狐面のヒーロー
念には念を入れて変装もしとこうか、と近くの訪日外国人向けショップに立ち寄った数十分前の自分を褒め称えたい。
(まさかこの二人と鉢合わせるなんて……)
子供を抱きかかえる東と、2人の前で呆然とこちらを見ている五十嵐が、視野の狭い面の目穴越しに見える。
「……大丈夫?」
少し声を変えることはリオにとって造作もない。無言で何度も頷く二人はやはり彼女だと気付いていないらしい。
それもそのはず。
なんせ今のリオは、ショップで一目惚れした黒セーラー服(赤タイ)仕様なのだから!
(本当は高校もブレザーよりセーラー服がよかったんだよね。この生地感とかデザインとかやっぱり最高!まあ『ジャパニーズ中学生制服』って書いてあったけど!こいつらには絶対死んでもバレるわけにはいかないけど!)
「君は」
何か言いかけた東の横を、ものすごい勢いで黒服の男が飛んでいった。
振り返ると、濃紺の着流しに鬼面の男性が佇んでいる。言うまでもなくアルバだ。リオは胸を押さえて崩れ落ちそうになるのをぐっと堪えた。自分で着させといてなんだけど、すごく様になっている。かっこいい。鬼の面が似合いすぎてちょっと怖いというのはある。
「3分で終わらせるぞ」
アルバは腰元に携えていた刀を鞘と共に引き抜き、地を蹴った。どうするのかと思ったら、それで敵をぶん殴ってた。かわいい。
「みんな、ここは私たち受け持つから、隙を見て逃げてね」
くすくす笑いながら、団子のように固まっている人質全員に聞こえる声で告げる。犯人チームは集金にまわっていた仲間たちも呼び寄せてそこそこの数になっていたが、正直リオたちの敵ではない。
「受け持つって、でも、こんな数どうやって……」
不安そうな声を発する東に、リオは振り返り、小さく微笑んだ。
「……君らすごかったね」
「えっ」
「武器持ってる相手に、ふつう立ち向かえないもん」
ちょっと見直した。心の中で呟いてから、ぽかんとする彼らを置いてリオはアルバの加勢に走った。
「リオ」
「やっぱ撃ってこないね」
相手の懐に潜り鳩尾に一撃入れながら言うと、淡白な声で「当然だ」と返される。アルバもまた、体術だけでひたすら敵を眠らせ続けている。
「どう足掻いても、ここは日本。こいつらに武器を仕入れるルートなんざねぇ」
彼らが持っているものが本物の銃でないことは、一番最初に撃たれた女が敵組織の一員だったことから明らかだった。そうすることで、人を殺せる武器を有する集団として認識させたかったのだろう。
リオとアルバの周りには、戦闘不能になった犯人グループの呻き声と、すっかり動揺し切った泣き言が蔓延していた。
「な、なんなんだよ、こいつら……!!」
「一般人じゃねぇのか!?動きが普通じゃない!!」
「福山さんは!?あの人格闘家だろ!?」
「とっくにノされてるよ!!」
「俺は逃げる!こんな奴ら混ざってるなんて聞いてない!!契約違反だ!!」
「お、俺も!」
あまりに次々と同志たちが昏倒させられていく様子に恐れをなしたらしい、続々と逃げ出す人間が現れ始め、テロリストたちは一瞬で烏合の衆と化した。
面でくぐもった声がリオに届く。
「お前は着替えて、先に外に出てろ」
「アルバは?」
「こいつらと少し話してくる」
足元に転がっていた男たちのうちの一人がアルバに掴み上げられ、ヒッと悲鳴をあげている。
その後は、彼らの用意した脱出ルートから出てくる予定なのだろう。
リオは大人しく頷き、変装前の服を隠しておいた女子トイレへ向かった。
(おじいちゃんには連絡したし、そろそろ警察も到着するだろうから、このままトイレにこもっててもいいな。怖くて隠れてましたってことで)
パンッ
呑気に伸びをしたら、発砲音と共に右の頬を何かが掠めた。
面のかけらが宙を舞い、頬がジンジンと熱く痛み始める。
(え?)
振り返ると、そこには血みどろの服を着た鼻の大きな女が立っている。確か彼女は、リオが先がけで飛び蹴りをくらわせた相手だ。
「あ……あれ。
「部下の持ってんのはそうよ。でも、これだけは違う。私があの方からいただいた本物。こういう、時のために、使うようにね!!!」
「あっ、わっ、あわっ!」
銃口の方向だけを見て、次々放たれる銃弾をギリギリ避けるリオ。
やばいやばい。誤算だった。まさか本物が紛れてるなんて。しかも、なまじ撃つのが下手だから銃弾の軌道も読めない。
「あ、あんた、私たちの、夢をぶち壊しやがって」
ぶつぶつ言いながらリオに照準を合わせる女の顔は、言葉を選ばずに言うと、完全にイッちゃっていた。
どうしたものかと考えていれば、急に腕を掴まれる。
「おい!」
そこにいたのは、額にびっしょりと汗をかいた五十嵐だった。
「えっ、い」
「何ぼんやりしてんだよ!!逃げるぞ!」
そう言ってリオの腕を掴んだ彼が走り出した先は、すぐそばにあったゲームセンターの中だ。
「待て!!」「絶対許さない!!」「殺す!!」
後ろから追いかけてくる声は壮絶だったが、走りながら撃つのはプロにとっても至難の業だ。女の撃った銃弾が周囲の商品棚にぶつかって弾ける。
「ねえ、何でまだモール内に?」
人質は全員逃げたと思ってたのに。
腕をひかれながら平然と尋ねるリオ。
五十嵐は並んで数機置かれているプリクラのカーテンの中に飛び込むと、ぜえぜえと上がった息を整えはじめた。
「あ、東……、じゃなくて、ダチの連れてたガキが、騒ぎの中でまたはぐれたんだよ!だから、それ探してたの!」
抑えたままの声で言い捨てる五十嵐。
それで、こんなに汗だくになるほど走り回っていたのか。
リオのなかで五十嵐の印象が変わりそうになり、慌てて頭を振った。
「……君って、命惜しくないの?」
「惜しいわ!でもほっとけねーだろそんなん!?つーか、それ、あんたも頬切れてんじゃん。血出てるぞ」
ぐいっと頬を拭う。血はほとんど止まっていた。
「かすり傷だから大丈夫」
「男前かよ」
ぶつぶつと言いながら、五十嵐はとうとうその場に座り込んで天を仰ぐ。
汗ばんだ前髪を掻き上げると、形のいい額が蛍光灯の光に晒される。リオはそっと彼から目を外し、近くをうろつく足音がないか耳を澄ました。
人気のないゲームセンターに流れ続けるポップな音楽が、なかなか不釣り合いで不気味だ。
「………あんた、何者なの」
リオは五十嵐の問いかけに答えなかった。
五十嵐は気にせず尋ね続ける
「見たとこ、俺とそんな歳かわんねーよな」
「……」
「なのに、あんな武装集団に突っ込んでって。平気ででかい男も倒してるし」
「……」
「………答えられない理由があんならいいけどさ」
五十嵐が腰をあげる気配がする。
振り返ると、いつかのようにリオの顔の横に手をついた五十嵐が、じっとこちらを見つめていた。
「顔だけは見せて。次会った時、ちゃんとあんたに気付きたいから」
五十嵐の手が面の淵に添えられる。
驚きのまま硬直していたリオは、機械の外で立ち止まった足音にハッとしてそのまま外に転がり出した。
(……び、っくりした!)
「あんた――――」
まだ何か言いかけている女の足元に身を沈め、次の瞬間、上体を倒してその顎を真上に蹴り上げた。アドルフォに教わった技。一発で敵を昏倒させられる。
「っと」
何本かの歯とともに宙を舞う拳銃を、リオは腕を伸ばして掴み取る。
どさっと重い音がして吹き飛んだ女が地面に倒れた。顔を覗き込むと完全に白目を剥いている。
(よし)
リオはくるりと五十嵐を振り返り、言い放った。
「私はもうあなたに会わないから、覚えてくれなくて大丈夫!」
「え」
「それと、お友達のこと。探すのもいいけどそろそろ必要ないかもよ」
意味がわかっていなさそうな五十嵐を連れてゲームセンターを出る。
吹き抜けになったフロアの手すりから下を覗いてみれば、ちょうど機動隊が駆け込んできているところだった。あれ、何で機動隊?おじいちゃんツテあったっけ?と首を傾げていると、なぜか武装した機動隊の後方に、制服姿の廻神がいた。深く考えることはやめにした。
「……俺たち、助かった?」
「そういうこと」
ほっと安堵の息を吐く五十嵐にそう答えて、リオは「じゃあね」と後ろ手を振った。
「えっ!?いやちょっと待てよ!事情聴取とか、そういうの色々」
「やだよ。めんどくさいし」
絶句している五十嵐に、ついふっと吹き出してしまう。
「別に正義のためにやったんじゃないの。私たちが、あいつらを気に食わなかったから倒しただけ」
『――私は朱音が悪者だって別に構わない。正義の味方じゃなくて、ただ、あの子の味方なだけだから』
(…………リ、オ?)
「それじゃあね」
呆然と突っ立っている五十嵐を置いて、リオは今度こそ駆け出した。
このままぼんやりしていたらいよいよ面倒臭いことになる。メテオなんとかよりもずっとずっと、警察の方が厄介なのだから。
(アルバはちゃんと帰れたかな。そうだ、帰りにカタラーナの材料買っていこう)
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