打ち込み人形

 パン、パパン、竹刀のぶつかり合う音が響く。

 リオはそれを遠くに聞きながら、埃臭いコンテナの中を黙々と掃除していた。剣道部の部室に外付けの形で備え付けられたコンテナの中には、古い掛け軸や壊れた防具などが乱雑に転がっている。広さは部室よりも広いくらいだ。


「今日のお前の仕事はこの倉庫の片付けだ」


 道場に訪れたリオに向かって、王凱はそう言った。


「最近は部員も増えて部室が狭くなってきていた。あちらにあるものも、使用頻度が低いものは全てこっちに移してくれ」

「リオちゃん、ごめんね」

 申し訳なさそうに言う撫子。

 続きの言葉なんか容易に想像できる。

「私も手伝ってあげたいんだけど、先輩から別の仕事お願いされてて……」

「撫子。君が手伝う必要はない。これはミゲルに与えた仕事だ」

「でも……」

「大丈夫。撫子って、こういう仕事できなさそうし」

 リオが肩をすくめると、撫子が「しめた」と言わんばかりに傷ついた顔をした。ここでまた一つ同情を買うつもりだろう。


「私じゃ役に立たないかな……」

「立たないよ?だってこういうの触れないでしょ?」


 リオはにこやかに笑い、つい今しがた視界の隅を素早く駆け抜けたそいつを捕まえて撫子に差し出した。

 触角の生えたそいつは羽ばたいて撫子のほうへ飛んでいく。

「っぃぎゃあああっ!!!!」

 取りつくろう余裕もなく大絶叫して飛び退いた撫子。

 残念なのは、野次馬に来ていた剣道部員たちも一緒になって喚き出したためにそれがさほど公にならなかったことだ。

「あはははっ」

 声を上げて笑うリオに、釣られて小さく笑みをこぼした瀬川の姿を気にかける者もいない。


「貴様、いい加減に」

「王凱」


 リオはびしっと王凱を指差した。


「この場は確かに預かった。そっちも早く稽古に入らないと、また無駄な時間を過ごすことになるよ」


 リオの指摘はもっともだと思ったのか、王凱は口を引き結び、いまだにぎゃあぎゃあと虫と格闘している部員たちに檄を飛ばした。

「お前たち、中へ戻れ!」

 すすり泣いている撫子を連れながら一行はぞろぞろ道場へ戻っていく。

 束の間、リオは瀬川と目があった。

 特別微笑んだりはしないかわりに軽く手だけ振っておく。瀬川は驚いたように目を開いたが、ややして小さく手を振り返してくれた。






「よし、だいぶ綺麗になってきた」


 余談だが、リオはDeseoイチの掃除人だ。(もちろん禍々しい意味でなく。)

 休みの日にはもっぱら本を読むか、部屋の掃除をするかして過ごしている。許可をもらえれば人の部屋だってやってしまう。アドルフォとはそれで何度か喧嘩になったが、ゴミ溜めのような部屋で暮らしてる彼が悪い。


「あとはこれをゴミ捨て場まで運んだら……」


 リオは目の前に積み重なるを見て、流石にげんなりとした。

 打ち込み台として使われていたらしい、等身大の剣道人形。

 しかも3体もいる。

 ボロボロになった彼らの姿は哀愁が漂っているが、これ以上使い道はないだろう。王凱からも壊れたものは全て捨てておくようにと言われている。

 試しに1体持ち上げてみた。


(……嘘みたいに重いんだけど。何入ってんのよこれ)


 触り心地的に中身は鉄だろう。ゴミ捨て場までは普通に歩いて5分かかる。気合を入れて数メートル引きずったところで

(あ。無理だわ)

 とリオは人形から手を離して途方に暮れた。


「邪魔だ」

「え?」


 振り返ったリオは、思わず再度声を上げそうになる。

 王凱がいた。

 ただの王凱ではない。両腕に2体、あの打ち込み台人形を抱えている。


 しかもさらにもう一台を肩に担いだではないか。

(……ばけもの?)

 絶句しているリオを残し、彼はガシャガシャ音を立てながらゴミ捨て場の方へと消えていった。



「………あの」

 しばらくして戻ってきた王凱に声をかけると、

「まだいたのか」

 と冷ややかな視線に見下ろされる。

 リオは口を閉ざした。


「自分の力量を正しく測ることは剣道の初歩だ。あれを一人で持てると思ったのか?買い被りもいいところだ」

「……」

「それとも、わざと腰でも痛めて我々のせいにするつもりだったなら、邪魔をして悪かっ、」「そんなわけないでしょ!」

 かっとなって声を荒らげたリオは、じろっと王凱を睨みつけ、身体を反転させた。

 全身から目に見えて怒りが吹き出している。


「助かったから、ありがとうって言おうと思っただけよ!でももう結構!話しかけてごめんなさいね!」


「……いや、」

「だいたい何なの?こっちが黙ってるからってネチネチネチネチ」

 リオの勢いに王凱はたじろいていたが、もはや知ったことではない。


「どうせあと二週間したら辞めるから、いちいち嫌な言い方で突っかかってこないで!王凱に頼まれなきゃ、私だってこんなことしてないんだから!」

「……」


 鬱憤うっぷんを最後の最後まで吐き出し、リオは再び片付け途中のコンテナへと向かった。

 何か言いたげな彼の視線にはまるきり気付かないふりをして。

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