第55話 御曹司の部活は


「何で美鈴ちゃん達がこの学校に来てんの?」


心の中で思いっきり叫んだ俺は、思考を巡らす。


きっと角太は知っていたのだろう。

最近、疲れた様子だったし、この件で学校内での調整で忙しかったのか?


そりゃあ、セキュリティの問題もあるし、何かあったら大変だ。

だから、このクラスを急遽設けたのか?


何故教えてくれなかったんだ?

ちゃんと報告しようよ。

そうすれば全力で阻止したのに……


俺は別に彼女達が嫌いなわけではない。

でも、彼女達はとにかく目立つのだ。

容姿も身にまとう高貴な雰囲気も多くの人目を引く。

『陰キャ』として学校生活を送る俺にとっては核爆弾に値する威力を美鈴ちゃん達は兼ね備えているのだ。


そう、以前の俺のように……


「はい、では好きな席に着いて下さいね」


先生に言われて美鈴ちゃん達は、俺の方に近づいてきて空いてる席に腰掛けた。


チラリと俺の方を見る美鈴ちゃんのその顔は、悪戯が成功した幼子のような屈託のない笑みを浮かべていた。


1時間目の授業は簡単な自己紹介を配られた用紙に記入するものだった。

後で人数分コピーしてみんなに配るようだ。


それとクラス委員長を決めた。


先生は、2〜3年生になってもらいたかったようだが、みんな乗り気じゃなさそうなので先生の推薦で涼華がクラス委員長になった。


そして、休み時間。

俺は颯爽とトイレの個室に向かう。

そして、スマホを取り出して嘉信叔父さんに電話をかけた。


『もしもし、光彦です。嘉信叔父さん、美鈴ちゃん達が俺のいる学校に転入してきたんだけど』


『うん、勿論知ってるよ』


『そうじゃなくって、何でこうなったのさ』


『僕が家族思いなのは知ってるよね?美鈴の意見を聞いて安全性を考慮して考えた結果だよ』


『安全性なら前の朱雀学園の方がよっぽど良いでしょう?』


『そうだね。でもね。そこの学園に通っていてあんな目にあったんだよ。まだ、良からぬ者がいる可能性もあるしね。それと、今光彦君が通っている学校は朱雀学園並みの安全性があるからね』


『そんなわけはない……』


すると間髪入れずに嘉信伯父さんが話しかけてきた。


『だって、光彦君が通ってる学校だよ。この日本でこれ以上の安全な場所はないんだよ。まあ、美鈴達をよろしくね。それと、良からぬ事をしたらわかってるよね?光彦君』


『……わかってますよ。でも、知らないからね。ここは普通の学校だから家柄とか身分とか考慮されないよ』


『その点は美鈴達にも言ってあるよ。かえって嬉しそうだったよ』


美鈴ちゃん達がこの学校に来てる時点で嘉信叔父さんに話しても無駄だとわかっていた。


それに、近藤商事との会食の時に、帰り際に叔父さんと智恵さんのお父さんである三条さんに『娘をよろしく』と言われた事を思い出した。

あの時既にこの件は話がまとまっていたのだろう。


トイレを出て教室に向かう。

この教室は特別棟の2階にあり、他の生徒達とは離れている。

因みに、俺達が利用する地学準備室は、この棟の一階だ。


はあ、何でこんな事になった?


そんな思いを抱きながら廊下を歩いていると三条さんが俺の方にやってきた。


「光彦さん、お久しぶりです」

「ああ、うん、そうだね」


「光彦さん、何で黙ってこの学校に通ってたんですか?それにその格好はどうして?」


智恵さんの真剣な眼差しを見て、一瞬しりごみするが本当のことは言えない。


ラノベ読んで『陰キャ』に憧れたからだと……


「貴城院ではね。15歳になるとプレゼントという試練が与えられるんだ。愛莉姉さんは会社を、俺は市井での暮らしの中で優秀な人材を見つけること、それが俺の与えられた試練なんだよ」


「そうでしたか……さすが貴城院家ですね。でも、何で身を隠すような真似を?」


「貴城院の名は大きすぎるんだ。その名前に寄ってくる人物ではダメだと思った。だから、姓を変えてこの姿でいるんだよ」


「そういうことでしたか、納得です。ですが、一言美鈴さんに伝えても良かったではないですか?美鈴さんは、進級してから光彦さんを必死で探していたんですよ。朱雀学園にいないとわかった時どれだけ落ち込んでいたのか光彦さんにわかりますか?」


その点については何も言えないな。

悪いのは『陰キャ』を優先した俺だし……


「そうだね。俺が悪かったと思っているよ。後できちんと謝るから」


「そうして頂けるなら私からはこれ以上何も言いません。それと、あの時私達を助けてくれてありがとうございます。お礼を言わずじまいでしたので」


「結果的にそうなっただけで、助けたのはルナや美里さんだったはず。俺は直接は何もしてないよ」


「そんなことはありません。美鈴さんにもらったバッグを取り返すためにヘリに捕まりそこから落ちたのですから。私は一部始終見てました。あの時の光彦さんは立派でした」


そんな解釈になってるの?


「う、うん。大切な物だったからね」


「でも、危険な真似をもう二度としないでください。美鈴さんもそう思っているはずです」


「うん、わかった」


智恵さんは言いたいこと言ったようでスッキリした顔に戻っていた。


「美里さんは美鈴ちゃんの護衛官だからわかるけど、何で智恵さんまでこの学校に来たの?」


すると、智恵さんは少し顔が赤くなって「美鈴さんの友達として当然です。それと……あとは秘密です」とさっきまでの勢いではなく声は小さく控えめになっていた。





昼休み、地学準備室にいる俺達は改めて美鈴ちゃん達を皆んなに紹介した。

木葉や美幸は、初めて話をするので少し緊張気味だ。


「木崎美幸って言います、よろしくです」

「……植松木葉。光彦とは苔仲間」


「桜宮美鈴です。光彦くんとは従兄弟になります。木崎さんとは初めてですが、植松さんの話は愛莉様や可憐ちゃんから聞いてますよ。それに植松の源次郎さんはうちのお庭の管理をしてもらっているので源次郎さんからも話は聞いてます。お二方、気兼ねなく普通に接して下さいね」


美鈴ちゃんからそう言われて少し緊張が緩んだ美幸は、素にもどりいつものギャル語で話かけていた。


木葉は相変わらず言葉少なめだ。

今は会話よりお弁当に夢中になっている。


そんな木葉を見て朱雀学園からの転入組は微笑ましい顔を浮かべていた。


周りが女子達ばかりなので少し居心地が悪いが、俺以外は楽しそうに会話しながらお弁当を食べている。


「そういえば部活はどうなったんだろう?確か先週入部の締め切りだったはずだけど?」


ふと思い出したので言葉にすると、涼華が


「あれ、言ってなかったかしら?光彦君も私達も地学部になったわよ」


「えっ!?聞いてないけど?それに涼華は剣道部じゃないのか?」


「誘われたけど断ったわ。私は剣道じゃなくて剣術が好きなわけだし、怪我させるわけにもいかないからどうしても相手に手を抜いちゃうのよ。そんなの真剣に部活に取り組んでいる子達に失礼でしょう」


「ミッチー、私も地学部だし」


美幸は、嬉しそうに言うけどどんな活動するのか知ってるのか?


「じゃあ、私も地学部に入れてもらえますか?」


美鈴ちゃんがそう言ってきた。

すると必然的に他の2人も同調する。


「入部は大丈夫よ、これから作るから」


これから部を作るんかい! 

思わず涼華につっこみを入れるとこだた。


まあ、新しい部活なら気兼ねなく過ごせるしね。


そんな事を思っていると楓さんから電話が入った。


要件は。明日お昼に近藤商事に行かなくちゃならない事、そして、ヘリから落としたバッグをネコババした犯人が捕まった事だ。


しかし、その犯人は……


「ミッチー、どうした?」


俺は美幸の顔を見てたようで、それを気にした美幸が問いかけてきた。


「ああ、ちょっと考えごとしてた。すまん」


「もう驚くっつうの!マジな顔してあっしを見つめてるし、惚れられたのかもって思ったし」


そんな事を言うのでみんなが俺に注目する。

居心地が悪くなった俺はトイレに行くのだった。





「言えるわけないよなあ〜〜バッグをネコババした犯人が美幸の別れた父親だって事を……」


楓さんから聞いた犯人の素性が美幸の父親だと言われ動揺した俺は、何も言えなかった。


校舎を出て、少し周りを散歩する。

運動場で部活の練習する声が聞こえてきた。

思わず声のする方に行くと大輝先輩がノックをしている。


大輝先輩頑張ってるなあ〜〜


そんな大輝さんを見ながら校舎に戻ろうとすると、校舎の裏側の林の手間にあるベンチに同じ特進クラスの坊主頭の先輩がひとりでパンを食べていた。


確か、名前は……


「池上先輩、ひとりでお昼ですか?」


そう声をかけると驚いたようにこちらを見た。


「き、き、君は水瀬君だったね」

「そうです。隣いいですか?」


「か、構わないけど……」


聞き取りにくいほどの小さな声で了解の返事をもらえたようだ。

俺が隣に座ると池上先輩は見ていたスマホをそっと隠した。


でも、俺は見えてしまった。

あの『ニート転生』に出てくる女性キャラのひとり『ロカシー』がホーム画面に設定されていた事を……


「池上先輩、もしかして『ニート転生』好きなんですか?さっきのスマホにロカシーがホーム画面に設定されてましたよね?」


俺は少し興奮してたようだ。

思わず、池上先輩に詰め寄っていたらしい。


「み、み、水瀬君、落ち着いてくれ。た、頼むから」


「あ、すみません。つい興奮してしまいました。俺もあの作品が好きなんでつい……」


「そ、そ、そうか。水瀬君もす、好きなんだ」


「ええ、初めて読んだ作品が『ニート転生』でした」


「う、うん。お、面白いよね。ぼ、僕もだ、大好きな作品のひとつだよ」


池上先輩は、そう言いながらとても良い顔をしていた。


「ぼ、僕の喋り、変だろう?き、吃音って言って言葉にする時吃ってしまうんだ。だ、だからあんまり話はす、好きじゃないけど『ニート転生』の話なら別だ」


「そうなんですね。こう言ったら失礼かもしれませんけどそんなに気になりませんよ。それより、先輩は『ロカシー』推しなんですか?僕は『チャリエット』推しなんですよ」


「チ、チャリエットもいいよね。ハ、ハーフエルフはみ、魅力的だし主人公のお、幼馴染ってのもポイントが高いよね」


「そうなんですよ。でも、魔法の師匠でもあるロカシーも好きですよ。それに家庭教師の生徒でもあるエマリーも暴力的だけど主人公に一途なところが好きです」


「そ、そうなんだよ。あの作品に出てくる女性キャラはみ、魅力的な女の子が多いんだ」


うん、うん、そうだよね〜〜

ああ、いいなあ、こう言う会話。

こういう話をしたかったんだよ。

ああ、癒される……


そんなこんなで昼休みの時間、池上先輩と共通の趣味の話で盛り上がったのであった。


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