第25話 御曹司の探索


霧峰美里は、焦っていた。


「ト、トイレに行きたい……」


護衛官の家で育った彼女は、中学生になると同時に桜宮家の息女、桜宮美鈴様の護衛件付き人に選ばれた。

同級生という有利な点はあったが、同年代で専属の護衛官になっている人はいない。護衛官としては異例の出世だ。


護衛官の仕事は対象相手を守るのが仕事。

本来ならば片時も離れる事はない。


だが、この日は朝から目覚めのアイスを食べ、パーティー会場では美味しそうなケーキやお菓子を沢山食べてしまった。


普段ならこんな失敗はおかさないのにパーティーということで気が緩んでたのかな?


「う〜〜マズいわ、このままでは……」


会場では、多くの同僚がいるし、ここは安全なはず。

そう判断してしまっても仕方のない事だ。

ことは緊急を要する事態、このままこの会場にいたら別のパニックが起きてしまう。


「美鈴様、少し席を離れます。お花摘みに行きたいので」

「構いませんよ。智恵さんとお話ししていますから、ごゆっくりどうぞ」

「ありがとうございます、では」


足早にパーティー会場を抜けてすぐ近くのトイレに入ると、個室が埋まっていた。しかも並んで待っている状態だ。


いけない、このままでは……


直ぐに違う階のトイレを探して駆け込む。

運良くそこは個室が空いていた。


トイレに入ること5分、スッキリした気分で爽快になる美里は、直ぐに会場に戻る。


「美鈴様…‥美鈴様はと……」


あれ、いない……


一緒にいるはずの三条さんも探すが、見つからない。


「えっ、どこに行ったの?」


パーティーが始まって30分ぐらい経った頃に、耳に付けてる連絡用のイヤホンから『警戒するように』と連絡があったのを思い出す。


まさか……


美里は幼い頃から体術と直感が優れていた。

その直感が危険な状態だと囁いている。


「行きたくないが、仕方ない」


この会場には、おババ(霧峰桜子)がいる。

怒られるのを覚悟でおババの元に向かったのだった。





杖で殴られて頭を押さえている美里さんを連れてみんなの元に戻る。


「みんな、美鈴ちゃんを見なかった?ここにいるのは霧峰美里さんで美鈴ちゃんの護衛官をしてるのだけど、パーティー会場にいないようなんだ」


「げっ、美里」「げっ、ルナ」


『シャッーー!!』『ガルルルル』


ルナと美里さんは会うなり、猛獣のように威嚇しあっている。


「相変わらず相性抜群だね」


「「よくない!」」


この2人は中学の頃、いや小学の頃から会うとこんな感じだ。


「2人とも何をしておる。美里、お主は嫌な感じがするから我のところに来たのじゃろう。なら、こんなことをしてる場合ではなかろう」


さすが、年の功。落ち着いていらっしゃる。


「そうでした。皆様、美鈴様を探すのをお手伝いくださいませんか?」


美里は、ここにいるのは面々に頭を下げる。

こうして、素直に頭を下げるって大事なことだと思う。

美里さんは優秀だなあ。


そう感心していると、涼華が


「私、その美鈴さんとは会ったことないのでお顔がわからないのですが」


「それでしたら、お写真があるのでお送りします。アドレスを教えてもらっても良いですか?」


「ええ、お願いします。そうそう、私は如月涼華、光彦君の護衛官よ。美里さん、よろしくね」


(えっ、如月‥‥あの事件の関係者?それに光彦さんの専属?)


「私は、霧峰美里、そこにいるおババの孫で美鈴様の専属護衛官です」


涼華と美里さんの挨拶も済んだところで、会場をサッと見渡す。

多くの人がビンゴを楽しんでおり、この中から探すのは手がかかりそうだ。


「ルナ、どうだい?」


ルナは、スマホで連絡を取っている。

角太も、誰かと話していた。


しばらくして、角太から声がかかる。


「この会場に来ていた近藤家のご令嬢とどこかに行かれたようです。同僚が目撃しております」


そして、ルナからは、


「エレベーターホールの監視カメラの画像を確認しました。マズいです。蛇です」


この場に、一気に緊張感が走る。


「うむ………」


桜子婆さんは、口を閉じて唸っている。

美里さんは、驚きのあまり固まっていた。


「会場の警備は抜かりがなかったはず、奴らどうやって入り込んだのか……」


「手引きをしたのは近藤の令嬢じゃな。蛇は何人おる?」


桜子婆さんはルナに尋ねる。


「詳しい映像でないのでハッキリしませんが、ホテルに滞在していたスキンヘッドの男と少女は間違いなく蛇です。眼鏡をかけた男と紅いドレスを着た女の詳細はわかっておりません」


「其奴らもおそらく仲間じゃろう。ボン、時間はないぞ」


「そうだね、目的は俺だったはず。美鈴ちゃんは俺を誘き出す餌にされたようだね。無関係な者を狙うなんて本当卑劣な奴らだ。この落とし前きっちり払ってもらおうか」


「涼華、角太、ルナ、桜子さん、そして美里さん、行こうか」


「ええ」「若、腕がなりますな」「御意」「ほほほ」「お願いします」


すると、楓さんが


「皆様、ご武運を。後のことはお任せ下さい」


それぞれ、気合が入ったようだ。





俺は桜子婆さんの車椅子を押しながらエレベーターホールに向かっていた。


すると、桜子婆さんが、


「ボン、今日のラッキーアイテムは『紐』じゃ、わかったな」


全くわかりませんが、何か?

何でこの場でそんなことを?

この婆さん、女子中高生みたいに占い好きなのか?


「ホテルからは出ていない。ロビーの監視カメラに奴らの出ていった様子はありません」


ルナがタブレットを眺めながら呟く。


「上じゃな」


「上ですか、ホテルに確認したところ、蛇らしき人物が部屋をとった様子はありませんが」


角太は、仲間からイヤホンで連絡を受けているようだ。


「となると……屋上は?」


涼華が、そう呟く。


「それだ。このホテルの屋上はヘリポートになっている、奴ら上から空に逃げるつもりか」


角太、急いで連絡を入れていた。

美里さんはエレベーターのスイッチを上に押した。


エレベーターが来て最上階のフロアーで降りる。

ここは、俺達の部屋がある場所だ。


「こっちです、この扉の先に非常階段があります。屋上へはその階段で行けるはずです」


ルナの案内で扉を開けると、一気に殺意のこもった威圧が放たれた。


『おい、おい、こんな早く来るとは聞いてないぜ』


田舎訛りのフラン語でその男は話しかけてきた。

俺達は一旦扉の前のエレベーターホールに戻る。

すると、その男はこちらまでやって来た。


「若、こいつの相手は私にお任せください」


「角太、任せた」


『おい、ハゲ頭!お前の相手は俺だ』


角太は流暢なフランス語でスキンヘッドの男に話しかける。


『おい、俺に向かってハゲって言ったろう?どうやら死にたいらしいな』


『ハゲはハゲだろう?ハゲ以外他に何て呼べばいいんだ?なあ、ハゲ』


『殺す、絶対殺す』


2人は、一気に対戦モードになった。

禿頭をそんな気にしてんのか?

この筋肉だるまは……


お互い、体術の構えをとるがスキンヘッドの男は、手にナイフを持っている。

角太は、無手だがこう見えても空手の高位有段者だ。


最上階のエレベーターホールで、睨み合っている隙に俺達は、非常階段を登り、屋上の出入り口を開ける。


すると、既にヘリが着陸しておりそのヘリに乗り込もうとしている者達の中に美鈴ちゃんと三条さんがいた。


「美鈴様!」


美里さんが大きな声をあげると、その一団はこちらを見た。

そこから、赤い服を着た女が俺達の方を向いてニヤリと笑った。


「ルナ、美里さん、美鈴ちゃん達の保護しろ。俺達はお客さんの相手をする」


「「承知(わかりました)」」


ヘリに乗り込まずにこちらに歩いて来たのは、赤い服の女と眼鏡をかけた細い男性だ。


『あらあら、こんなに早く来たのね?後で呼び出そうと思ったのに都合がいいわ』


その赤い服の女は、妖艶な姿を晒してそう話しかけてきた。


「あの女は私がやるわ」


涼華は、バッグから取り出して日本刀を手に持つ。


「わかった」


俺は言葉少なに、涼華に伝えた。


「ボン、我らはあの細っこい男じゃ」


この婆さんは戦うつもりらしい。

相手の男を見る限り、体術ではなくおそらく拳銃を得意とするタイプだろう。


「わかったけど、婆さん大丈夫なのか?」

「こら、ボン、婆さんと呼ぶな!このバカちんが」


杖で俺を殴ろうとするが、今はそれどころじゃない。

遠慮なく避けさせてもらった。


「婆さん、相手は向こう、俺は味方だよ。わかってるよね?」

「そこまで耄碌しとらんわ。では、参るか」


屋上で俺達と蛇との戦いが始まろうとしていた。







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