?」

「起こしにきた」

「寝てたよね?」

「ぬくい布団に勝てなかった」

「俺も勝てそうにないけど、問題はそこじゃないよね」


木葉は、子猫のように丸まって布団にしがみついている。

これを退かすには、大変そうだ。


「なあ、木葉。俺は間違っているのかな?」

「意味不明」


確かにそうだろうな。


「俺は、貴城院の名前を使って私刑をおこなった。権力と財力で捻じ伏せてしまった。普通なら許されることじない」


「光彦は悪くない。美幸だって感謝してる」


「木葉、違うんだ。俺は力を振るうことが気持ちよかったんだ。自分で得た力ではなく貴城院としての力をね。最低だろ?」


「うん、光彦は最低。でも、私はもっと最低」


「木葉?」


「私、美幸が辛い目に合ってるのに気づいてあげれなかった。友達なのに……」


「そうか、俺達は最低だな」


「うん」


「なあ、木葉、俺にもしもの事があったら窓際にある盆栽をもらってくれないか?あの盆栽は源ジイが俺が落ち込んでた時にくれたものだ。木葉なら大切にしてくれるだろう?」


「わかった。苔も生やしておく」


「うん、助かる」


今日は日曜日だ。

こんな朝も悪くはない……





美幸さんを覆っていた黒いオーラは、美幸さんが俺の自室で今までの事を話し始めてからスーッと煙のように消えていき、お腹の部分にだけ残っていた。

本人の意思もあるのだろうが、お腹のお子さんはそういう事なのだろう。


木葉は、和樹君を連れて美幸さんとお母さんがが入院している病院にお見舞いに行った。


楓さんが車を出してくれたので、今、この家にいるのは涼華とルナだ。

ルナは相変わらず、俺達の前に出てこようとはしない。

だが、前よりは家での行動が大雑把になったような気がする。


俺自身を覆う黒いオーラは日に日に濃くなっていく。

あと、ゴールデンウィークまでは大丈夫かと思ったが、それも無理そうだ。


きっと貴城院名を使ったからだろう。

このままでは、あと10日前後ってところだな……


「光彦君、暇なの?」


涼華は、ボーッとしてる俺を見て尋ねた。

その問いに答える前に涼華は口を開いた。


「日曜だし、買い物に付き合って欲しいのだけど」


「別にいいけど」


「そう、じゃあ、30分後に出かけるわよ」


涼華は、嬉しそうにはしゃぎながら二階の自室に向かった。


買い物か……俺も何か買おうかな。


俺も自室に戻って、着替えを済ませて玄関を出る。

すっかり整地されて寂しくなった庭を見ながら、何の木を植えようかと思考を巡らしていると、涼華がやってきた。


白いワンピースに淡いピンクのカーディガンを着ている。

黒くて長い黒髪が、その服装にとても似合っている。


「ねえ、その格好で行くつもり?」


それに対して俺は水瀬光彦スタイル。

最強の『陰キャ』コーディネートだ。


俺が何かいう前に、涼華は俺の付けていたウィッグと伊達メガネも外した。


「ありのままがいいんでしょう?」


先日、木葉にされた事を言っているようだ。


「これだと目立つのだが……」

「大丈夫よ。私が付いてるし」


何が大丈夫なのかはよくわからないが、涼華はこの姿の俺と買い物をしたいようだ。


「わかったよ」


渋々OKを出して、家を出る。

涼華は、肩に刀を入れたバッグを背負って俺の隣を歩き出した。

公園の側を通ると、子供達が大きな声を出して遊んでいた。


「涼華は、小さい頃、どんな子だったんだ?」

「どんなって、普通よ」


普通なら刀を振るわないと思うのだが……


「そうか、普通か……」

「何でそんな事を聞くの?」

「いや、何でもない」

「変なの」


子供の頃の記憶がいまいちあやふやな俺は、自分がどんな人間だったのか知りたいと思っていた。

それは、木葉に出会ったからだ。

あやふやな記憶に色をつけてくれた。


自分が10日先には生きていないかもしれない、という不安がそんなセンチメンタルな思いを抱かせたのかもしれない。


「私は剣をひたすら練習してたわ。うちの家系は武の家系。鍛錬で遊ぶ暇もなかったのよ。だから、私にはそれが普通なの」


「俺も似たようなものだ。勉強や習い事ばかりで遊びにも行った事がない。その時、どんな事を思って、どんな事を考えていたのか忘れてしまった」


「ふ〜〜ん、そうなんだあ」


そう言った涼華は、どこかに嬉しそうに俺の顔を覗いた。


「似た者同士だね」


そう言った涼華と俺はどこか似ているのかもしれない。


「ああ、そうかもな」



目的の駅ビルに着くと真っ先に向かったのは婦人服売場だった。

俺は、周囲の女性達から熱い視線を向けられる。


隠キャ生活に馴染んできたところだったので、何だか落ち着かない。


「涼華、服を買うのか?」

「下着よ。少し小さくなっちゃって」


どこが?とは言わない。

だけど、男連れで行くところとは思えない。


そんなことはお構いなしに、涼華は目当ての下着ショップに入った。


「なあ、涼華さんや。俺はその〜〜とても気まずいのだが……」

「だってしょうがないでしょう。私は光彦君から離れなれないし買い物するにも仕事の件があるから自由に来れないし」


そうか、護衛官の仕事で……

これは俺のせいか。


「そこまで気が回らなくて済まなかった。言ってくれれば買い物ぐらい何度でも付き合うよ」


「本当、やったーー」


そんなに買いたいものがあったのか。

まあ、女性は買い物が好きなようだし、仕方ないかな。


「あの〜〜ブラをお探しならサイズを測ったほうがよろしいですよ。お客様のように若い女性は、育ち盛りですので」


店員さんに声をかけられて、少し考えた涼華は「光彦君、ちょっと待ってて」と言いながら店員さんの後をついて行った。


取り残された俺は周囲の女性から何度もチラチラと見られながら、気まずい思いをして待っていた。


何度かシャッター音が聞こえているので、俺の知らぬところで写真を撮られているのかも知れない。


「はあ〜〜これSNSとかにアップされたら、色々まずいよな〜〜」


表向きは留学となっているので、俺は日本にいないことになっている。

知り合いにこんなところにいたのがバレたら後が大変そうだ。


特に愛莉姉さんとか……


スマホで小説を見ながら待つこと30分、涼華はニコニコ顔で店のロゴの入った紙袋を持ってきた。


「光彦君、お待たせ」

「随分、買ったようだな」

「うん、可愛いのがいっぱいあったから」


何が可愛いのかよく知らんが、喜んでいるのなら問題ない。


「今度は服を見に行こう!」


涼華に腕を掴まれて、今度は春物が並んでいるショップに連れてかれた。

着せ替え人形になった涼華は、お気に入りの服が何着もあったようなので、俺がカードで支払った。


「光彦君、その〜〜ありがとう」

「いいよ。普段、仕事を頑張っているからね。その褒美だよ」


遠慮していた涼華も、いつもの涼華に戻り今度は化粧品売場に行く。

その他にも雑貨や靴などを見て、帰宅したのは陽が沈む頃だった。





成田空港にひと組の男女が降り立った。

そのひとりはスキンヘッドで筋肉質の男で、もうひとりは10代の少女だ。


少女の姿は、フランス人形のような格好をして大事そうにお人形を抱えており、不釣り合いな二人は周囲から興味の視線を向けられていた。


『さて、ホテルに行くか』

『プールがあるところがいい』

『この季節にか?』

『ミミが入りたいって言ってる』


少女は抱えていた人形をスキンヘッドの男に見せる。

男はどこか呆れたように、つぶやいた。


『俺もヤキが回ったかな』


男とその少女は、その場を立ち去って行った。

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