第96話 御曹司はCAに翻弄される。
ジュネーブ行きの飛行機は、何事もなく飛び立った。
約30分程の上昇飛行の後で『ポーン』と機内スピーカーから音が鳴り、水平飛行に移行した合図がなされCAさんから機内サービスが始まる旨の放送があった。
窓の外を眺めていると、CAさんに声をかけられた。
「こちら、おしぼりになります。お飲み物は何になさいますか?」
随分と若々しい女性の声だ。
おしぼりがテーブルに置かれ、CAさんに紅茶をお願いすると……
「か、可憐、何やってんの?」
そのCAさんは、妹の可憐だった。
律儀にCAさんの制服まで着てる。
「お客様、私はCAです。私情のお話はご遠慮下さい」
「だから、そうじゃなくて何してんのさ?」
「お客様、可憐…じゃなくて、私はお仕事中ですのでナンパしないでください」
妹をナンパするわけないだろう!
「はい、紅茶です。熱いのでお気をつけ下さい」
テーブルに紅茶の入ったカップがドカンっと置かれた。
「あちーっ!」
跳ねた紅茶が手に当たった。
可憐は、何事もなかったようにワゴンを押して美鈴ちゃん達のとこに行った。
向こうでは、可憐の登場で何だか盛り上がっている。
「なに怒ってるんだ?可憐のやつ……」
いかにも「怒ってます」オーラを出しながらの接客態度だった。
何かしたか?俺……
全く身に覚えがないので困惑してると、ワゴンを押して二人のCAさんが来た。
「セナはわかるけど祐美さんまで何してるの?」
そこにいたCAは、可憐の専属護衛官でルナの妹の菅原星菜と近藤祐美さんだった。
「光彦さん、お久しぶりです。光彦さんのおかげで可憐さんと仲良くさせてもらってます」
「それは良かった。少し変わってる妹だけどこれからも仲良くしてあげてね」
「はい」
祐美さんは嬉しそうに返事をした。
「紅茶のおかわりはどうですか?」
「さっき、可憐から頂いたからいいよ」
「私からの紅茶は飲めないと言うのですか?」
セナ、怖いんだけど……
「じゃあ、頂こうかな?」
「さっさとそう言えばいいんです。光彦兄は素直じゃないんですから」
俺は、まだ冷めてない紅茶を一気に飲んでカップをセナに渡す。
セナは慣れた手付きで紅茶を注いだ。
「ところで、可憐もそうだけど何でみんなここにいるの?」
「それは、ゴールデンウィークなので可憐さんが暇だった私を誘ってくれたんです」
「でも、何でジュネーブ?」
「それは、光彦さんが行くからに決まってるじゃないですかあ〜〜」
???
別に俺がいなくても他の場所でも良いと思うのだが……
「じゃあ、向こうに着いたらみんなで遊ぼうか?」
「はい、楽しみです」
そう笑顔で話す祐美さんは可愛いなあ〜〜
「光彦兄、顔が崩れてますよ。まるで木に飛び移り損ねたスマトラオランウータンのようです」
セナ、その何とかオランウータンって何だよ!
「そんなことはありませんよ。光彦さんはとても愛らしい顔をされてます。キャッ!言っちゃった〜〜」
うんうん、ええ子だなぁ〜〜祐美さんは……
「そうですか?どう見ても光彦兄の間伸びしたニヤけ顔はタパヌリオランウータンにしか見えませんけど」
おい、オランウータンから離れろ!
ここにいても何だか騒がしそうだ。
そうだ、一階に行って挨拶でもしてこよう。
俺は、セナに注いでもらった紅茶を飲み干し、カップを二人に手渡して、一階に向かったのだった。
◇
階段で一階に降りると、何だか盛り上がっている声が聞こえてきた。
ここにいる人達は大人の人が多いのでお酒を飲んで盛り上がっているのだろう。
「あ、光彦様」
そう声をかけてきたのはCA服を着た時兼春菜さんだ。
彼女は、貴城院家で妹の可憐の侍女をしている。
「何で春菜さんまでCAの真似事してるの?」
そう問いかけると少し困ったような顔をして、
「お答えしないといけませんか?」
何か事情がありそうだ。
「いいや、無理にとは言わないけど……」
そう答えたものの疑問は尽きない。
すると、「春菜さん、今度はこれをお出しして」と聞き慣れた声がCAの控え室から聞こえてきた。
そこから出てきたのは……
「母さん、何してんの?」
紛れもなく実の母親だった。しかもお揃いのCA服を着ている。
「あら、見つかっちゃったわ。どう、光彦。母さん似合ってる?」
その場でひと回りしてCA服を見せびらかす母親。
意味がわからない……
「そうじゃなくって、何で母さんまでその格好してるの?」
「どう素敵でしょう?一回着てみたかったのよね〜〜」
どうやら、この母親の言葉に全ての答えがあるようだ。
「だからって、上では可憐までその服着て給仕してたよ」
「あら、可憐だけじゃないでしょ?」
まさか……
背中に寒気を感じて恐る恐る振り向くと……
「愛莉姉さん、何してんだよ!」
「どう、光彦?こういう格好も似合うでしょ?」
ダメだ……うちの家族がここにいる……。
しかも、CAのコスプレをしたいがために、ジュネーブ行きに参加したようだ。
「あ〜〜何だか目眩がしてきたよ〜〜」
「それは大変、光彦、こっちにきなさい」
俺は、愛莉姉さんにさっさとCAの控え室に連れて行かれて、そこにあった椅子に強制的に座らせられたのだった。
◇
「お兄さん、大丈夫?はい、お水」
冷たい水を運んで来てくれたのは、CA服を着た茜ちゃんだった。
確か茜ちゃんは桜子婆さんとお留守番のはずなのだが、家族が来ている時点で既に疑問はない。
「ありがとう、茜ちゃんも来たんだね?」
「うん、どう似合うでしょう?」
お子様用のCAを着込んだ茜ちゃんは、その場で一回転をした。
タイトなスカートなので翻ることもなかったので安心だ。
そんな茜ちゃんを見てると、茜ちゃんの後ろでおしぼりを持って落ち着かない様子で立っている女性がいる。
その女性と目が合うと「あ、あの〜〜いつも茜がご迷惑をおかけして申し訳ありません」と、いきなり謝罪された。
「え〜〜と、もしかして茜ちゃんのお姉さん?」
「あ、すみません。私は茜の姉で下井草梢と言います」
こずえさんと言うらしい……
「こずえさんですね。私は光彦です。茜ちゃんにいつも元気を分けてもらってます。迷惑なんてかかってないですからご安心を」
そう言うと「うう〜〜」と唸って恐縮してしまった。
妹の茜ちゃんとは随分違ってシャイな子みたいだ。
改めてCAの控え室を見ると、そこには見慣れた人物ばかりがそこにいた。
CA服を着た浩子さんやパイロット服を着た和樹君までいる。
それに、他のCA服を着た女性達も貴城院家で働いているメイドさんだ。
「この飛行機が貴城院家の飛行機だったからあらかた予想はできたけど、正直みんなが来てるなんて驚いたよ」
「だって、可憐が光彦とゴールデンウィークに遊べないって淋しがるから、みんなを連れて来たのよ」
可憐の仕業か……
それに愛莉姉さんの言ったことで全てを察した。
可憐が怒ってたのはそう言う理由だったのか……
「ああ、それで可憐が機嫌悪かったのか、何か納得」
「それより、もっと家族に連絡しないとダメでしょ!」
「そうは言っても……」
「言い訳する気なの?」
「はい、これからは気をつけます」
愛莉姉さんには敵わない……
「そういうことだから、向こうでは家族サービスするのよ」
俺は、せっかくの休日に家族サービスをするくたびれた日曜パパにならないといけないらしい。
「わかったよ」
俺はそう答えるのがやっとだった。
ところで、その物陰からチラチラとこちらを見ているのは……
「楓さん、何でそんなとこにいるの?」
すると、母さんが
「ああ、楓はね、CA服を最後まで駄々を捏ねて着なかったのよ。みんなで捕まえてやっと着替えさせたのよ。ほら、楓、そんなとこにいてはせっかくのメイド服以外の姿を光彦に見せられないでしょ」
そういえば、楓さんのメイド服以外を着た姿を見たことがない。
「楓さん、せっかくだからCA服を着た姿を見せてよ」
俺は、困っている楓さんにそう言うと、楓さんはモジモジしながらその姿を現した。
「うん、楓さん、よく似合ってるよ」
そう褒めると、楓さんは「キャッーー光彦様。見ないでください」とか叫んでどこかに走り去ってしまった。
うん、恥ずかしがる楓さんもなかなかだな……
そんな呑気なことを考えていたのだった。
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