第80話 御曹司、胸ぐらを掴まれる


翌日の朝。


和樹君が自分の家ではなく、この家の居間でテレビを見ていた。

また、歌のお姉さんが出る番組かな、と思ってたが見ていたのはニュースだった。


「おはよう、和樹君、ニュース見てたの?」

「うん、なんか隣の市で暴力団っていう人達が喧嘩したんだって。鉄砲とか撃って大変だったらしいんだ」


暴力団の抗争か、しかも隣の市だなんて……


「だから、気をつけて学校に行って下さいってニュースのお姉さんが言ってたんだ」


すると、浩子さんが来て「食事ができましたよ」と、言われた。

俺も和樹君も一緒になって朝食を食べる。


「あれ、みんなは?」

「皆さん、先に召し上がりましたよ。今は自室で学校に行く準備をしてると思いますよ」


昨日の件で疲れてたようで美幸に起こされて、また寝てしまった。茜ちゃんがベッドにダイブしてきて脇腹の痛みが一気に眠気を吹き飛ばして、やっと起きられた次第である。


それから、自分も用意してみんなと一緒に家を出る。

今日は一本遅い電車だ。

要さんに少し遅れると美幸が連絡を入れていた。


途中で、秘書の野方さんからメッセージが入り、午後にでも会社に来てほしいと書かれていた。


少し早歩きで神社脇のマンションに行くとマンションの前で要さんが待っていた。


「要さん、おはよう。昨日は一緒に帰れなくてすまなかったね」

「桜宮さんの車に乗せて頂いたので大丈夫でした。それに白鬼さんの髪の毛はとっても御利益があるんです」

「へ〜〜そうなんだ」

「はい、これを持ってると半径3メートル以内に近づいて来なくなりました。あの身体をすり抜ける悍ましい感覚ともおさらばです」


確かに、霊が自分の身体をすり抜けでもしたら気色悪くて寒気がするわな……


「実は今日も一緒に帰れないんだ。午後から予定がはいちゃって。また、美鈴ちゃん達にお願いしておくから」


「ありがとうございます。助かります」


霊の姿が見えないので、何の役に立っているのかわからないけど、俺のせいで学校に行けなくなった要さんが学校に行けるようになって少しホッとする。


「ねえ、要っちは何でそんな堅いの?あっしらの方が歳下だし、敬語っぽいのはおかしいでしょ」


「ええ〜〜そうですかあ、あの〜〜友達いたことが無くてなんて話していいのかわからないんです……」


ボッチ告白されてしまった。


すると、いきなり美幸が要さんに抱きついた。

何故だか、頭をなでなでしている。


「それなら友達の多い先輩としてあっしがアドバイスを……」

「美幸、それ自爆。私も美幸も友達少ない。最近増えたけど」


そういえば、少し前木葉と美幸の2人は、友達はお互いだけだったよね?


でも、もうこの3人も友達だよね。

仲良さそうだし……


戯れる女子高生3人を父親目線で見てる俺だった。





朱雀学園中等部2年1組の教室でスマホを見ながら私こと貴城院可憐は、溜息をついていた。


はあ〜〜ボツになってしまいました。渾身の作画だと思ったのですが……


春菜さんのキス顔は、ダメでした。

きっと、緊張されててキス顔が変顔になってしまったのでしょう。

私もタコみたいだなって思ってたのですが、もっと早く気づくべきでした。


この学園に転入してきて、仲の良い友達は近藤祐美さんくらいしかいない。護衛官の菅原星羅ちゃんは、キスの経験がないって言ってたし……


後で祐美さんに聞いてみましょう。


お昼休み、いつもの中庭のベンチで近藤祐美さんと星羅ちゃんの3人でお弁当を食べる。


「ねえ、祐美さん」

「何ですか?可憐さん」

「祐美さんはキスの経験がありますか?」

「えっ?私ですか。ごめんなさい。ないです……」


祐美さんは、恥ずかしそうに俯いてウィンナーをちょびちょび齧っていた。


「でも何でそんなことを聞くんですか?」

「少し興味がありまして〜〜キスする時ってどんな顔をするのかなって思ったんです」

「それでしたら、光彦様にお聞きしたらどうでしょう。光彦様の周りには素敵な女性が多いですし、きっと経験も多いはずです」

「そうですね、お兄様に聞いてみましょう」


早速スマホで連絡を入れる。

しばらく連絡のやり取りしをして帰りに家に寄ってくれる事になった。


「祐美さん、ありがとう。これで問題は解決しそうです」

「お役に立てたのなら光栄です」


そんな2人を菅原星羅は暖かい目で見守っていたのだった。





昼休みに、会社に行くため車が待っている場所まで赴く。

待っていたのは野方さんではなくて、楓さんだった。


車に乗り込み、用意してある着替えのスーツを着る。

ここからは貴城院として振る舞わなければならない。


すると、スマホに連絡が入る。

送り主は妹の可憐からだった。


「楓さん、悪いけど一旦自宅に戻ってもらってもいい?忘れ物しちゃって」

「構いませんよ。少し遅れると連絡を入れておきますね」


楓さんは完全な場所に車を停めて、ハンドフリーの状態で会社に連絡を入れていた。


学校を出たばかりなので、引き返してもそれほど時間はかからない。

運転する楓さんには迷惑をかけてしまうが。


自宅に戻って、この間セリカ先輩と原宿でデートした時に買った包みをバッグに入れる。可愛い物があったので可憐に渡すつもりだった。


そして、再度車に乗り込み会社に向かう。

途中、交通規制されている場所があり、迂回路を通るハメになったが時間的には問題ない。


会社に着くと、会社の外で野方さんが立って待っていた。

車を横付けすると、ドアを開けてくれる。


「会長、お忙しいところお呼び出ししまして申し訳ありません」


「忙しくはないかな。学校に行ってただけだし」


忙しいのは俺よりも周りのスタッフだろう。

特に貴城院セキュリティーサービスのみんなは昨日の件で寝る間もないかもしれない。


報告が遅れたが、池上先輩は今は更生施設にいる。

俺が余計なことをしたばかりに、更生プログラムを受けるハメになったようだ。


仮にも貴城院家次期当主を傷つけたのだからただでは済まされない。

だけど事情を鑑みて池上先輩の場合は更生施設のVIPルームで悠々自適に過ごせるらしい。早ければ1週間ほどで戻れるそうだ。


警察に捕まって少年院送りになるよりマシだというわけだ。


「会長、こちらです」


野方さんが案内してくれた場所は8階にある『社内環境課』のスペースだった。

積み上げられた段ボールで、課の様子が外からでは伺えない。


「これは……随分と量が多いね」

「ええ、全社員のものですから。それに派遣社員やパートさんの分まで入っていますし……」


ここにあるのは本社の分だけだ。

まだ、子会社や下請け会社までは手をつけていない。


「あっ、会長が来ました」


そう声を上げたのは、鬱病で苦しんでる法務部出身の武蔵関透さんだ。


「武蔵関さん、体調大丈夫ですか?」


「ええ、最近調子が良いんです。会社のみんなのアンケートを読んでいたら苦しんでるのは自分だけじゃないってわかって、何とかしなくっちゃって前向きに思えるようになりました。ですが、朝は苦手で通勤時間が長いせいもあるのですが、どうしても混んでる電車に乗るのが苦手で……」


「どこから通ってるんですか?」


「埼玉県の飯能市からです。家賃が安いところを探してたら都内から離れちゃいまして……」


報告書によれば、結婚して小さな子供さんがひとりいると書かれていた。


「そうですか、ちょっとあてがありますので少し時間を下さい。別に飯能市じゃなくても良いのですよね?」


「ええ、妻は出産を機に仕事を辞めてしまいましたので」


「わかりました。後でご連絡します」


武蔵関さんと話していると、真面目にアンケートを読んでいる女性社員を見かけた。

営業2課に戻りたいと言っていた上井草薫さんだ。


「上井草さんは営業2課に戻らなかったのですか?」


「会長、こんにちは。営業2課に人員が配置されることになったと聞きましたのでこちらで頑張らせてもらおうと思っています」


「そうでしたか、前にも言いましたけど、皆さん方をこの課に縛り付けることはしませんので、移動したいと思った方は遠慮なく言って下さい」


「ありがとうございます。うふふ。ですが、おそらく皆さんそんな事は言わないと思いますよ」


まだ数回しか見てないけど上井草さんの笑顔は初めてだな……


「よう、会長さん」


そう声をかけてきたのはこの課の課長の井荻さんだ。


「皆さん、忙しそうでなんか申し訳ないです」


「ははは、会長がそんな風に社員に話しかけちゃダメだ。もう少し偉そうにしてくれねえと調子がくるっちまう」


井荻さんがそう話すとあちこちから「クスクス」と笑い声が聞こえてきた。


まあ、そうなんだけど年上の人達に偉そうに話しかけるのは難しい。


「あっ、そうだ。井荻さん、ちょっと紹介したい人がいるんですけど付き合ってもらえますか?」


「構わねえけど、そこは「井荻、ちょっと来てくれ」って言った方がいいぞ」


すると、さっきより大きな声でみんなから笑われた。


「井荻さん、漫才してるんじゃないんですからいちいちツッこまないで下さい。ほら、行きますよ」


俺は井荻さんが何か言う前に、彼を連れ出したのだった。


「会長どこに行くんだ?」


「井荻さんの古巣ですよ」


「資料編纂室か?あそこには何もねえぞ」


「違います。営業2課ですよ。私の知り合いが課長になりまして、知り合いもいないので井荻さんにアドバイスしてもらおうと思ったんです」


「ああ、そういうことか。構わねえけど、俺が課長してた時とは随分変わったんじゃねえか。まあ、風の噂程度しか知らねえけどな」


「取引先や子会社、また下請け会社などはそうそう変わりませんよ。前の課長の対応が悪かったせいで新入りの課長だと信用してもらえるまで時間がかかります。良ければその辺のところを教えてあげて頂ければ幸いです」


「会長の頼みとあらば無碍にはできねえな。わかった。任せろ」


「ええ、期待してますよ」


エレベーターは5階についてそのフロアーを歩いていくと、何だか身構える社員が大勢いる。


「なあ、何だか会長さんは嫌われてねえか?」

「この間、ここで大捕物があったので見てた社員が話したのでしょう」

「そういうことか」


目的の営業2課にやってきた。

一番奥の席でパソコンを見と資料を見比べている中年男性がいる。

少し髪の毛が薄くなってきてるのはご愛嬌だろう。


「え〜〜と、下井草課長ですよね。初めまして、ここの会長をしている貴城院光彦です」


すると、目を丸くして下井草課長は……


「どうか、あと10年、いや、せめて6年後までは、どうか〜〜」


立ち上がって俺の胸ぐらを掴んで必死な形相でそう言われた。


へ?どういうこと……




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