第81話 御曹司は誤解される


井荻課長を営業2課に連れて行ったら、新課長の下井草課長から胸ぐらを掴まれて意味不明なことを言われた。


ここでの話し合いはマズいと思い2人を会長室に連れて行く。

その間、下井草課長は、俺を睨んだかと思ったら首を左右に振っていたり拳を握ったりと落ち着きがない。


そんな様子を見ていた井荻課長は、小さな声で


「おい、あいつ大丈夫か?何だか情緒が不安定すぎるだろう?それに、知り合いなのに初めて会ったのか?そんな挨拶してたみたいだが」


「まあ、話せば長いことなんですけど、短くすると帰宅途中、親子喧嘩していた家がありまして、そこの小学生の娘さんが家を飛び出して家出中なんですよ。その娘さんをうちで保護してるのです。そのお父さんが下井草課長です」


「はあ〜〜ぶっ飛んだ知り合いだな。まあ、長い人生そういう事もあるか?」


滅多にないと思うけど……それに、長くないし、まだ15歳なんですけど?


会長室に着くと、ソファーに座ってもらう。

すると、秘書の野方さんがお茶を運んできてくれた。


「それで、さっきの話なんですけど、どういう事でしょうか?」


「会長には娘共々お世話になりありがとうございます。ですが、せめてあと10年、いや高校卒業するまでは、どうかお願いします」


そう言われて茜ちゃんに関する事だと理解できたが、意味がまるでわからない。


「そのお願いとは何のことでしょうか?」


「茜です。あの子は少しマセていて親の言うことなんか聞きやしない。だけど、まだ小学6年生です。会長のお情けを頂くのは早すぎます。どうか、何卒大人になるまで勘弁して下さい」


そう言いながらオロオロと涙を流して訴えている。


お情け?


「おい、会長。それはダメだろう。まさか、小学生に手を出しちゃまずいどころの話じゃねえぞ。犯罪者になっちまうぜ」


意味をいち早く理解した井荻課長が叫んだ。


はっ?そういうことなの?


「下井草課長、何かの誤解ですよ。私は茜ちゃんに何もしてませんから」


「私も茜からきた昨日のメールを読んでそう思ってたのですが、今朝送られてきた写真添付のメールを見て、その期待も裏切られました。これが証拠です」


下井草課長は、覚悟を決めたような顔で俺にスマホの写真を見せる。

そこにはベッドで寝ている俺と茜ちゃんの写真が写っていた。

しかも、寝ている俺のほっぺにキスしてる写真だ。それにご丁寧にメッセージには「お父さん、ごめん。茜は大人になりました」って書いてあった。


『はあ!?何だこりゃあーー!!』


「おい、おい。これは問題だぞ。世間にこんなこと知られちゃ、今度こそ近藤商事はお終いだ」


井荻さんが真面目な顔をして呟く。

秘書の野方さんも「会長はロリコンだったんですね」と言って後退りしている。

そして、下井草課長は、目に涙を溜めて訴えるような顔して俺を見つめていた。


「ですから、これは誤解です。おそらく今朝の写真なんですけど、俺が疲れてなかなか目を覚さなかった時に撮られたんだと思います。決して想像するような事はしてませんから」


「「「……………」」」


3人からはジトっとした目で見つめられる。


これ、どうやって誤解を解けばいいんだ?


その時、救世主が俺の目の前にやってきた。


「失礼します」


お辞儀をして入室する姿は、凛として隙がない。


「あ、櫛凪専務。今お茶をご用意しますね」


入室してきた楓さんを見て秘書の野方さんがそう話す。


えっ、専務?楓さんが?


救世主かと思いきや、楓さんは新たな謎を運んできたのだった。





「はあ〜〜そういう事ですか……」


会長室の雰囲気が修羅場のような状況だったので、楓さんにその理由を説明した。


楓さんはおもむろにスマホを取り出して茜ちゃんに電話をかける。

スピーカーにしてこの場にいるみんなにその会話を聞かせた。


『茜さん、今朝光彦様と写真を撮りましたか?』

『げっ……はい、撮りました……』

『それで、その写真をお父様に送ったのですね?』

『なんでそれを〜〜はい、そうです』

『その写真にメッセージを書いたようですが、詳しく教えてくれませんか?』

『え〜〜とですね〜〜。お父さん、ごめんって書きました』

『それだけですか?』

『そのですね〜〜大人になりましたってふざけて書きました』

『ふざけてですか?そのような事実はないと?』

『はい!誓ってありません!』

『あまりお父様を心配させるような事をしてはいけませんよ』

『はい!二度と致しません!』


……………………


「という事らしいですよ。下井草課長」


楓さんはニコニコしながらそう話す。

だが、その笑顔が物凄く怖いと感じてるのは俺だけだろうか……


「そうでしたか……茜共々失礼な振る舞いをしてしまいました。申し訳ありませんでした」


そう言って頭を下げられた。

俺は誤解が解かれてホッとしてる。

きっと下井草課長も同じ気持ちだろう。


「いいえ、誤解が解けたらな私は何も言うことはありません。それと井荻課長。暫く下井草課長のフォローをお願いしてもいいですか?子会社や下請け会社との挨拶回りも一緒に行って頂けたらありがたいのですが」


すると、井荻課長は頭をぽりぽりかきながら、


「わかった。きっちり近藤商事の営業のイロハを叩き込んでおくよ。それと、会長、さっきはすまなかった。俺にも娘がいるから人事とは思えなくてな」


「構いませんよ。全て誤解だったのですから、何も問題はありません」


誤解という言葉を強調してみた。


それから暫く世間話をして井荻課長と下井草課長は部署に戻って行った。


「そういえば、楓さんは専務になったの?」


「はい、私個人も10億ほど出資しましたので近藤社長から是非にと言われまして。本日付けで専務に就任しました」


それで野方さんじゃなくて楓さんが迎えにきてくれたのか……

しかも、個人で10億円をポンっと出せるって凄いよね〜〜


「これで会社でも光彦様のそばにいられます」

「うん、心強いよ。改めてよろしくね、楓さん」

「はい、こちらこそ、光彦様」


取り敢えずなんとかなってよかった。

お祓いしてもらってこれでは先が思いやられるよ。





あれから、野方さんが途中報告として仕分けしたアンケートの内容をUSBメモリに入れて持ってきてくれた。

まだまだ、社員全部とはいかないが、時間がある時に目を通しておこう。


仕事も終わり、出張から帰ってきていた近藤社長に挨拶をして会社を後にする。


楓さんと一緒に本宅に戻るつもりだ。


「今日は本宅に泊まりますか?」


「う〜〜ん、どうしよう。学校もあるからできれば帰りたいけど、可憐の用事が何なのかわからないから迷ってるんだ」


「せっかくですので、本宅に泊まってゆっくりされた方がよろしいかと、クリスティーナ様も淋しがってましたから」


「そうだね。そうするよ」


お見合いの件があったので、母さんとゆっくり話をしていない。

これは良い機会なのかもしれない。


車が本宅の門に到着し、警備の人に挨拶をして敷地に入る。

すると、車の前にいきなり人が空から降ってきた。


『キキキーーッ!』


楓さんが急ブレーキをかける。


見覚えのある髭面の顔、忘れたくても夢にまで出てくるので始末に追えない。


「師匠、危ないですよ!」


車の窓を開けて話しかけると、師匠ことルナの父親である菅原祐之介氏がこう言った。


「ミツヒコ!最近鍛錬は積んでいるか?」

「それがなかなかできなくて……」


『かーーっつ!』


いきなり怒鳴られた。


「時間は有限である。休まず励め、若者よ。わははは」


そう言って木の上にジャンプしてどこかに行ってしまった。


「全く、菅原さんは車の前に飛び出さなくても……」


そういえば昨日も急ブレーキをかけてたよね。

師匠は暴走車と同じか……


「楓さん、大丈夫?」

「ええ、スピードは出てませんでしたので何とか」

「全く困った師匠だよね」

「本当ですよ。危険な真似はやめてほしいです」


再び動き出した車は玄関に横付けされた。

屋敷の中から使用人の男性が出てきて車のドアを開けてくれた。

屋敷の警備を兼ねて、夜は主に男性の使用人がこうした用事をこなしている。


「あれ、葛木さんでしたか」

「お久しぶりです。坊っちゃま」


葛木さんは

主に祖父さんのそばに付いている場合が多い。

ということは、祖父さんがいるということだ。


一気に帰りたくなってきたな……


本当は、師匠がいる時点で祖父さんもいるとわかってたんだけどね〜〜


「どうぞ、中へ。総督も坊っちゃまに会いたがっております」

「うん、わかった」


やはり、会わないわけにはいかないか……


俺は襟を正して屋敷の中に入って行った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る