第71話 それぞれの事情
『『『え〜〜っ!下北沢先輩に変装がバレたあああ!』』』
家に帰り、みんなに報告する。
今日は美鈴ちゃん達や三条さんも来ていた。
「それより、何でその先輩とデートに行くんですか?ズルいです。私も行きたいです」
美鈴ちゃんがそう言いながら迫ってきた。
近い、近い、近いよ〜〜
「秘密を守る代わりにね、どうしてもって言われて仕方なく……」
「私ともデートしてもらいますからね!いいですね?」
こういう時の美鈴ちゃんって、積極的だよね……
「わかったから、約束するから」
あまりの近さに耐えきれなくて、ついそんな約束をしてしまった。
「私は光彦君とデートした事があるわよ」
涼華がいきなりそんな事を言い出した。
下着を買いに付き合っただけだよね。何でデート発言してるの?
「「「え〜〜!」」」
驚いてみんなが一斉に涼華に詰め寄る。
そして、何やら涼華から情報を引き出しているようだ。
「下北沢先輩ですか、ふむふむ、恋愛経験を体験したいと……なるほど、そういうわけですか、ニンニン」
ルナがスマホを見て何やらひとりで納得している。
「お兄さんも大変だね。はいお茶」
「どうもありがとう……えっ、今お兄さんって言った?」
茜ちゃんがメイド服を着てお茶を持って来てくれた。
何やら態度が一変してる。
「だってお兄さんでしょ。違うの?」
「まあ、そうなんだけど今朝まで罵倒して呼んでたよね?」
「それは、お兄さんのことよく知らなかったからよ。今は違うよ」
何やら裏がありそうな顔だが、落ち着いてきたようで安心する。
「茜父の件でござるが、主人の会社の子会社のようですぞ」
本社もこれからなのに、子会社までは全く手をつけていない。
ルナは既に子会社まで調べているようだ。
「そうなんだ。怪我したって言ってたけど、今は完治してるんだよね?」
「茜ちゃんからの情報では、そうです。取引先に行く途中で交通事故を起こしたようです。ですが、茜ちゃんから話を聞くと少し変なのです。運転してたのは違う人間で茜父は助手席に座っていたようなのですが、運転してた扱いになっているんです」
「まさか、その人の代わりに責任を取らされてクビになったと?」
「まだ、憶測の段階ですが間違いないかと」
怪我して責任まで取らされたんじゃやってられないよな……
「前職は営業のようですし、主人の会社に移動させたらどうですか?何やら営業第2課は人不足なようですし、ニンニン」
全くルナには敵わないなあ〜〜
「それでしたら、既に手配は済んでいますよ。来週から近藤商事の営業2課の課長として配属されると思います」
さすが楓さん、何から何まで有能すぎる。
それを聞いていた茜ちゃんは何だか嬉しそうだ。
「茜ちゃん、良かったな」
「うん、ありがとう、お兄さん」
前の姿を知ってるだけに、こう素直だと少し怖い気がする。
「これで、少しは将来の夢が変わったかな?」
「もう、変わったよ。だって、ここにいる女の人はどこのキャバ嬢よりも輝いてるもの。だから、私決めたんだ」
「うん、そうか、なんか安心したよ」
「私ね、お兄さんのお嫁さんになる!」
前言撤回、少しも安心できんわ!
◇
皆んな揃っての夕食は、とても賑やかだった。
そんな中、桜子婆さんから手招きされる。
「ボン、前にお祓いを受けたいって言ってたわな?」
「そうだけど、連絡してくれたの?」
「まあ、我の昔の知り合いだが、行ってみるか?」
そう言われて何度もクビを縦に振る。
正直、これ以上巻き込まれて余計な仕事が増えたら精神がもたん。
「ほら、これが連絡先じゃ」
住所を見ると学校の近くのようだ。
「割と近いね。京都とか奈良に行くハメになるかと思ってたよ」
「連絡を取って我もこんな近くにいるとは思わなんだ。長く生きてると驚くことも多いわ」
そう言いながらお茶を飲む桜子婆さんは、俺を見つめて、
「ボン、お主も気づいておろうが、死相とは違う何か不吉な相が出ておる。近々その身に災いがおきそうじゃ。気をつけるが良い」
「そうなんだよね。脇腹のあたりに異変があるみたいなんだ」
「お祓いしてもらって、きっちり厄を落とすんじゃな」
やはり桜子婆さんも気づいていたか。
脇腹の黒さは日に日に濃さを増していく。
何か対策をしなければ……
浩子さんと話をしている楓さんを呼んで、その件について相談してみた。
「そうですか、では、研究所の人達に相談してみますね。何か良いアイデアがあるかもしれませんので」
貴城院研究所。
あの警察署を一撃で壊した衛星からのレーザー砲を開発した人達だ。
ヘリコプターから落ちた時もフライングスーツのおかげで命拾いした。
「俺からも連絡入れてみるよ」
「そうして下さい。皆さん、喜びますので」
東京都のハズレにある研究所にはなかなか出向くことはできないけど、まだ前回のお礼も済んでないし連絡だけは入れておこうと思う。
お礼……そうだ。あの女性刑事と一度は食事に行かないと。
俺はスマホに記入してある予定表と睨めっこして、行けそうな日を探すのだった。
◆
都内にあるファミリーレストランの座席で大きめな声を出しているグループがいた。その見た目の悪さから店員も注意しずらい状況のようだ。
「なあ、凛花。戻ってこいよ」
「たっくん、何度も言ってるけどそれは無理」
「なんでお前は、そんなに変わっちまったんだよ」
「私達はもう高校3年だよ。たっくんはダブって2年生だから、まだ実感ないと思うけど、受験あるしバンド活動はしてられないよ」
駒場卓人は、幼馴染でバンドのメインボーカルでもある田無凛花にバンドに戻りように説得していた。
「凛花、受験ってあの男と同じ大学に行くつもりなのか?」
「そうよ。悪い?」
「そんなにあいつの事が良いのかよ!」
「あいつとか言わないで!久米川さんは、誠実な人なんだから。彼も大学三年生でそろそろ就職活動が始まるの。私が受かっても一年しか一緒にいられないのよ。浪人なんてできないし今は勉強に力を入れたいの」
同じテーブルに座っている男性2人は今までは2人のやり取りを黙って静観していたが、ひとりの男性が声をかけた。
「卓人、凛花ちゃんは俺達と別の目的ができたんだ。俺達は、凛花ちゃんが無事合格できるように見守ってやろうぜ」
「ありがとう、花小金井君」
「そうだな。残念だけど凛花ちゃんの新しい夢を応援してやろうぜ」
「小平君もありがとね」
そう、みんなから言われても駒場卓人の顔は優れなかった。
「悪いけど、私はそろそろ帰るから。私の分はこれでお願い」
そう言って田無凛花はテーブルに1000円札一枚を置いて店を出て行った。
「卓人……」
「卓人は、何でもっと早く凛花ちゃんと付き合わなかったんだ?ずっと好きだったんだろう?」
「わりー、今はそっとしといてくれ」
駒場卓人は、そう言いながら果てのない先を見つめているのだった。
◆
アメリカとメキシコとの境の都市、エル・パソのダウンタウンにあるビルの地下室に降りて行くひと組の男女がいた。
「ほら、食事だよ」
アルミの器に盛り付けられた雑多な食べ物は、女の手によって投げられ床に散乱した。
「おい、もう少し丁寧に扱ったらどうなんだ?」
「じゃあ、お前さんが世話しなよ。こんな薄汚い化け物、誰が好んで世話するんだ?」
赤い服を着たその女は、そう言って階段を昇って行った。
「全く俺が世話するわけねえだろうに」
男はメガネをクイっとかけ直す仕草をして化け物と呼ばれた生き物を観察する。
醜い緑色した生き物は、床に散らばった食事を我先と他の仲間を押し退けながら食べていた。
「醜いねえ〜〜ブローカーのリャンだっけ。こんな素材しか見つからなかったのかよ。全くしけてるぜ」
醜い緑色の生き物が争いながら食べる姿を見てメガネをかけた男は思った。
「俺も一歩間違えばお前達のようになってたのか?まさかな。俺は違う。ほら、この通り」
そう言った男の背中からは黒い羽根が生えて出てきた。
顔も犬のような形相になり、その姿は創作話に出てくるガーゴイルそのものだった。
「ハハハ、どうだ。この姿は。俺はお前達とは違う、違うんだ」
そんな高笑いが地下室にこだましていた。
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