第78話 ルナの尾行とお仕置き


「主人はヤル気ですね……」


光彦に詳細を報告したルナは、放課後ひとりで出かけた光彦を陰ながら追っていた。


家に帰る方向とは逆の電車に乗る光彦の後を追って隣の車両に乗り込むルナ。案の定、光彦は報告した店に向かうようだ。


「全く主人も私くらいには声をかけてほしかったでござるよ」


尾行しながら愚痴をこぼすルナの顔は、どこか楽しげだ。

陰ながら光彦を見つめていると、ふとその視線上に思わぬ人物が入り込んだ。


「あれは駒場先輩ですね。家は確かにこの電車ですが何だか主人を付けてるような感じがします」


思ってた通り、光彦の後を追って駒場先輩がその駅で降りる。

自宅の最寄駅はもう少し先の駅だったはずだ。


「これは困りましたね。駒場先輩がいたら主人は本気を出せませんし……」


本気の光彦なら今回の相手なら全く問題がない。

だが、駒場先輩という不確定要素が混じれば危険な目に遭うかもしれない。


傘を刺しているので尾行していても気づかれる心配はない。

雨は足音や気配も隠してくれる。


「おっと、主人は躊躇わずに入って行きましたね。でも、駒場先輩は少し迷ってる感じがします。なら、一時的にでも仲間にしてしまいましょう」


ルナは機転を効かせて、駒場先輩に近づく。


「駒場先輩、こんなところでどうしたんですか?」

「は?お前、誰だっけ?」

「同じクラスの菅原ですよ。確かに影は薄いですが、ちゃんとした駒場先輩のクラスメイトです」

「そういえば、いつも窓際で本を読んでたあの女子だな」


ルナは、一時的に駒場先輩をこちら側に引き込むことにした。

出来るだけ、光彦の邪魔にならないように配慮した結果だ。


「駒場先輩、こっちです」


真向かいのビルのエントランスに駒場先輩を連れて行く。

光彦が店を出てきてもわかる位置に諸点をおいた。


「水瀬君の後をつけてましたね?」

「何で知ってんだ?ていうか菅原も何でここに来てんだ?」

「私と水瀬君は同じ道場の門下生です。私の方が姉弟子ですけどね」


「あいつ、何かやってたか?確かに体幹がぶれないし、筋肉質みたいだしな」


「おや、そういう駒場先輩も何かしてたんですか?」

「小さい時に少林寺拳法を習ってた。でも、ギターの方が面白くなっちまってやめたけどな」

「そうでしたか、なるほど……」


ルナは、その情報は既に知っている。

だが、ギターに夢中になってという話は新情報だ。


「ところであいつ、躊躇わねえで入って行ったけど、ここってマズそうな店だぞ」


「ええ、ここは山蟻組が管理してる店のひとつですね。正直言ってヤバいところです」


「こうしちゃいらんねえぜ。水瀬を連れ戻しに行かねえと」


「それには及びません。私たちがいるとかえって邪魔になります」


「マジか……水瀬ってそんなにか?」

「ええ、そんなにです」


「こりゃあ、心配して損したかな?」

「いいえ、水瀬君にも心配してくれる男子ができて私も嬉しいですよ」


光彦の周りはとにかく女性が多い。

こうした思いやりのある男子はルナにとって大歓迎だ。


「そんなに時間がかかるとも思えませんので、ここでしばらく様子を見ましょう」

「そうか、わかった。俺も付き合うぜ」


そしてしばらく経つと、銃声のような音が聞こえた。


「あの音ってまさかな?」

「さあ、雨音で私は聞こえませんでしたよ」


光彦が店の中で暴れているようだ。


「そういえば駒場先輩のバンドは休止中と聞きましたが、再開はいつ頃の予定なんですか?」


「そうか聞いたのか?まあいろいろあってな、今は見当もつかねえ」

「理由をお聞きしても?」

「まあ、いいけどよ。メインボーカルの奴が今年受験でな、バンドを抜けたいんだってよ」

「ほほう、そうでしたか。では新しいメンバーを募集するのですか?」


「それは……その予定はない。まあ、他のメンバーのやつらはそうした方がいいって言ってるけどな」


「何か事情がありそうですね?」

「まあな、それより、遅くねえか?水瀬のやつ」


すると階段を降りて行く見知った男性がいた。


「あ、まずい」

「あれって池上だよな、心配になって来たのか?」


駒場先輩の足止めに夢中になって、他の不安要素を見過ごしてしまった。

焦ったルナは、スマホを取り出して光彦の携帯にアクセスする。

光彦のスマホにひっそり潜ませておいた防犯用アプリだ。

周囲の音声を拾うようにスマホを操作した。


……………

『水瀬君、ごめん、でも麻理だけはダメなんだ。麻理だけは許してほしい。今はこんな奴らと連んで悪さばかりしてるけど、本当はとても優しい女の子なんだ。だから、水瀬君、ごめん……』


「おい、これはどうやって!」

「シッ!黙って!」


駒場先輩がルナのスマホから流れる音声を疑問に思って声をかけたのだが、ルナに一喝されてしまった。


『池上先輩、少しも吃らなかったですよ』


『麻理とか言ったな。ひとつ言っておく。男の強さはその人を思う強さだ。格好や喧嘩が強いとかじゃないんだよ』


………………


「おお、水瀬のやつ格好いいな。それに池上には好きな子がいたのか」


ルナは光彦の声を聞いて直ぐに異変に気づいた。

胸騒ぎが治らない。


「駒場先輩、悪いですけど、今日のことは内密にお願いします。私は行きますので」


「おい、どういう事だよ!」


駒場先輩が叫んでいたがルナは無視して光彦が入って行った店にかけ寄った。


ドアが開いて出てきた光彦の脇腹から赤い液体が染み出していた。


「主人!!」


「ルナか、少しヘマした」


そう言って光彦はルナにもたれかかったのだった。





「どうなってんだ?」


菅原がいきなり走り出したと思ったら、目の前に何台ものワゴン車が止まって、様子がわからない。

それに道路警備員みたいなのが降りてきていきなり交通整理を始めた。


モヤモヤしながら、成り行きを見守っていると、ひとりの警備員がこっちにやってきて「すみません、こちらも工事の対象になります。移動してもらっても良いですか?」と、声をかけてきた。


工事車両も来ているので、水瀬が入ったお店があるビルには近づけないようになってしまった。


「一体何が起こったんだ?」


既に止まっていたワゴン車は、発車して居なくなっている。残っているのは工事車両だけだ。


先程、声をかけてきた警備員がこちらに近づいてくるので、仕方なく駅まで移動するのだった。





「主人、しっかりして下さい」


ルナの悲痛な声が車の中に響く。


「俺は大丈夫だから」


「そんなわけないじゃないですか?こんなに血が出て……」


俺は不思議に思っていた。

刺されたのは事実だが、痛みが打撲のような痛みなのだ。

皮膚や肉が刃物で刺された深い痛みとは全然違う。


「主人、これインクの匂いがします」

「うんそうだよね。俺もそんな感じがしてたんだ」

「主人、ちょっと失礼!」


そう言って刺された部分の服を捲り、肌を確認するルナ。

何だかペロペロ舐められてる気がする。


「主人、刺された傷がありません。アザにはなってますがモーマンタイです」


そう言われて、朝研究所から送られてきたTシャツのことを思い出す。


「多分、これだと思う。」


俺は、上着を脱ぎ、問題のTシャツも脱いでルナに渡す。


「今朝、研究所から届いたんだ」


「そうでしたか、ちょっと待ってて下さい」


ルナは研究所に電話をかけて、そのTシャツの機能を知る。


「主人、このTシャツはケプラー素材に超極細のタングステンを混ぜた防弾、防刃Tシャツだそうです。主人がパーティーの余興目的で発注したと勘違いしてケプラー繊維の内側に赤インクを仕込んでいたようですよ。一定の衝撃を受けると血のように滲み出てくる最高のパーティーグッズだと担当した所員が自慢してました」


なんて高度な技術を駆使してTシャツを作ったんだ。それに俺はパーティーグッズに助けられたのか?


「まあ、アザになってる部分は少し痛むが問題はないな、うん」


「主人……ルナがどれだけ心配したと思っているのですか?」


うん、マジ怖いんだけど……


「血を出して倒れかかってきたんですよ。ルナの胸に……」


「あの時は血が出てたと勘違いして、少し動揺しててね……それに柔らかかったよ、ルナの胸……」


「成敗!」


「ぎゃーああああ、電気あんまだけは……ごめん、謝るから、ああああ」


俺の声は車の中に響き渡ったのだった。


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