死地にて①
「――――リオ」
軽く頬をたたかれて目を覚ます。じっと私の瞳を覗き込むアルバと目があって、初めて自分が眠ってしまっていたことに気が付いた。
断続的な銃声が遠くから聞こえてくる。追っ手から逃れ、この格納庫に身を潜めてから然程時間は経っていないだろう。
「油断してんじゃねえ」
叱責の声には微かに安堵の色が混ざっている。
「ごめん…」
目をこすりながら、リオは脳内でもう一度今の状況を
今は使われていない旧ソ連軍用基地を拠点とする、東欧最大の犯罪組織SELs。その首領イーゴリ・アグロンスキーの暗殺依頼を受けたのが一年前だ。
半年かけた綿密な暗殺計画により首領の殺害は相成ったものの、脱走用のヘリがミサイルで撃ち落とされるというイレギュラーが発生し、Deseoのメンバーは現在散り散りになって組織残党との攻防を余儀なくさせられている。
(そうだった。私、三日くらい寝てなくて……)
かくいうリオも昨日アドルフォとはぐれて以降は一人で応戦しながら逃げ続けていたが、今朝方偶然、追い詰められていたところをアルバに回収されたのだ。
あの時のアルバの顔ときたら、激昂を通り越した無表情で、守られた立場のリオすら少しちびりそうだったほどである。
アルバはナイフ一本でその場にいた敵全員の首を掻き切った。
最後の一人が死に際にガス弾を発射したりしなければ、リオたちもこんな格納庫に閉じこもって足止めを食う必要も無かったのだが。
「お前、いつも戦場で居眠りしてんじゃねえだろうな」
「今日はたまたま」
「どうだかな」
薄く笑うアルバも、しばらく行動を起こす気はなさそうだ。
ならばとリオは重たいマシンガンを床に下ろし、防弾チョッキも全て脱ぎ捨て、身軽になってアルバに抱きついた。防寒スーツがかさばる。
格納庫から一歩外に出れば、外はガスで充満した世界。そうでなくとも一瞬の油断が命取りになる戦場がリオたちを待っている。
もう十分殺した。
けど、まだ足りない。
生きるためには、まだ足掻き続けなくてはならない。
バラバラとヘリの下降してくる音が聞こえてきたのは、しばらく経ってからのことだ。
脱出手段を探しに行っていたファロが戻って来たのだろう。チームの面々も、生きていればこの音を聞いてきっと屋上に集まってくるはずだ。
問題は、ガスで充満した廊下――。
「平面図を出せ」
アルバの言葉に、リオはすかさずジャケットから基地の平面図を取り出して床に広げた。
胸元から引き抜いたペンライトをリオに渡し、アルバは照らされた地図のあるポイントを指さした。
「この格納庫から東に進み、三つ目の廊下の先に化学薬品室がある。来る時に占拠したからもう生きてる奴はいねえ」
「そこに行ってどうするの?」
「解毒剤を探してこい」
ごそごそと暗闇を漁ったアルバは、そこから取り出した何かをリオに投げ渡す。
「えっ、これ」
それは間違いなく、フルフェイスのガスマスクだった。
「さっきガス弾を撃ったバカが持ってた」
「……」
「お前はそれをつけて薬品室に行き、解毒剤を探し出して屋上に向かえ」
「……アルバは?」
「逆方向から階段を上がり、そのまま屋上を目指す……。だがさっきのスラップ音で多少敵が集まってくるだろうから、おそらくこのあたりで戦闘になる」
アルバは部屋とは反対側の廊下を指先でなぞり、階段と書かれたポイントを数回叩いた。
「呼吸せずに屋上まで行くのはどのみち不可能だ。必ず解毒剤を探し出してこい」
「ま、待って!」
リオは首を振ってガスマスクを押し返した。
「だって絶対解毒剤があるとも限らないんでしょ!?」
「賭けだ」
「賭けって、そんな……」
「リオ」
アルバの声は落ち着いている。
「ここ数日敵をひたすら殺しまくってるが、一向に減る気配がねえ。奴らおそらくファミリーの総員をここにつぎ込む気だ。構成員だけは数万といるからな」
「……」
「ヘリを上に待機させてられんのもせいぜい二十分。迷ってる時間はねえぞ」
暗闇の中で、アルバの赤い目がリオを射抜いた。
「今決めろ。解毒剤を見つけて俺を救うか、探し出せずに殺すかだ」
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