第24話 御曹司の必殺技
「マジ、勘弁してほしい……」
先程、愛莉姉さんの会社の新商品を持ってランウェイを歩いて商品をアピールした。前のモデルさんの真似をしたので、どうにか誤魔化せたはずだ。
今は、出演したモデルさんと一緒に並んで新商品のサンプルを配っている。
「ミツ子、もっと笑顔で対応しないとダメでしょう!」
隣で愛莉姉さんは、文句を言う。
「無理言うなよ」
「ミツ子、この写真をばら撒いてもいいのかしら?」
愛莉姉さんのスマホには、俺が小さい頃お漏らしをした写真が写っていた。
「わ、わかりましたーー!」
「わかればいいのよ。ふふふ」
この悪魔め!
サンプルを配っていると見知った女性が俺のところ、というより愛莉姉さんのところに来た。
「愛莉様、お久しぶりです。いつもベゼ・ランジュを愛用させてもらってます」
「まあ、美鈴ちゃん、綺麗になって。お隣は三条家の智恵さんね。それと美里さんも来ていただいて嬉しいわ」
愛莉姉さんのところに来たのは、前の学園で一緒だった美鈴ちゃん達だ。
彼女達の前で、こんな格好がバレたら大変だ。
美鈴ちゃん達は、少しの間愛莉姉さんと話していた。
そこで、気になる言葉が出てきた。
「光彦さんを探しているのですけど、愛莉様は知りませんか?」
隣にいますが、何か?
と言いたいところだが、今はマズい。
「さっきまで一緒にいたのだけど、どこかに行ってしまったようね。もし良かったら隣の女の子からサンプルを受け取ってくださいね。後で感想を聞かせていただければ、助かるわ。ほら、ミツ子。サンプル人数分お願いね」
面白がってわざとやってるよね〜〜
仕方なく、後ろの段ボールから包装されたサンプルセットを3人分用意して、美鈴ちゃん達に手渡す。
「ミツ子さんとおっしゃるのですね。とてもお綺麗ですわ。ベゼ・ランジュのお化粧品をお使いになっているのですか?」
美鈴ちゃん、勘弁してくれ〜〜
「ええ、愛用させてもらってます」
裏声があああああ。
隣にいた愛莉姉さんは爆笑してるし、後で見てろよーー!
それと、俺はこのままここにいる事はできない。
早く行かないとサイン会が終わってしまう。
仕方なしに最終手段を使うことにした。
こ、こ、これだけは使いたくなかったのだが、愛莉姉さんの耳元で……
「愛莉姉さん、う◯こがしたい」
そう、必殺生理現象!
この必殺技の前では、どんな重要な会議中であっても中座できるとっておきの方法だ。
「えっ、そうなの?早く行って来なさい」
愛莉姉さんでさえ快く承知してくれた。
どうだ!この威力。
この必殺技は、使える技なのだが言い出すのがとても恥ずかしいというデメリットがある。
だが、この必殺技のお陰で、どうにかパーティーを抜け出すことに成功したのだった。
◇
着替えるのには時間がかかる。
このまま、部屋に戻り自分のバッグを持ってホテルを出る。
慌ててたせいか、ロビーで人とぶつかりそうになった。
「あ、ごめんなさい」
俺はそう言いながらタクシー乗り場に向かう。
あれ、さっきの男子って近藤君じゃなかったかな?
前の中学で同級生だった近藤君にその男子は似ていた。
その近藤君に両隣には、人形を抱いた女の子と赤いドレスを着た女性が並んで歩いていた。
後ろにいたスキンヘッドのガタイの良さそうな男とインテリ眼鏡の男はSPかな?
きっと愛莉姉さんのパーティーに来たのだろう。
みんなお洒落をしていた。
まあ、それより気になる事はあるのだが……
いかん、そんなこと考えてる時間はない。
俺は女装したままタクシーに乗り込み目的の本屋さんの場所を運転手さんに伝えたのだった。
時間にして15分、遅くもないが早くもない移動時間にモヤモヤしながら、腰掛けていると、スマホに連絡が入る。
『どこのトイレに行ってるの?こっちは忙しいのだから早く来なさい』
愛莉姉さんからメッセージが届く。
『今、奮闘中』と、書いて送信。
『仕方ないわね。でもなるべく早くね』
『最近、便秘気味。少し時間がかかる』
『わかったから、スッキリしてきなさい』
これでしばらくは時間を稼げるだろう。
目的の書店に着くと、店の外にまで外に並んでいる人達がいる。
まさか、この人達が全員サイン会待ちの人?
最後尾と書いてあるプラカードを持った係員さんに尋ねると、思った通りサイン会に来た人達だった。
「マズい、時間がかかりすぎる」
係員さんに聞いたところ約1時間半待ちだそうだ。
そんな時間はないのだが、サインはほしいし……
とりあえず並んでいると、サイン会に来てた人が俺を見ている。
それも沢山の人達がだ。
えっ、何?
俺は服装が乱れているのかと思って慌てて身なりを整える。
だが、どこもおかしなところはない。
いや、この格好自体がおかしいのだが……
「早くしないと……時間が……」
思わず声に出てたようだ。
すると、その声を聞いたのか、前に並んでいた男性が、
「急いでるの?じゃあ、順番変わるよ」
「えっ、いいの?ありがとう」
「ど、どういたしまして」
うわ〜〜いい人だ。
ところが、その件をきっかけに奇跡が起きたのだ。
「君、急いでるんだって?俺と順番変わってやるよ」
「私もいいわよ」
「ぼ、僕もよかったら代わりましゅ」
とか、言ってくれる人が沢山現れたのだ。
マジ、いい人達過ぎる〜〜
なぜか、握手したり、一緒に写真も撮ったのだけどサイン会ってこういう流れなのかな?
でも、あれよこれよで最前列近くまで並んでいた人達が順番を変わってくれたのはラッキーだった。
これなら、サインをもらえるまで5分とかからないはずだ。
そして、ワクワクしながら待つ事5分。
「次の方、どうぞ〜〜」
係の人の声が天使の声に聞こえた。
「あの〜〜初めて読んだラノベが先生の作品でした。それからずっとファンです。サ、サインをお願いします」
俺は鞄から出しておいた色紙とラノベの第一巻を差し出す。
「こちらこそありがとう。君みたいな子が僕の作品を楽しんでくれて嬉しいです」
先生は帽子を被った40前後の男性だった。
先生の書いてくれたサインをもらい握手して次の人と交代した。
サインとサイン入りのラノベは丁重に鞄にしまう。
やったーー!!サインゲットだぜ!
そして、俺は待ってもらっていたタクシーに乗り込んで、パーティー会場に戻るのだった。
◇
ホテルに戻った俺は、パーティー会場には向かわずに部屋に行き即行で着替えた。いつまでも女装なんてしてられない。
着替えたスマホの電源を入れる。
何せ、早く来い!と、いう催促が引っ切り無しにくるので電源を落としていたのだ。
「げっ、マジ……」
愛莉姉さんや妹の可憐、母親や楓さん達から電話やメッセージで溢れている。
怒られそうだが、行かないとマズい。
あ、鞄を忘れてた。
サイン入りの鞄をこんなとこに置いておくわけにはいかない。
誰かに盗まれでもしたら大変だ。
エレベーターで下に降りてパーティーに向かうと、多くの人達がビンゴカードを持ってイベントを楽しんでいた。
「ふ〜〜間に合った。結構、余裕だったな」
予定では、愛莉姉さんの閉会式に間に合うかどうかと思っていたので、このタイミングで帰ってこられたことに安堵する。
きっとサイン会で並んでいた人が順番を回してくれたからだな。
うん、良い人ばかりだった。
すると、突然声をかけられた。
「光彦様、どこに行かれてたのですか?」
いつもと違い、ドスの入った声で聞かれた。
「ちょっと、トイレにですね〜〜」
「嘘ですネ」
「少し外の空気を……」
「それも嘘ですネ」
「ちょっとようがありまして外に出かけていました。すみませんでしたあ」
「まあ、時間内に戻って来られたので私は不問に致しますが、他の人達がどうかはわかりません」
えっ、どういうこと?
「光彦君……」「主人……」「若……」
後ろをから声が聞こえる。
「「「どこにいたの?(探したのでござる)(若、後で鍛錬です)」」」
後ろには、涼華、ルナ、角太が眉間に皺を寄せて立っていた。
「えっと、取り敢えずすみませんでしたあああ」
もう、謝るしかないでしょう。
でも、半分は愛莉姉さんのせいだからな。
「ボンも反省してるようだしの〜〜う、勘弁してやろう」
車椅子に乗ってる桜子婆さんだけは、機嫌良さげな優しい声で話しかけてくれた。
おお、この婆さん、良い人なのかもしれない……
『48番です』
若い女性のアナウンスが聞こえた。
「よっしゃあ!ビンゴじゃあ!」
ああ、婆さん機嫌が良さそうだったのはリーチだったんだ。
「ほら、ボン。我をあそこまで連れて行け。景品もらわなあかん」
俺は言われるままに桜子婆さんの車椅子を押して、景品をもらいに行った。
「あっ、お兄様、こんなところにいたのですね。随分、探したのですよ」
妹の可憐と母さんが、景品を配っていたのだ。
「愛莉から光彦がいないから手伝ってって言われたわ。どこ行ってたの?」
「ちょっと野暮用で……」
「まあ、良いわ。後で本宅に顔を出すのよ」
「わかった」
母さんはあまり怒ってなさそうだ。
「手伝いがあるのでお兄様とあまりお話が出来ません。後で家に来てくださいね。絶対ですよ」
「可憐、すまなかった。後で行くよ」
母さんの側には、護衛官のマリア・アインホルンさんと可憐の側には櫛凪椿さんが控えている。
マリアさんは、母が嫁いできた頃からの護衛官であり母の信頼も厚い。
櫛凪椿さんは、楓さんの妹で22歳前後のはずだ。
「ほら、ボン、そろそろ行くぞ」
この婆さん、誰よりも偉そうなんだが……俺の護衛官だよね?
「はい、はい、行きますよ」
桜子婆さんの車椅子を押していると介護をしてる気分になる。
「ボン、この会場に蛇が混ざっておった。今は所在がつかめぬが抜かるな」
「えっ、マジ?その話みんなは知ってるの?」
「確証はなかった故、言わなんだが警戒はするようにとは伝えてある」
そうか、蛇の連中が……
すると、車椅子の前に見慣れた女子が立ち塞がった。
「光彦さん、美鈴様を見ませんでしたか?智恵さんもいないのです」
すると、婆さんが
「美里、護衛官たるもの対象のそばを離れるとはなんだ。このバカちんが」
車椅子の脇にあった杖で、ポカポカと美鈴ちゃんの護衛官である霧峰美里さんの頭を殴っていた。
「おババ、痛いです」
「おババと呼ぶな、桜子さんと呼べ。このバカちん」
さらにポカポカ殴る桜子婆さん。
これ、止めるの俺だよね?
「もう、その辺で、ところで美里さん。美鈴ちゃん達いないの?」
「ええ、ちょっと私がお花摘みに行ってる間に、いなくなりまして〜」
気まずそうに話す美里さん。
でも、蛇の件も気になるし、これはルナに相談した方が良さそうだ。
「わかった。美里さん、ついてきて」
車椅子を押しながらみんながいる場所まで移動するのだった。
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