第94話 御曹司、駒場先輩の話を聞く


あれから数日経ち、それぞれ大きなキャリーバックを引きずって特進クラスの面々が学校に集まっている。


学校には既にバスが到着しており、バスのそばで添乗員の神崎美冬さんと角太が話し合っていた。


最近姿を見せなかった角太も今回のジュネーブ行きに参加するようだ。


「権藤先生、おはようございます」


少し語気を強めて角太に挨拶する。

おそらく、このジュネーヴ行きは角太に策略によるものだからだ。


「うむ、おはよう。ところで水瀬、少しいいか?」


角太から呼び出されて人気のない場所に連れて行かれた。


「どうして、今回のジュネーヴ行きが決まったの?しかも急だし」


「ははは、若には隠せませんでしたか。今回、国連の事務総長からお呼びがかかってジュネーヴで会議があるらしいのです。それで、私一人で行くのはつまらないので若達も連れて行こうかなって思いまして〜〜」


子供じゃないんだから一人で行けよ!


「まあ、いいけど、何で特進クラスで?」


「特に理由はありませんが、それが何か?」


何かじゃねえ!


「そのジュネーヴの会議というのは『蛇』の件かな?」


「まあ、そうなんですが、最近各国で緑色した化け物みたいなものが、人を襲っているようです。幸い大きな被害もなく地元の警察で何とか退治できてるようですが、この件に『蛇』の一味が絡んでいると情報を得ています。その旨の報告と各国の対応を話し合うそうですよ」


「じゃあ、外務省や公安関係者も出席するのかな?」


「ええ、私達とは別便で向かう予定です」


まあ、そんな事だとは思っていたが……


「俺達は、その会議に出席さなくていいのだろう?」


「はい、若達は休暇を楽しんで下さい」


それなら、別にいいか……


それから、みんなでバスに乗り込み出発したのだった。


バスの中では、添乗員の神崎美冬さんの自己紹介から始まった。


「今回、皆さんの研修旅行の付き添いとして同行致します神崎美冬です。初めての海外旅行で不安を感じている方もいると思います。どんな些細な事でも構いません。不安を感じたら何でも相談して下さいね」


『パチパチパチパチ……』


神崎さん、気合いが入ってるな〜〜


そう思いながら、手を叩いていると前方に座っていた俺の席の隣に、駒場先輩が通路を挟んだ隣の席から移動して座った。


駒場先輩からは、新しくバンドのボーカルとして入った初台ルミネさんの事は聞いている。メンバーとも息が合ってるみたいだ。


「なあ、水瀬。7月に新メンバーでライブする事に決まったんだ。それで、バンドの幅を広げる為、キーボードを入れる事になったんだが、誰かできそうな奴を知らねえか?」


キーボードか……ピアノはできるが俺はバンドに入っている暇はない。


「そうですねーー、確か三条さんはピアノが出来ますよ。コンクールでも毎年上位入賞者です」


「そうか!でも、芸術系とはジャンルが違うしなあ。無理そうだけど後で声をかけてみるか………それでよ。ひとつ聞きたいんだが、菅原って何者なんだ?」


菅原ってルナのことだよな?


「言ってる意味がわかりませんけど菅原さんは、同じクラスのクラスメイトで……」


話してる途中で駒場先輩が俺の話を遮った。


「そうじゃなくって、お前と菅原の関係は知ってる。同じ師匠を持つ姉弟弟子の関係だってな。何で隠してるのかは詮索はしねえが……」


そう言えば池上先輩の件で駒場先輩が俺の後を付けていたことはルナから報告があった。おそらくその時に話したのだろう。


「まあ、そうなんですけど、菅原さん‥…いや、ルナは、少し特殊な性格をしてまして〜〜何と言うか忍者に憧れてる厨二病を患ってまして〜〜」


するとなんだか腑に落ちた表情で駒場先輩が笑った。


「はは、そうか。何となくわかったわ」


「何でルナのことを?」


「実はな、あいつに危ないとこ助けてられてな。お礼を言おうとしたんだけど煙のように消えちまってそれっきりってわけさ」


駒場先輩とルナに何かあったようだ。


「もし良かったら詳しく教えてくれませんか?」


「まあ、水瀬ならいいか。少しハズい話なんだけどな……」


少し照れた顔をしながら駒場先輩は語り出した。



〜〜〜〜〜〜


駒場卓人は、家に帰る途中で見かける庭にチューリップが花壇に咲いている家を見つめる。


4月に入ってから、一見怪しいその行動が日常化していた。

その家は、幼馴染である田無凛花の家だ。

彼女は同じ学校の3年に在学している元バンドメンバーでもある。


電気のついている2階の窓を見つめて、溜息を吐く。

ここに止まっている時間は10秒にも満たない僅かな時間だが、駒場卓人には長い時間に感じられていた。


すると、玄関の開く音が聞こえた。

咄嗟に身を隠してしまった駒場卓人は、家から出てきた人物に厳しい視線を向けた。


「じゃあ、凛花ちゃん、またね」

「ええ、頑張って課題をやるわ。直人さんも身体に気をつけて」


田無家の家から出てきたのは、久米川直人。

凛花が目指している大学の3年生で、凛花の家庭教師をしている人物だ。


(何であんなパッとしない奴に凛花が……)


久米川直人の容姿はどこにでもいるような感じだ。

イケメンではないが、ブサイクでもない。

至って普通という言葉がとても似合う。


その久米川が凛花の家庭教師になってから、駒場卓人との関係はおかしくなった。


でも、そんな久米川に満面の笑みを浮かべながら手を振って見送っている凛花の顔はとても幸せそうだ。


(クソッ!あいつのせいで凛花もバンドも上手くいかなくなっちまった!)


駒場卓人は、家に帰る久米川の後をつけて行くのだった。

彼は、久米川の裏の顔を知りたいと思ったのかもしれない。

その証拠を突きつけて、凛花と元の関係に戻りたいと思っていた。


駅に向かう久米川の後を見つからないように後を付ける駒場。

最近、似たようなことをした記憶があるが、今回は完全に身勝手な行動だ。


後をつけていくと、古いアパートの一階に入って行った。

おそらくそこが久米川の家なのだろう。


だが、どう見てもここは単身者の住むアパートではない。

アパートの前には小さな子供用の自転車が数台置かれていた。


「あいつは、ここに家族で住んでるのか?」


とても裕福そうに見えないそのアパートから楽しそうな声が聞こえてきた。


「お兄、おかえり。今日は、肉入りの野菜炒めだよ」


声から察するに中学生ぐらいの女の子の声が聞こえる。


「それはご馳走だな」


久米川の声が聞こえる。

どうやら彼には年の離れた妹がいるようだ。


「お兄には体力つけてもらわないとね。これ食べてからまたバイトに行くんでしょ」


「じゃあ、遠慮なく頂くよ」


(凛花の家庭教師の他にもバイトしてんのか……)


玄関のそばで聞き耳を立てていた駒場卓人は、その声を聞いてその場から離れ駅に向かった。


『チキショウ!!』


駒場は、そう言いながら自分を恥じていた。

久米川の家の事情がどうのこうのではない。

自分が、久米川の後をつけていった心の狭さに腹が立っていた。

思わず、自動販売機のそばに置かれたゴミ箱から溢れ出ていた缶コーヒーの空き缶を蹴り飛ばした。


だが、運悪くその空き缶は停車していた黒塗りの高級車にドアに当たってしまったのだ。


車の中から、いかにもな人物が降りてくる。

それも、子分らしき人物も二人ほどいた。


「おい、兄さん、どうしてくれるんだ?」


子分の1人が駒場に近寄り因縁をつける。

だが、悪いのは駒場の方である。


「すみませんでした。弁償しますから……」


「謝って許してやるほど俺達は甘くねえ。そうですよね?リャンさん」


子分の1人がボス格の人物に話をふる。


「生きの良さそうなガキだな。連れて行くか?」


その男がそう言うと子分らしき二人の男が駒場を挟むように立ち位置を変えた。


(マズい、こいつら大陸系の奴らだ……)


地元のそのスジの関係者なら、お金で何とか解決出来るかもしれない。

だが、大陸系の奴らは容赦がないと聞く。


小さい頃、少林寺憲法を習っていた時に、先生が関わってはいけない組織を教えてくれたのがその大陸系のそのスジの人達だ。


この場合はとにかく逃げ切ることだと秘策を教えてくれたが、逃げられるような状況ではない。


既に、どこからか現れたのか4〜5人の仲間だと思われる男達が駒場の背後にいる。


(クソ……俺の人生、ここまでか……)


ボコボコにされるだけならまだマシだ。

最悪な状況は、密かに大陸に連れて行かれて奴隷以下の待遇で過ごすことになる。


半ば諦めた状況の中で、何とか逃げ出そうと考えていると、突然、爆発音が聞こえて周囲に煙が立ち込めた。


「お!何だ?」「まさか、襲撃か?」「おい、リャンさんを安全なとこに」


煙が立ち込めて良くは見えないが、逃げるなら今がチャンスだ。


「こっちです」


その時、声が聞こえて腕を掴まれた。

駒場卓人は、その声に従ってその場から離れたのであった。


駒場の腕を掴んで前を走っているのは、いつも教室で見かけるあの菅原月菜だ。


「何でお前がここに……」

「それより、もう少し離れましょう。ああいう奴らはネチっこいですから」


そして、繁華街を抜けて駅の構内に入った。


「ふう、ここまで来れば大丈夫でしょう」

「ああ、助かったよ。でも、何が起きたんだ?突然、煙が立ち込めたりしたぞ」

「はは、まあ、運が良かったということで」


(おそらく菅原が何かをしたのだろうが……)


「では、私は、これで」


「おい、待てよ。話はまだ……」


駒場がそう言ってる間に菅原は煙のようにその場から消えていた。


「あいつ、何者だよ……」


駒場の声は、駅の雑踏にかき消えた。


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