第91話 御曹司、ランニングをする
あれから、大騒ぎした『コミー・マート』の30周年パーティーも、何とか軌道修正して無事に終わった。司会の男性が優秀だったおかげだ。
小宮弥生さんから何度もお礼を言われ、父親からは、『コミー・マート』の無料券をもらってしまった。きっと浩子さん達が喜ぶだろう。
警察の手が入った市会議員と銀行の支店長は、暫くは警察の事情聴取を受けるだろう。
そして、我間修斗は反省したのかどうかわからないが、イジメられていた事実はあるのでその旨を朱雀学園に報告をしておいた。あとは、本人次第だ。
しかし、今回は出番がなかったなあ。
木葉達は、宴会に出された料理を食べていた。
全く、安定感のある自由さだ。
それで、今朝、木葉や美幸達がくるより早く起きてジャージに着替える。
師匠に言われたからではなく、時間がある時は走る事にしたのだ。
玄関を出ると、涼華が庭先で剣を振っていた。
「おはよう、涼華」
「あ、光彦君、おは。で、その格好は?」
「少しその辺を走ってこようと思ってね」
「なら、私も付き合うわ」
涼華と二人で走る事になってしまった。
軽く準備体操をして門の外へ。
走りながら周囲の景色を見渡す。
引っ越してきても知らない場所がまだ多い。
基本、家と学校へ行く道順しか知らない。
「光彦君、こっちの方が景色がいいわよ」
涼華は、何度も走っているので、良いランニングコースを知ってるようだ。
「もう時期ゴールデンウィークね。ジュネーブに行く用意はできたの?」
「いや、まだ何もしてないよ。そういう涼華は?」
「基本制服でしょう?着替えは少し持っていこうと思ってる。それから、私が持ってる刀何だけど持ってくのは無理だよね?」
「そうか、学校行事だからどうなんだろう?後で角太にでも聞いてみれば?」
「そうしてみるよ」
涼華の案内でランニングコースを走る。
因みに、3キロ、5キロ、10キロコースとあるらしい。
今日は、最初なので3キロコースを走っているようだ。
「こっちに来てもう慣れたよな?でも実家に帰らなくていいのか?」
「うん、今はスマホで顔を見ながら話が出来るし離れていても寂しくはないわ」
考えれば便利な世の中だ。
「光彦君とこうして2人きりって久しぶりね」
「そうだね。最初の頃の涼華は尖っていたけど最近は大人しいよね」
「だって、しょうがないじゃない?田舎から出てきて右も左も分からない状態で、強がっていなくちゃ心がもたないわ。でも、友達や知り合いが増えて、今ではみんな家族みたいに思えるの」
涼華なりに不安を抱えていたのだろう。
「それに、剣術していて良かったなって改めて思うのよ。私、最初は好きで剣術してたわけじゃないの。だって、友達とも遊べないし、帰ったら直ぐに鍛錬でしょ。それに、可愛い服とか着たかったし」
「そうか……」
「でもね、お父さんが亡くなって仇をいつかとるんだって必死になって鍛錬してお爺ちゃんと互角に戦えるようになった時、思ったんだ」
「何を思ったの?」
「私の人生はここから始まるんだなって」
「それはどういう意味?」
「今までは、やらされていた感がどこかにあったんだよ。初めはお父さん、そしてお爺ちゃんにね。だから、そのレールに乗ってればよかっただけなんだ。でも、今は自分でレールを轢かなくちゃいけない。未来に向けて走り出す為に」
精神的に自立しようと思ったのか……
確かに俺も小さい頃から習い事ばかりで遊ぶ暇などなかった。
とにかく与えられた課題をこなすだけの日々だった。
でも、それだけでなぜか安心した気になっていた。
だが、今は少し違う。
今日、こうやって走ることも自分で決めた。
誰かに毎日走りなさいと言われたわけではない。
まあ、師匠に少し言われたけどね、でも、今こうして走ってるのは自分の意志だ。
まだまだ、楓さんやルナとかに頼りっぱなしだけど、俺も少しづつ自立してきてるのか?
「そうか、涼華は俺より先に大人になったんだな。俺は、まだまだダメみたいだ」
「違うよ。私がこう思えるようになったのは、みんなのおかげ。光彦君や美鈴さん達から良い影響を受けたのよ。だって私なんかじゃもっと努力しないと釣り合いが取れないでしょ?」
「そんなことはないと思うけど?」
「ううん、私自身がそう思ってるからこれだけは譲れない。もっと、努力して素敵な大人になりたい」
そう言う涼華は、既に目的である終着点を見据えてレールを敷いた後に思えた。あとは、がむしゃらに走るだけだ。
「そうか、なら俺も頑張らないとな。涼華には負けたくないし」
「あら、光彦君は私に勝つつもりなの?それは当分無理な相談よ」
そう言って涼華はスピードを上げた。
毎日鍛錬してるだけあって、正直追いつくので精一杯だ。
だが、負けてやるものか!
だが、結果は……
「私の勝ちね」
そう言って涼華はニコリと笑った。
◇
朝から本気マラソンをしたせいか、足が疲れて歩くのがしんどい。
学校に向かう途中で、美幸に声をかけられた。
「ねえ、ミッチー。さっきから歩き方変じゃね?」
「涼華と走って、少し気張りすぎたんだ」
「光彦、苔友はインドア派。アウトドアは向かない」
まあ、木葉はそうだけど、俺は違うと言いたい。
「ところで、道違くないか?要さんちに寄らないと」
「そうだ、要っちは今日はお休みだよ。何でも親戚の法事で昨日から出かけてて今日の夜に帰ってくるって連絡があったよ」
そう言うことか。なら、もっと早く教えてくれてもいいと思う。
「法事って霊とか大丈夫なのか?」
「さあ〜〜、でも御守りあるからってチャットに書いてあったよ」
女子グループには、そういうやりとりがあるようだ。
要さんちに寄らないので、いつもより早く学校に着いた。
すると、山川君が声をかけてきた。
「おはよう、水瀬君」
「うん、おはよう。何かあったの?」
情報通のオタク、山川君が話しかけてくるってことは新たな情報があるらしい。因みに、この間のドール職人からの連絡は一切無い。
「実はこれをコンビニで買ってきたんだ。女子向けだから買うのに緊張したよ」
そう言って、その雑誌を見せてくれた。
「あっ、POPOTEENじゃん。今日発売だっけ?」
目敏い美幸がその雑誌を見て叫んだ。
「う、うん、そうなんだ。木崎さんも読んでるんだね?」
山川君は美幸に話しかけられて少し緊張してるようだ。
「もち、読んでるよ。立ち読みがメインだけど」
買った方がいいぞ……
「実は、男の僕がこれ買ったのには訳があるんだ。じゃあ〜〜ん。これを見てよ」
山川君が開いたページには、ベゼ・ランジュの新商品の広告とミチルと俺が写っていた。しかも、キスシーンまでのってる。
「あ、ミッチーとミチルじゃん。可愛いよね〜〜」
美幸は雑誌を覗き込んでそう言った。
だが、俺はその雑誌を直視できない。
何故ならそのキスシーンを思い出してしまったからだ。
「キスって美味しいのかな?」
また、木葉がそう呟いた。
思春期なのだから仕方ないが、木葉が言うと何故か『ドキッ』っとする。
「そうか、ミッチーとミチルの特集なんだ。今回は買うわ」
美幸、毎回買ってあげて。
出版社も大変なんだから……
「水瀬君も欲しかったら僕みたいに勇気を出して買った方がいいよ」
絶対買わねーー!
何が悲しくて、自分の女装写真がのってる雑誌を買わないといけないんだ。
山川君は、そう言って似合わない爽やかな笑顔をむけて自分の教室に向かって行った。
俺達も自分の下駄箱に向かう。
美鈴ちゃん達の下足入れには、相変わらず手紙が入っていた。
だが、その量は前ほどではない。
「美鈴っち達、モテモテじゃん」
これは、また地学準備室行きかな?
そして、教室に入理由席にすわる。
スマホを取り出して読みかけのネット小説を読み始めて、暫くして声をかけられた。
「よお、水瀬」
「駒場先輩、おはよう御座います」
「水瀬、今日放課後暇か?」
「特に用はありませんけど?」
「なら、ちょっと付き合え。行きたい場所があるんだ」
「構いませんけど」
「じゃあ、放課後な」
そう言って、駒場先輩は、自分の席に座りヘッドホンをかけて音楽を聞き出した。
行きたい場所って何処なんだろう?
そう思いながら、またスマホのネット小説を読み始めるのだった。
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