蛇の足音
「あ〜あ、遅かったか。つーか二人とも電話出ろよな!」
「睨むなよアルバ。先に言っとくが、俺たちだってあいつらがいるのさっき知ったんだからな」
リオたちの到着に気が付いたらしい。スーツ姿のアドルフォ、ファロが近寄ってきた。盛大に舌打ちするアルバに面目なさげな二人である。
「このパーティ、出資者向けの創立記念イベントみたいだな。さっきバレリアが理事長と話して俺たち留学生チームはゲストとして招かれたことになった」
「そーそー。どっかの老人が俺らを勝手に招いたみてーだからな」
ちろりとアドルフォに言われて目をそらす。
間違いなく総二郎のことであるが、当の本人はすでに向こうで若い女性たちに囲まれてご機嫌だ。
「リオ」
ぎゅっと腰に腕を回される。
振り返ると、ミモレ丈のブラックドレスを着たススピロが愛らしくこちらを見上げていた。
「か、かわい」
袖口からは白のレースがのぞいて、シックなのにキュート。うそ。とてもかわいい。リオが思わず呟くとススピロは恥ずかしそうに目線を逸らした。
「あら、リオったらそんなドレス持ってた?すっごく綺麗じゃない」
「こないだ首領が新調してた奴じゃね?前の黒いのは飽きたって」
「バレリア、ノーチェ……」
ぞろぞろと集まり出すといやでも目立つのが彼らである。
フェイクファーの黒いドレスをまとったバレリアなんか海外のセレブもさながらだし、ノーチェも今日は豊かな赤髪を後ろで結んで小綺麗にしている。
美の集合体みたいな空間に周囲からは嫌と言うほど視線が集まり、そのくせ周りには不思議と空間が空いた。
「なあ、あっちに席とってあるから行こうぜリオ」
「うん」
「アルバも、今日は少し飲んだらいいさ。いい酒があるって聞いたから来たんだろ?学生だからと煩く言う奴がいたら俺たちが黙らせるさ」
「当然だ」
ノーチェたちに促されて歩き出した面々は、一様にぴたりと足を止めた。
生徒会の面々がいる方向から嫌な声が聞こえたからだ。
「………
気付いたのは全員同時だったらしい。苦々しい顔でアドルフォが吐き捨てた。
「これ多分、藤野
「マジ?あのチビデブ?見えんの?どこ?」
「見えないけど、ほら」
ノーチェの問いかけにバレリアは首を振り、細長い指先をすいっと手前に動かした。さっきまで総二郎が座っていたはずのソファーが空になっている。
「総二郎様、一瞬で逃げちゃったもの。たぶん因縁つけられるのが嫌だったのね」
あんまり話せなくて残念だわ、と肩を落とすバレリア。
一体いつから祖父のファンなのか。それについてはそのうち聞くとしよう。
「……アルバ」
「駄目だ」
小さく口を開けば食い気味で断じられた。
「でも……」
「関係ねぇ。傍にいろ」
しばらくじっと見つめていると、沈黙ののち、再度アルバは舌打った。例の薬について探るためには、今が好機であることは彼も分かっているのだ。
なんせここは、学校という教育の舞台ではない。
思惑渦巻く社交と取引の場なのである。
「貸しだぞ」
ため息を吐いたアルバが、名残惜しげにリオの頬を撫でる。一房すくわれた髪に唇を落され、リオは真っ赤になって固まった。
「俺の目の届くところにいろ」
「……はい」
逃げるように足早に離れていくリオを見送ったアルバは、先程の砂糖を煮詰めたような眼差しから一点、機嫌の悪さを隠そうともしない低い声で言った。
「
**
この社交の場に生徒会のメンバーがいることは、撫子にとっても予想外のことだった。当然、彼女に取って不都合など一つもないが。
「廻神先輩、こんばんは」
小さく会釈すると耳の上の藤の飾りがしゃらりと揺れた。
白と薄紫色の着物は当然、彼女のためだけに仕立てられている。
「……藤野……!」
廻神が大きく目を見開く。彼もまた撫子がここにいるとは思わなかったのだろう。撫子を見て言葉を失くしているのは、彼が和装の自分に見惚れているためだと撫子は素直に解釈した。
「放課後ぶりです。今日はご招待いただきありがとうございました」
「……あ、ああ」
(お父様に言われて仕方なく来たけど、彼と親交深められるならラッキーよね)
「撫子!」
声に振り向くと、綺麗な金髪が目に飛び込んできた。
「ミナト君!」
「びびった、お前も来てたんだな」
「うん。お父様がご招待を受けたみたいで」
「そっか」
旧友に再会したかのように美しい相好が崩れるのを見て、撫子は優越感に浸った。やはり、五十嵐は完全に飼い慣らせていると言って良いだろう。
「あれ?東君は?」
「……あいつ、お前のことがあってすぐいなくなっちまって」
リオにされたのだと痣だらけの腕を見せたのは数時間前のことだ。撫子はほくそ笑みたくなるのを堪えて、そっか、と悲しげに俯いた。
「私が黙ってればよかった。ごめんね」
そんなわけないだろ。お前は一つも悪くない。
そういう声が返ってくると思ったのに、五十嵐は何か言いにくそうに言葉を探したあと「……撫子」 と口を開いた。
「明日、昼休みにちょっと話せねー?」
告白、という雰囲気でもなさそうだ。撫子の中に微かな懐疑心が湧いたが、当然そんなものは表面には出さない。
「もちろんいいよ!」
答えると、五十嵐はほっとしたように「サンキュー」と笑った。
(……まさか、ね)
「それにしても、すげーパーティだよな!俺ら完全に場違いじゃね?」
話を変えるように伸びをする五十嵐に、撫子も応じる。
「ほんと。緊張しちゃうよね」
「お、撫子も?」
「私だってはじめてだもん」
くすくす笑いながら、撫子は目ざとく周囲を見回した。ばちっと視線が絡む。
敵意を込めた視線をこちらに向けているのは伊良波だった。
「……」
かと思えば、それはふいとそらされた。
撫子も視線をもとに戻す。
(……伊良波巴。どうにか手に入れたい駒の一つだけど……、あの女と仲が良いのよねえ。私のことも敵認識してるみたいだし。まあ、標的にしちゃえば一瞬で落とせると思うけど)
「藤野さん!」
「わ!那由多君」
「きゃー、撫子さん、きれい!」
「刹那ちゃんも来てたんだ!ふふ、嬉しいなぁ」
料理の乗ったプレートとともに駆け寄ってきた二人をよしよしと撫でる。彼らのことは、廻神攻略のために春の時点ですっかりと味方に引き入れている。
(やっぱりこの子達使うのが手っ取り早いかなぁ。聞く話じゃかなり兄弟愛強いらしいし……。そうだ。千紘はこないだの圭介の件から距離置かれてるみたいだから、
淑やかな微笑みの裏で残酷な思考を膨らませていた撫子は、ふと、周りが静かになっていることに気がついた。
顔を上げる。
ぽかんと口を開けた五十嵐と、その向こうに、真っ赤になって硬直している廻神と伊良波がいる。
(なに……。なんなのよ!?)
彼らの視線は撫子の背後に向けられていた。
「…………あの」
聞き覚えのある声に、撫子は一気に青ざめ、ゆっくりと背後を振り返った。
目の覚めるような深く青いドレス。
衆目に晒され、俯いたリオが、はずかしそうに言葉をつむぐ。
「私も、混ぜてくれないかな……?」
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