第87話 招待状
屋上から戻って地学準備室に行く。
部屋に入ると、みんなは楽しそうに話をしていた。
「あ、ミッチー、その手に持ってる手紙ってまさか」
目敏い美幸が手に持つ手紙を見つけたようだ。
「違うよ。これは美鈴ちゃんに渡してくれと頼まれたんだ」
そう言ってその手紙を美鈴ちゃんに渡す。
「私にですか?」
「うん、パーティーの招待状らしいんだけど、今週の日曜日なんだってさ。ご都合はどうかと聞かれたよ」
基本的に桜宮家の者は知り合いのパーティーにしか参加しない。勿論、貴城院家も同じだ。
名家の看板を背負ってパーティーに赴くことは、その家と懇意にしていると言っているようなものだからだ。
「光彦さん、美鈴さんは他所の家のパーティーには基本的には参加しませんよ」
三条智恵さんが「忘れたの?」みたいな顔してそう言う。
「ほら、俺はメッセンジャーだから言われた通り渡しただけだよ。行くとは確約はしてないし」
「そうですよね。光彦さんともあろうお方が、そんな些細なヘマをするとは思いませんしね?」
智恵さんが少し言葉に力を込めてそう言った。
「一応、返事を聞かせてほしいと言われたのだが……放課後に伝える約束をしたんだ」
「光彦さん……はあ〜〜わかりました。その件は私が伝えます」
智恵さんや、そんなに呆れて言わなくても……
「ところで、その方はどのような方なのですか?」
「詳しくは知らないけど2年3組の小宮弥生さんとか言ってたよ。会社の30周年パーティーに参加してほしいって言われたんだ」
俺がそう言うと霧峰美里さんがスマホで何かを調べ始めた。
その姿はルナを彷彿させる。
しばらくして、美里さんが口を開いた。
「2年3組の小宮弥生さんが言っていたパーティーとは、父親が経営するスーパー『コミー・マート』の記念パーティーらしいですね。地域密着型のスーパーで周辺地域に5店舗ほどあります。因みに、いつも夕食の買い物で利用するスーパーでもあります」
「ああ、うちらがいつも買い物にしてるスーパーだ、それ」
美幸が知ってるってことは木葉も知ってるということだ。
そして、また美里さんが口を開いた。
「調べてみましたが、最近は郊外型のスーパー『ガマセルク』に押されて業績は伸び悩んでますね」
そう美里さんが呟くと智恵さんが、
「そういえばガマセルクの息子は朱雀学園に通っていましたね。私たちより一つ上でしたが、蛙のような顔して嫌な目つきをする男性だと認識してました」
そんなやついたのか?
基本的に、朱雀学園のことは、周りがなんとかしてくれていたので俺自身は知らないことが多い。
「新興家の人には多いタイプです。旧態依然とした体制を嫌ってましたから」
美里さんがそう付け加えた。
すると、ルナが調べた事を語り始めた。
「小宮家が経営するコミー・マートは、市街地型の店舗を展開しております。当初、開店するにあたって地元の商店街といざこざはあったようですが、今では地域に溶け込んでなくてはならないスーパーとなっております。昨今、郊外型の大型店舗が主流になってきてますが、このような市街地型の店舗は希少になりました。近所の人や車を利用しないお年寄りや小さなお子さんがいる家庭などには好評のようです。経営が伸び悩んでいるのは駐車場問題が絡んでいるようですね」
「凄いわね。菅原さんって何者?」
突然のルナの報告にセリカ先輩をはじめ熊坂さんや要さんまでもが驚いている。
「これは、失礼しました。私はこれで」
そう言ってルナは、その問いに答えることもしないでさっさと教室に戻って行った。
ルナなりにマズいと感じたのかもしれない。
それに、美鈴さんを誘ったのには訳がありそうだ……
俺も誘われたけどね。
この件の返事は三条さん達に任せて俺はルナの後を追うのだった。
◆
「やっと、お誘いする事ができた……」
でも、喜ぶのはまだ早い。
来てもらえなければ、うちのスーパーは近いうちに潰れる。
お父さんの話では、取引銀行が追加融資の話をやんわりと断ってきたらしい。
長年、取引をしてるのに銀行の支店長が変わってからうちのスーパーは、厳しい経営を迫られている。
特に郊外型の大型店舗の影響が大きい。
地域密着型のうちのスーパーでは、遠くから来た客を呼び込むことは難しい。だが、地元の人達に支えられてここまでやってきたが、現状は厳しいの一言だ。
特に店舗敷地を借りている支店の幾つかは、特に難しくなってきた。
地主の賃上げが利益を圧迫しはじめたのだ。
このままでは、数年持ち堪えるのも難しいとお父さんが言っていた。
それに、この間のスーパー経営者を主体としたパーティーでは、『ガマセルク』の息子が絡んできた。
うちを馬鹿にして言いたい放題言われてしまった。
だが、そんな時桜宮家のお嬢様が何故かうちの学校に転校してきた。
友人の三条さんも政財界に多大な影響力を持つ昔から続いている名家だ。
でも、なんでこんな辺鄙なところに?
名家の人達が通う朱雀学園は、一部の者には有名な学園だ。
その学園そのものが世間から隠されるように運営されている。
だが、その学園の卒業生は、必ず日本を動かす中心的な存在のひとつとなると言われている。
そして、その学園に通う『ガマセルク』バカ息子が、パーティー後にわざわざうちのスーパーに来て暴言を吐いて出て行った。
流石に頭にきた私は桜宮家と知り合いだと嘘をついてしまった。
そして、つい売り言葉に買い言葉で約束してしまったのだ。
今度のパーティーに桜宮美鈴さんが来なかったらあいつの女になると。
その証明をうちの30周年パーティーで披露しなければならない。
こんな小さなスーパーでは桜宮家と釣り合いが取れるはずもなく、パーティーに誘うだけで失礼にあたいすると父から言われた。
確かにそうなのだろう。
だけど、失礼だろうがなりふり構っていられる場合ではない。
だって、あるお店で『ガマセルク』のバカ息子とうちの取引先の銀行の支店長が一緒にいるところを見たのだから……
不安に苛まれながら放課後までいると、教室に三条智恵さんがやってきた。お付きの霧峰さんも一緒だが、あの頼りなさそうな男子は見当たらない。
でも、約束は守ってくれたのね……
招待状を渡してくれなかったら、三条さんがここに来ることはないだろう。
「すみません、こちらに小宮弥生さんはいらっしゃいますか?」
私の名前を呼ばれて心臓が高鳴る。
「はい、私です」
「桜宮美鈴様からお手紙をお預かりしております」
そう言って手紙を手渡された。
そして、三条さん達は軽いお辞儀をして帰って行った。
クラスメイトは、何が起こったのか興味深々って顔してる。
ここでは、この手紙を開けることができない。
私は、鞄を持って咄嗟に屋上に向かう。
そして、その手紙を開けると……
『小宮弥生様。この度はパーティーのお誘いありがとうございます。ですが、桜宮家では、慣習として他家のパーティーの出席は控えてさせてもらっています。ご期待に応えられなくて申し訳ありませんが、今回はお見送りさせて下さいませ。 桜宮美鈴』
と、綺麗な文字で書かれていた。
「あ〜〜終わった……」
覚悟はしていた。
そんな上手く事が運ぶはずはないと……
高鳴っていた心臓の音が消えそうなほど静かになった。
このまま止まってしまえばいいのに……
それでも、桜宮家の返事の手紙を風で飛ばされないように強く握りしめていた私だった。
◆
「………ということです。まだ、調査段階ですが」
放課後、人気のない学校の敷地内でルナの話を聞いて、あの萎れた縦ロールの女子を少し見直した。
だが、それでも貴城院家が動くとなると話は別だ。
それは、桜宮家も同様である。
「理由としては少し弱いよね。だけど、そのスーパーがなくなると浩子さんや楓さんが買い物に困っちゃうし……」
「主人、潰れると言っても今日明日の話ではありませんよ。主人が高校卒業するくらいまでは持ち堪えると思います」
そうだけど、あの家は気に入っている。
できればこのままずっと住みたいくらいだ。
「その『ガマセルク』とか言った朱雀学園の学園に通っている男子は気になるね。そっち方面を少し当たってくれるかな?」
「うふふ、少し前まで主人は落ち込んでた様子でしたが、今の主人は楽しそうで何よりです」
ルナにもバレてたのか……
なかなか、隠すのは上手くいかないものだ。
「俺はルナの方が楽しそうに思えるけど?」
「それは……バカな弟弟子が落ち込んでいるより楽しそうにしてる方がいいに決まってるでしょ!あまり、私を心配させないで!!」
そう怒ったルナは、苦楽を共にした昔の修行時代のルナに戻っていた。
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