生徒会と葛藤

 生徒会の役員は廻神、東、五十嵐の他に二人いる。

 珍しい男女の双子で、伊良波いらは 刹那せつな(庶務)と、那由多なゆた(広報)というそうだ。どこかで聞いた苗字である。


「ねえ、那由多どう思う?」

「何が?」

「名門帝明学園の生徒会に犯罪者みたいな女がいるのって。外聞悪くないかなぁ〜」

「あー。悪いどころか最悪だよね。僕らの内申点まで地に落ちそう」


 リオに向ける視線は冷淡だ。

 特徴的な真っ白い髪はどうやら遺伝らしく、姉の刹那はそれを耳の横で二つにくくり、弟の那由多は襟足の後ろで小さく結んでいる。

 リオは彼らの言葉には反応を示さず、廻神から渡された資料に目を落とした。

 二人のやりとりは続く。


「しかもあの人んち、ふつーの庶民らしいよ?」

「もしかして知らないんじゃないかなぁ。一般庶民がこの学園にいること自体不釣り合いでおこがましいってこと」

「うちなんかお兄ちゃんがこの国の財産だもんね〜」

「格が違うってこと解らせてやりたいよ」


 あなたたちの財産、さっき地下でうちの部下に野菜詰められてたけど。とは言わずにおく。やはり二人は伊良波の弟妹なのだろう。関わらないが吉だ。


「まあまあ。そうカッカしなくてもいいだろ?双子ちゃん」

 席を立った五十嵐が二人のそばに近付きながら言った。その悠長な口ぶりに二人はいきりたってる。


「五十嵐先輩は気分悪くないんですか?」

「そーですよ!こんなよそ者が生徒会に入って来て!」

「監視対象なんだから仕方ねーじゃん?それにさ」


 どさっとリオの目の前に山のようなプリントの束が置かれた。修学旅行のしおりと書かれている。


「ちょうど雑用も欲しかったとこだしな」

「たしかに。君にはその程度の仕事が相応しいな」

 五十嵐に続き、東が嘲りの混ざった笑みでリオの前に立つ。


「生徒会の仕事は学園の生徒たちが日々一切のストレスを感じず勉学に励めるようサポートすることだ。しかし君はすでにその生徒会の理念を大きく損なっている。ならせめて、今からくらいは一生懸命尽くしてもらわないと、ここに置く価値すらない」

「あら。リオちゃん、もしかして泣きそう?」

「泣いて許されると思ったら大間違いですけどね〜」

「僕もそういうの嫌いだな。女々しくてさ」

「……」


 生徒会って性格が悪い奴が集まるんだろうか。

 リオはこめかみをひくつかせながら、にっこり微笑んだ。


「これ全部ホチキス留めすればいいのよね?分かった」


 しばらくして撫子を送り終えた廻神が戻って来たが、黙々と作業に打ち込むリオに声をかけることはなく、彼の号令で生徒会の面々もまた通常の定例会へと戻っていった。




「……おわっ、た」

 結局リオが全ての資料を作り終えたのは6時をすっかり回った頃である。当然他の役員たちの姿はない。

 廻神は彼らが全員帰宅するのを待ってリオに声をかけようとしていたが「会長、今日は来月の高校文化交流会に向けての打ち合わせがありますので」と東に圧を持って迫られ、渋々連れ立されていった。

 

 一学年分のしおりをテーブルの上に整えたリオは、うんと伸びをする。流石に疲れた。

 しかし修学旅行の内容は、さすが名門。

 財がなければ到底なしえない内容ではあるものの、学びの質が高いスケジュールになっていた。この学園に無理をしてでも入学させたい親の気持ちが少しわかる。


(仕事じゃなかったら、私も参加してみたかった)


 きい、と。

 生徒会室の扉が再び開かれたのはその時だ。

「あれ。もう終わったのかよ」

 現れたのは五十嵐だった。


 リオは自分の荷物をまとめ、腰をあげる。

 こいつに絡まれることほど面倒なことはない。


「せっかく手伝ってやろうと思って来たのに」

「終わったし。帰るから」

「あ……ったく、ちょっと待てって」


 さっさと五十嵐の脇を通り抜けたリオは生徒会室を後にした。

 夕日の差し込む頃合いも過ぎ、青い薄暗さで満ちた校内を進む。


「……」

「……」

「……」

「……何でついてくるの?」

「廻神に見張ってろって言われたからな」


 別に何もしないからどっか行って。そう言いかけたリオは、振り返って口をつぐんだ。

 窓の外に視線を向けていた五十嵐が、思いの外思い詰めたような顔をしていたからだ。


「………あいつ」

 それが誰を指すのか、分からないリオではない。リオが自分を見ていると気づくと、五十嵐は口元を微かに引き上げた。


「ほんとに死んだ?」


 リオが何も答えずにいると、五十嵐の笑みも消えていく。

 

「………」

「後悔してるの?朱音の自業自得じゃなかったっけ?」

「……自業自得だ」

「じゃあ何」

「………別に。あいつがほんとに死んだのかどうか、確認しとこうと思っただけ。ほら、遺書とかに俺の名前とか書かれてたら面倒臭ぇじゃん?まあ今の時点で警察も何も来てないからねーんだろうけど」

「あったよ。あなたの名前」


 五十嵐が言葉を止めてリオを見た。 


「朱音の日記に一番出て来たのがあなたの名前」 

「……へえ。なんて書いてあった?五十嵐ミナトが私を殺しましたって?」

「――今日はミナトと久しぶりに話せた」


 五十嵐の顔を見て、リオは確信した。

 彼が今最も聞くことを望んでいないことは、これだ。


「――生徒会の仕事が大変みたい。疲れてないかな」

「――ミナトのお母さんとスーパーで会った。また遊びに来てねって、嬉しかったなぁ」

「――ミナトが消しゴム拾ってくれた」

「――皆に悪口言われてる時、ミナトが話を変えてくれたの。嬉しくて、泣いちゃった」

「――また普通に話せるようになりたいな」

「――彼女になんかなれなくていいから。幼馴染に戻りたい。ミナト「やめろ」


 リオの両肩を強く握り、五十嵐は眉を顰めた。その瞳は確かな後悔で揺れていた。

「……あいつがそんなしおらしいこと言うわけねーだろ」

 しかし彼はそれをきつく瞼を閉じることで打ち消したらしい。心に浮かんだ迷いを自分の言葉で曇らせ、思考することを拒んでいる。


「俺だってあいつを信じようとしてた。守ろうと思った。けど、あんなの見たらもう信じらんねーよ」

「……あんなの?」

 五十嵐は低い声で続ける。


「突き落としたんだよ。あいつ。俺に告白しようとしてた女の子のこと階段からさ……。俺が見てるとも知らずに」

「……」

「嘘じゃねーからな。挙句、その日の放課後普通に俺に告白して来たから。マジで気持ち悪いだろ?その時から、あいつは完全俺の敵」


 息を深く吐き出し、肩をすくめる五十嵐。

 過去をなぞったことで朱音への罪悪感は消えたらしい。


「だからリオちゃん。あいつの味方して復讐とか、マジでやめて。あいつのこと思い出すだけで最悪の気分になる」

「やめない」


 断言したリオに、五十嵐は呆然とした顔を向ける。

 今の話を聞いてリオが心変わりでもすると思ったのだろう。

 まったくバカな話だ。


「私は自分の目で見てきたものしか信じない。朱音はそんなこと絶対しない」

「ッだから、俺が見たって」

「だいたいそれ本当に朱音なの?顔もちゃんと見たんでしょうね」

「……後ろ姿で十分分かんだよ」

「ほらね。そんなんで信用できるはずないでしょ」


 リオは身体を反転させてさっさと昇降口へ向かった。

 靴箱で上履きを履き替えながら、ぶつくさ呟く。くだらない話を聞いたものだ。


「そんな不確かな情報だけで朱音を疑ったら、確かで絶対的なものまで揺らいじゃうじゃない」

「確かで絶対って……何なんだよ、それ!」

 自分も靴に履き替えた五十嵐が、早足でリオの後を追いながら苛立ち混じりに尋ねた。何って、決まってる。


「朱音と私が過ごした時間よ」


 それは決して長い年月ではない。

 けれどリオにとっては、それがすべてだ。


「私はあの子との記憶と時間を信じて、あなたはそれを信じなかった。それだけのことでしょ。もうついてこないで」

「――――いい加減、止まれって!!なあ!!」


 五十嵐に腕を掴まれ、鋭い目で睨まれる。

 どうして彼がそこまでして自分を説き伏せたいのか。リオにはイマイチ分からない。しかしそんな疑問も次の問いかけを聞いてどうでもよくなった。


「じゃあ、あいつが本当に最低な奴だったらどうすんだよ!!お前も裏切られることになるんだぞ!」

「……私、正義のために朱音の復讐をするって言った?」


 リオはお望みの通り、身体を反転させて五十嵐を見上げてやる。

 そもそもの前提が違う。

 春の夕風に吹かれながら、リオは澄んだ瞳で彼を見つめた。



「私は朱音が悪者だって別に構わない。正義の味方じゃなくて、ただ、あの子の味方なだけだから」




「…………」

 五十嵐は今度こそ言葉を失った。


(……なんなんだ、こいつ)


 あの穏やかな晴れた日に。

 自分が愛を向けた相手だから、想いが溢れて、言葉にせずにはいられないのだと恥ずかしそうに言ったリオ。

 今度は、俺が同じ立場なら立ってられないような敵意の中で。

 自分が信じた相手だから、そいつが正しくなくても守り続けるのだと言う。

 平然と。


 普通は正しいほうを選ぶんだよ。

 真っ当な道を選ぶんだ。弱きを守り強きを挫くのが正義だって、そんなの分かり切ってんだから――。分かりきってるのに、何で。


 何で俺はこんなに、今、胸が掻き立てられてる。


「……リオ、俺は」


 痛いほど脈打つ心臓の音に掻き消されそうになりながら、脳みそを経由しない馬鹿な言葉を吐き出しそうになった時――、突然の眩さに視界が襲われた。

 唸るようなエンジン音がみるみる近付いてくる。

 逆光の中、フルフェイスのヘルメットを被った二人組がバイクに跨ったまま目の前に停まった。


「おー。リオ。やっと見つけた」

「あんまり遅いと心配すんだろー?連絡しろよな」


 ヘルメットを外した二人の顔を見て、五十嵐は衝撃のためにこれまでの全ての出来事が頭から吹き飛んだ。同時に、潔く速やかに正確に理解する。リオが自分の顔にまったく興味を示さない理由について。


(ふざけんな何なんだよこのイケメン共は……!!!!)

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