リオの子守唄
片付けを始めて二時間ほど経っただろうか。ゴミ溜めだったコンテナはかなり綺麗になった。部室の外扉を開けるとコンテナのすぐ脇に出るため、物の運び出しもそこまで大変ではない。
あとは部室の中の拭き掃除でもすれば、だいぶ様変わりするだろう。十人は余分に入れるくらいになった。
「ん?」
一息ついたところで携帯が震え始める。液晶を目にした途端、リオは羽が生えそうなほどに舞い上がった。
「アルバ!!」
『……うるせぇ。犬か』
耳元で低い声が呟く。つれないところも好きだ。
リオは両手で大事そうに携帯を耳に当て、込み上げる嬉しさをどうにかこうにか抑えながら尋ねた。
「どうしたの?任務終わった?」
『まだだ』
「そう。もしかして何かあった?」
『……何も無きゃかけちゃいけねえのか』
「そんな、わけが、ない!」
ぎゅんぎゅんと締め付けられる胸を抑えながら、リオは周囲を見回した。なるべく長くこのご褒美タイムを満喫したいが、王凱に見つかったらサボりだなんだとまたうるさい。
リオは濡れた雑巾を手に持ち、靴を脱いで部室に上がった。
日が当たらないせいで外よりはいくぶん涼しい。
「ね。誰か来るかも知れないからスペイン語でもいい?」
『Como desées.(好きにしろ)』
「Gracias!」
リオはきゅっきゅと床を拭きながら、久しぶりのアルバの声を耳に馴染ませ、幸せに浸った。
(アルバ……)
会いたいな、なんて。
自分から飛び出したくせに、そんなことを思うんだから勝手だ。
《アルバと話すの、すごい久しぶりな気がする》
『……最近、そっちの様子が見れてねぇ』
《見なくていいっていうか見ない方がいいっていうか……。でも、特に何も変わらないよ。朝っぱらからドブ水かけられたりしてる》
『殺したか?』
《殺してないわ!っていうかできないでしょ。一応保護対象なんだから》
『数人なら誤差だ』
《どんぶり勘定が過ぎる……。ていうかアルバ、やっぱ疲れてるでしょ?声に覇気ないもん》
リオが言えば、急に無口になるアルバ。
《ねえ、ファロとアドルフォ、もう返すよ。こっち日本だしジルがいてくれればそんなに危険もないから》
『余計なことすんな』
《だって……》
『てめぇは自分の任務を完遂させることだけ考えてろ』
《……はい》
そう言われてしまえば従うしかない。
しかし、アルバがここまで疲弊する仕事なんて、そうそうあることではない。
今回の仕事について詳細は何も聞かされていないが、リオにできることは何もないのだろうか。
『――歌を』
リオが黙り込んでいると、アルバが不意に口を開いた。
『昔、よく歌ってたのがあるだろ』
《……“リオの子守唄”?》
『………聞かせろ』
リオはくすっと微笑んだ。
電話の向こう側が、今日はとても静かだ。
「いいよ。」
リオは彼の望み通り、歌い始めた。
――目をとじて 思い出す ペガサスのこもりうた
――波に揺れる お星さま ぼくをやさしくつつむ
思い出した言葉をなぞり歌っているうちに、だんだん照れくさくなってくる。
(……つたない歌。懐かしいな)
あの頃、ほんの少し身じろきしただけで目を覚ますアルバのことがリオはとても心配だった。
同じベッドにいても眠っているのは自分だけで、アルバはただ目を閉じているだけなんじゃないか。いつか倒れてしまうんじゃないかと思ったリオが、彼が深く眠れるように願いを込めてつくったのがこの子守唄だ。
「……アルバ?」
歌い終わったリオが声をかけても、返事は返ってこない。
リオは小さく微笑んで呟いた。
「Buenas noches, nuestro Rey.」
おやすみ、私たちの王様。
**
通話が切れた携帯を傍に置き、アルバはゆっくり顔を上げた。
突きつけられた銃口越しに、黒服の男が不敵な笑みを浮かべる。
「愛しい女性との最期の会話は済んだかな?」
廃墟の屋上。
男の後ろには数十名の部下が、武器を構えてアルバを取り囲んでいる。アルバの近くには意識を手放したノーチェがボロボロの身体を投げ出して倒れており、それに縋り付くようにヒューゴが銃を構えて最後の抵抗を試みていた。
「まさか君たちみたいな少数部隊にここまで壊滅的な被害を与えられるとは思っていなかったよ。おかげで我らは0から出直しだ。正直、殺しても殺したりないほどに君たちが憎い」
「……」
「だが、許そうじゃないか。神は越えられる試練しか与えないそうだ。私はクリスチャンではないがね。常々、寛容でありたいと思ってるんだ。罪を犯した者にも、チャンスを与えるべきだと。だからせっかく追い詰めた君を殺さず、望む通り、ほんの少しの時間を与えてやった――。だから、どうかね?」
男が引き金に指をかけながら尋ねる。
「その並外れた戦闘能力を私のために」
「消えろ」
アルバの言葉と同時に、男たちのいたコンクリの床が粉々になって吹き飛んだ。なんてことはない。仕込んでいた爆弾が、予定通りの場所で、時間通りに、爆発しただけの話である。
吹き飛んできた腕やら足やらが降り注ぐ中、アルバは背後のノーチェに声をかけた。
「ノーチェ、いつまでやってる」
「……バレてたか」
むくっと身体を起こしたノーチェが軽々と伸びをするので、部下のヒューゴは驚いたやら嬉しいやらで泣き喚きながら彼に抱きつき、「気色ワリ」と一蹴されて本当に蹴られていた。
立ち上がったアルバは、男――今回の標的の、転がった頭を一瞥して言う。
「俺は何一つ許さねぇし、誰にもチャンスを与えねぇ。こんなに手こずらせやがったお前にはこれが相応の死だ。一生ソコでくたばってろ」
爆煙が風に吹き流されていくと、ちょうどいいタイミングで迎えのヘリのプロペラ音が聞こえてくる。血と土に汚れたアルバのシャツが、荒々しい風に揺れてひらめいた。
「行くぞ」
「なあ、首領。行くってまさか」
「決まってる」
追いついてきたノーチェの愉しそうな声に、アルバも答えた。
「
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