カボチャの馬車でお迎え

 迷彩柄のジャケットに袖を通したアドルフォと、白いフライトジャケットにパンツ姿のファロ。足の長さが際立つ。


「ファロ、アドルフォ、何で?」

「んー?だから言ったろ?俺たちの大事な女の子を迎えに来たんだって」


 そのへんの子なら溶け落ちてしまいそうな甘い声と笑顔で言い、ファロはリオの髪をすくった。変だ。


「あっ、お前手ぇすげー冷てえじゃん。貸してみ」


 リオの右手を両手のひらに包み、暖めるようにこするアドルフォ。変。

 二人とも普段は「アルバがキレる」とリオへのボディタッチは極力避けるのに、一体どうしたことだろう。

 アドルフォの視線が不意に五十嵐に移った。


「あ?お前まだ居たの」

「なっ」

「ずいぶんちっこいのがまとわりついてんなーと思ったけど、何。こいつのファンか何か?」

「ち……ファ…………」


 普段言われ慣れない発言を受け、衝撃で二の句が告げなくなっていた五十嵐だが、ややして真っ赤になって目を吊り上げ始めた。


「ファ、ファンなわけねーだろ!?大体、俺170あるしチビじゃ」

「うっわ、マジかお前、170でそんなイキっちゃってんの?」

「何だ、と……っ」

「あ。わりい。何?チビすぎてよく聞こえなかった。もっかい言って?」

 本当に腰を折って耳を差し出すアドルフォ。五十嵐はわなわな震えている。王子だの俳優だのともてはやされ慣れている彼にとってこんな屈辱はないだろう。


「アドルフォって何で初対面の人にふつーに喧嘩売れんだろ」

「さあ。野犬の思考回路だからじゃないか?」

「聞こえてんぞファロ」

「〜〜ッおい!なんなんだよこいつら!!」


 五十嵐にひっくり返った声で問いただされて返答に悩む。彼らは家族だけれど、今リオの家族は別にいる設定だ。

「ええと……知り合い、というかなんというか」

「もーいいだろ?リオ。こんなガキ放っといて帰ろうぜ」

「は!?帰るって、まさかお前、そいつらと一緒に……」

 再び唖然としている五十嵐。だんだん面倒くさくなってきた。


「……だったら何?五十嵐には関係ないでしょ」

 それだけ言って渡されたヘルメットをかぶる。

またあらぬ噂を立てられそうだが、そういえば落ちて困る評価など今のリオは持ってなかった。


「私どっちに乗ればいい?」

 ファロに尋ねると微笑まれる。

「優しいのと激しいの、リオが好きなの選んでいいぞ」

 いちいち含みのある言い方をするのは、毎度後ろで馬鹿みたいに反応を示している五十嵐に向けてだろう。

「……じゃあアドのほう」

「おー」

「残念」

(まじかよっ……)と五十嵐がその場に崩れ落ちたが、何を勘違いしているのやら、運転が荒々しいのは意外とファロのほうなのだ。アドルフォは人を乗せる時は比較的安全に走ってくれる。


「ふふ。じゃあ行くか」

「……」

「じゃーな、ガキ。深読みしすぎると寝れなくなんぞ」


 微動だにしない五十嵐を残し、リオたちは颯爽と学園を後にした。ちょっとだけスカッとしたのは内緒である。



**



「ジルが?」

 ホテルに着いた私は意外な名前に目を見開かせた。


「ああ。昼間電話があって、リオの様子が少し変だから様子をみてやってくれってさ。いい部下だな」

「……うん」

 あの時は誤魔化したつもりだったが、やはり長年の部下の目は偽れなかったらしい。じんと胸が熱くなる。

「あとはあれだな」

ルームサービスのピザを受け取ったアドルフォが説明を引き継いだ。


「あの金髪のガキに嫌がらせされてるみたいだから、どうにか黙らせられないかって相談されてよ。まァさすがに手は出せねえから俺らのつらで黙らすかってファロが」

「ほんとに黙らせてるのが嫌だ……」

「リオ。念のため聞くが、キャパはまだ超えてないよな」


 リオはファロの問いかけに口を閉ざした。

 ――キャパを越えそうな仕事は別の仲間に割り振ること。

 これは、Deseoが定める3つのルールのうちの一つ。これが任務の成功率を95%以上に安定させるための最たる秘訣といっていい。

 真剣な眼差しを向けられ、リオは正直に頷いた。


「キャパは超えてないけど、メンタルにちょっときてるかも」

 ありのまま伝えれば、ファロの手がぽんと頭に乗った。了解の意味だ。


「助っ人は増やせるから無理そうならすぐ言えよ」

「分かった」

「隠しててもどうせすぐバレっけどな」

 にっと笑ったアドルフォに額を小突かれる。リオは口をへの字に折り曲げながら、そういえばとファロに顔を向けた。


「アルバたちのほうって今どうなってるの?」


 ファロの話では、今回の仕事はDeseoを介さず直接アルバに依頼があったものらしい。そもそも誰からの依頼かと尋ねれば、連邦情報局だという。かの国の諜報機関だ。


「テロリストたちはあらかた片付けたらしいが、どうやら幹部クラスがまだチラホラ逃げ回ってるらしい。つまり残党狩りだな」

「……今更だけど、ファロ達ここに居ていいの?」

「いーのいーの!俺たちだってたまには休暇とんねえと!」「俺は仕事持ってきてるけどな」「えっ」


 リオはほっと安堵の息を吐いた。

 二人のやり取りを聞く限り、どうやらアルバ達の方も順調に進んでいるようだ。まあ、とはいえやはりサポートは傍に居た方がいい


(早く二人を返してあげないと)


 リオは改めて心に決めながら、翌日以降の算段を立てはじめた。

 どうしたら撫子が持つあの薬瓶を手に入れることが出来るか。撫子があの瓶を肌身離さず持っているとしたら、どうにかして隙を作る必要が必要がある。

 さらに言えば、すでに撫子から薬を売られた生徒も探さなければならない。




 そんなことを考えているうちに、ふと、いつかもこんなふうに薬瓶を探し回ったことがあったっけ、と遠い記憶が呼び起こされた。


 あれは、リオがDeseoの幹部になって2年目のこと。

 吐いた息がその端から凍っていきそうな冬の早朝に、リオは、アルバと共にミサイル格納庫に潜んでいた。

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