第79話 その後の御曹司と可憐の秘密の趣味


あれから病院に行き検査を受ける。

思った通り、打撲による内出血があるようだが、安静にしてれば大丈夫だとお墨付きをもらえた。

痛みが出た場合の鎮痛剤も処方されたが、この程度の痛みなら薬を飲まなくても耐えられそうだ。


「光彦様、あまり無茶なおふざけは自重して下さい」


楓さんにも連絡が入ったようで、ルナ共々病院でお叱りを受けた。

それから、楓さんはあのTシャツの有用性に気づいたようで各種サイズを含めて追加発注をしていた。


それから、俺が怪我させた連中だが全て更生施設送りになった。

楓さんはそれ以上言わなかったが、恐らく2人程殺してしまったかもしれない。それに池上先輩に刺されなければ、あの麻理とかいう女は確実に始末していた。


それなのに、俺の思考は揺らぎがない。

以前なら相当悩んでいたはずだ。

これでは、キレた子供かサイコパスと同じだ。


「白鬼か……案外そうなのかもしれないな……」


そう呟くとルナが、


「主人が白鬼ならルナは鬼っ娘ですね。可愛いのが良いでござる」

「いや、ルナはあかなめじゃないか?よくペロペロ睨めるし」


「ここは夜中の病院です!反省しているのなら少しは静かにしていなさい!」


「「はい……」」


楓さん、マジ怖いです……


するとルナが俺の耳元で囁いた。


『鬼ババアとは楓殿のことですな』


ちっとも反省してないルナだった。





楓さんの車で家に帰る途中、池上先輩のことを考えていた。

小柄な体形で坊主頭、それに吃音もある。

そんな先輩があんな店に入るのにどれだけの勇気を振り絞ったのか……


「どうしたでありますか?」

「池上先輩のことをね、ちょっと……」


「ああ、あのクリクリ先輩のことですか、主人を刺すなんて不届きなことを!」


「いや、先輩は悪くないよ。悪いのは余計なことをした俺だから」


「まあ、主人がそう言うのなら。せっかく頭を水玉模様にしてやろうかと思ってたのですが、ニンニン」


それはやめてあげて……


「俺が池上先輩の立場だったら、好きな幼馴染の子がヤンキー君に寝取られて、一緒になってイジメられたのにその女の子のことを好きだからという理由で説得なんかできないなって思ってたんだよ」


「人を思う形は様々です。クリクリ先輩には私達にはわからない、その子との絆や思いがあったのでしょう。それに自爆覚悟で乗り込んで行ったのですから、主人がいなかったら誰かを殺していたり、逆に殺されていたかもしれません」


「そう思うとすごいよね、池上先輩」

「確かに、縞模様で勘弁しておきます」


坊主頭から離れろよ!


「そう考えると、俺ってガキなんだなって思ったんだよ」


「いいじゃないですか。生まれて直ぐに大人になるわけではありません。ガキの時代があって当たり前なんです。いろんな経験を重ねて立派な大人になれば良いだけです、ニンニン」


「そうだよな、これからは少し自重しようと思う」


「それは無理なんじゃないですか?だって主人ですから」


『ギャーー、主人、痛いです〜〜』


俺はルナのこめかみに拳を当てグリグリ攻撃をくらわせた。





「おい!こりゃあどうなってんだ?誰か説明しろ!」


山蟻組の組長 山蟻雄三は、自分のシマで管理してたBarが潰されている現場に来ていた。


内装品全てが持ち出されておりコップひとつ残されていない。


「わかりません、ただ、工事車両が店の前に停まってたって近くの店の連中が言ってます」


「はあ?工事だと!それが何の関係があるんだ!」


山蟻は、報告した若い者を足蹴にして、最後には思いっきり蹴飛ばした。

そこへもう一人若い者が入って来た。


「組長、住民の一人が工事関係者が、店のテーブルとかを運んでいるのを目撃してたそうです」


「くそーーっ!どこの連中だ!」


「きっと谷蟻組の奴らじゃないですかね?いなくなっちまった海梨組のシマ争いをしてる最中の出来事です。きっと、俺たちの注意をこちらに向けてその隙に海梨組のシマを奪う気ですぜ」


海梨組が仕切っていた隣の市の繁華街は、良い金になる場所だ。

海梨組の連中がいなくなって、どこの組がそこを仕切るか揉めている最中だ。


「おい、兵隊は何人集められそうだ?」


「急なんで30がいいとこです」


「よし、全て召集しろ!舐められているわけにはいかねえ!谷蟻組と全面戦争だ。今夜にも襲撃かけるぞ」


「「はい」」


光彦の知らないところで、裏の世界は大変な事になっていた。





『キキーーッ!』


ブレーキ音と共に車が急停止した。


「光彦様すみません、お怪我はないですか?」

「うん、大丈夫だけどどうしたの?」


「信号無視の車が猛スピードで交差点を走り抜けていきましたので急停止しました。もう少しでぶつかるとこでした」


楓さんがいつになく慌てていた。

確かに信号青なのに横から信号無視の車が来るとは思わないよね。


「痛たたた、主人もう少し優しくして下さい」


何を言ってるのかな?

さっきまで俺の隣でグースカ寝てたのに……


「楓さん、ルナも無事だから気にしなくていいよ。それにそんな無茶な運転してたらいつか事故を起こすだろうし」


「光彦様がそう言うなら。ですが、気が治まりませんのでドライブレコーダーの映像を明日にでも警察に届けておきます」


「そうだよね。自分で勝手に事故る分には自業自得だけど、誰かを巻き込んだら大変だもんね」


「ええ、しかし何をそんなに急いでいるのでしょうか?3台も続けて信号無視ですよ。最近は交通ルールを無視する車が多くなってきました」


そう言ってハンドルを握る楓さんは、いつも安全運転だ。

きちんとルールを守っている人間からしたら、ルールを無視する輩は許せないのだろう。


「俺達は安全運転で行きましょうか」

「ええ、そうしましょう」


そうして無事に俺達は自宅に戻ったのだった。





貴城院可憐は、自室の机でパソコンと睨めっこしながらタッチペンをペンタブの上で走らせていた。


「う〜〜ん、どうしても、ここの表情が気になります」


その時、ドアがノックされて可憐が返事を返すと専属侍女の時兼春菜がワゴンを押しながら入室して来た。


「可憐様、お茶でも飲んで一休みされたらどうでしょう?」


「そうなのですが、締切日が迫ってますので今日中に仕上げてしまいたいのです」


「あまり根を詰めると、明日の授業にさわりますよ」


「ですが、せっかく『小豆ぽっち』さんからのたってのお願いなんですよ。私もあの方の小説『乙女ゲーの悪徳令嬢に転生したけど、何か?』は大好きな作品ですし、今度の『小豆ぽっち』さんの新作は恋愛ものなのですからこのイラストだけは気合いを入れたいのです」


編集者から事前に渡された『小豆ぽっち』の新作原稿を読んで主人公が恋する男性がどこか光彦に似ているので気合が入っている可憐だった。


「う〜〜ん、キスシーンがうまく描けません。そうだ、春菜さん目の前に意中の男性がいると仮定してキスする表情をしてみてくれませんか?」


そう言われて戸惑う春菜。


「そう言われましても私自身がありません」


「春菜さんは既に経験されているのでしょう?」


「ええ、キスなんて小学生の時に済ませましたよ。初体験は中学生です。男なんて私にかかればどうってことはありません」


小学、中学、高校、大学と全て女子しかいなかい学校に通っていた春菜にそんな機会は訪れなかった。しかし、一度声に出してしまった言葉を引っ込めることはできない。


「それなら、お願いします。どうしてもキスしている女性の表情が上手く描けないのです」


「うう〜〜わかりました。でも、少しだけですよ」


(キスってどうすればいいんだっけ?確か唇をこうして……)


『パシャリ』とスマホのシャッター音が鳴る。

可憐が春菜のキス顔の写真を撮ったようだ。


「ありがとう、春菜さん、これを参考に仕上げてしまいますね」


「はい、お役に立てたようで何よりです」


春菜はお茶のセットを部屋のテーブルに置いてワゴンを押して戻っていった。


「そうでしたか、キスする時はこんな顔になるんですね〜〜」


早速、可憐は春菜のキス顔を参考に一枚のイラストを仕上げて夜半過ぎに完成したそれを担当編集者宛にメールに添付して送った。


翌日、その担当さんからキスの時はこんなタコみたいに唇を突き出したり、寄り目になったりしませんよ。描き直して下さいと、連絡が入るのだが、それはまたのお話……

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