episodio2

愛も恋も語らせて

「はあ゛!!??」

「来てたって??昨日か??」


 今朝もまたアドルフォ、ファロと共に朝食をとっていたリオは、二人が珍しく声をあげたので驚いてスクランブルエッグを落としてしまった。

 どうやら二人は昨日のアルバの来訪を知らなかったらしい。


「あの野郎、戦場ほっぽり出して来たのかよ!」

「……まあ、有り得なくはないな。リオの誕生日だし」

「――ハッ!まさか昨日急に東京郊外の仕事言い渡されたのって!」

「俺たちに邪魔されたくなかったんだろ」

「あの野郎!!」

「なんかごめん……」


 昨夜渡せなかったからと、リオの前には二人からもらったプレゼントが置かれている。ファロからは上品なブレスレットと、アドルフォからは可愛らしい日本デザインのマグカップだ。


「そんで、アルバからは何貰ったんだ?」

 にやにや尋ねてくるアドルフォに、もらってないと言えば、ぎょっと目を剥かれた。

「はあ!?」

「仕方ないじゃん!アルバ、日本の滞在時間2時間ちょっとだったんだから!来てくれただけで嬉しいからいいの!」

「だからって、アルバがお前に何も用意してこないわけねえだろ……」

 ドン引きの顔でリオを見つめるアドルフォ。

「何かあるぞ」

 確信した顔で頷くファロ。

「もう。だから言ってるでしょ?アルバ本人がプレゼン「アルバ様からの贈り物なら既にいただいております」……え?」


 振り返ると、今日も襟首までぴっしりボタンを留めたジルの姿があった。


「おはようございます。リオ様、ファロ様、アドルフォ様」

「お、おはよう」

「今からご案内しますので、どうぞこちらへ」


 ジルに案内されたのは、リオたちが滞在していたホテルから徒歩数分。ある有名ブランドが手がける最高級ホテルのスイートルームだった。

 キングサイズの寝室の横に、ツインベッドの寝室が一つ(こちらはファロたち用だろう)。

 最上階らしく文字通り東京が一望できる。夕朝食は毎日部屋に運ばれるようで、もちろん館内のスパや施設、プール、ラウンジは使い放題。部屋付きコンシェルジュの話によれば、先1ヶ月の予約を全てキャンセルして入れ込んだらしい。たぶん相当な――本当に相当な額がばら撒かれている。


「あ、東京タワー。ちっちゃい」

「戻ってこいリオ!!!」

「ほんとやることが桁外れなんだよな、俺たちの首領は」



***



 朝からどっと疲れた気持ちで学校に着いたリオは、今朝は撫子が寄ってこないことに気がついた。ちらりと見れば視線がぶつかった――かと思えば、どこか怯えたように逸らされてしまう。

(なんだあれ)

「おはよう、リオちゃん」

 顔を上げれば、クラスメイトの女の子たちがもじもじと立っていた。


「おはよう。どうしたの?」

「……あのね、実はちょっとお願いがあって」

「お願い?」

「――これ!」

 差し出されたのは、グリーンの包装紙に包まれたプレゼントだった。


「……瀬川君に渡して欲しいの」

「せがわくん」

「ほら、昨日ここに来たでしょ?あの剣道部の」

「ああ、あの大きい」

「それは王凱君!リオちゃん、ほんとに剣道部の人たちのこと知らないんだね」


 周囲の子たちは呆れたような、それでいてどこかほっとしたような顔で言った。

 瀬川君は、どうやらあの無表情の少年のことだったらしい。


「先週、瀬川君誕生日だったんだけど、私接点なくて……でもせっかく選んだからもらって欲しくて……」


 頬を真っ赤にして言う彼女に、リオの胸はきゅんとなった。

「自分で渡さなくていいの?」

「うん、だって……」

「宮城さん」

 するっと彼女の腕をとり、そこにプレゼントを握らせる。

「大好きな人へ贈り物をする時は、自分にもちゃんとご褒美をあげなきゃ!ありがとうって、彼が喜ぶ姿も見たいじゃない」


 リオの恋人は残念ながらリオの喜ぶ顔は見ずに去ってしまったが、次会った時には目一杯の感謝を伝えるつもりだ。もちろんハグもキスも添えて。


「もしよかったら私も付き添うから、今日一緒に渡しに行きましょう?」

「リオちゃん……」

「彼だって、あなたから貰ったほうが嬉しいと思うよ」


 告げると、彼女――宮城さんは嬉しそうに頷いて、プレゼントを大事に鞄の中にしまった。今日の放課後はちょうど剣道部に見学に行く日だったからちょうどいい。

 放課後の約束をして別れると、後ろから「へー」と低めの声が届いた。

 リオは無視した。


「ずいぶん優しいんだな、リオちゃん」

「……」

「俺も女の子からよくプレゼントもらうけど、間接的に渡されたのって誰から貰ったか分かんねーんだよな」

「……」

「でもうちの剣道部が何であんなにモテんのかは全然わかんねー。むさ苦しいし暑苦しいし。剣道バカしかいねーじゃん」

「……」

「言っとくけど、無視し続けたら永遠に話し続けるからな俺は」


 リオは大きなため息をついて振り返った。

 そう、後ろの席は何と面倒臭いことにこいつ――五十嵐ミナトなのだ。

 朱音はさぞ嬉しかっただろう。リオは違うが。


「うるさいんだけど」

「マジで辛辣しんらつ

「何か用?」


 尋ねると、にっこり笑う五十嵐。 

「別に。おはよって言おうと思っただけだぜ、リオちゃん」

「おはよう」

 それだけ言って前を向こうとすると、「リオちゃんって恋したことなさそーだよな」と聞き捨てならない言葉が飛んできた。

「は!?」

 思わず目を見開いて彼を凝視する。


「だってさっきのアドバイス。恋に憧れる乙女みたいだったじゃん? リアリティ皆無。少女漫画の読みすぎ」

「な、何ですって」

「本当に恋したことあるやつなら、あの子みたいに臆病になる気持ち分かるもんだろ。ふつーは寄り添って相談乗ってやったりすんじゃねーの?」


 う、と思わず言葉に詰まる。

 彼女はもしかしてそれを望んでいたのだろうか。リオにだって、恋に臆病になる気持ちはわかるつもりだ。

「でも」

 だけど、それよりも。


「私は、好きになったら、何度だって好きだって言うもの」


 リオたちのは約束されていなかった。

 押し殺してためらっている間に、リオが死んだらどうする。

 アルバが、死んでしまったらどうする。

 だからリオはこれまで、彼へ想いを告げ続けるのをやめたことはなかった。



「……断られたら、どうすんだよ」


 いつしか五十嵐の表情が真面目なものに変わっていることにもリオは気付かなかった。ただ、ここにはいないアルバの姿を胸に思い描き、自分が拒絶される未来を想像して胸の痛みに耐える。

「……別に、いい。諦めないし」

 それよりも耐えがたいことは他にある。


「あなたは、どうして我慢できるの?」


 リオは五十嵐に尋ねた。


 だって、カサレスのあの木漏れ日の家で、ただコーヒーを飲んでいるアルバの姿を目にしただけだって、リオの胸の中には何匹も小鳥が飛び回るのに。

 手を握られれば、冷たさにも大きさにも、そのかさつきにだってときめくのに。


「私は、むりなの」

 リオのほのかに染まった頬や、微かに噛んだ唇の隙間から発された声に、五十嵐は思わず呼吸を止めて見惚れた。


「勝手に、口からこぼれちゃうんだもん。こんなに愛しいと思ってるのに、それを伝えずなんかいられない」

「……」


 HRを告げるチャイムが鳴る。

 リオはびくっと飛び上がると慌てて前を向いた。すぐに教師が教室へ入ってくる。


「……」

 五十嵐は、項垂うなだれるように机に額を押し付け、静かに唸った。

 顔が熱い。


(……馬鹿みてー。すげー惚気のろけ聞いちまった。被弾した。ていうか、スペインが情熱の国ってマジなのな。ていうか、こんなに馬鹿正直に話す奴いるのかよ。ていうか、ていうか――)


 そろっと顔を上げた五十嵐は、前の席で、耳の先まで真っ赤になっているリオを見て再度机に頭を落とした。ごんっと鈍い音が響く。


(……ていうか、こいつにこんな顔させるのって、いったいどんな男だよ)


 五十嵐は自分の顔が熱いのはただ熱が飛び火したせいだと思い込むことにした。

 羨ましい、と一瞬でも思ったことは、墓場にまで持っていくことにする。

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