協力者

 廻神彗も王凱仁も、順調に私の下僕になりつつある。クラスメイトたちの調教も進んでる。(なのに、まだ折れない……。あいつの目から光が消えない)

 それに、あの無能教師。

 次何か余計なことを喋ったら殺してやるから。


……だめね。もっと徹底的にやらなきゃ。


 撫子は爪を噛んで虚空を睨んだ。

 人気のない中庭の隅。ブレザーから取り出した携帯を耳に当てる。


「……もしもし、パパ?」


 挙句、あの伊良波 巴だ。

 一体いつ知り合ったのかしら。もしかしてあの女は、私の知らないパイプを持ってる?

 ……ありえない。ただの一般市民よ。


「まだ見つからないの?あいつの両親……スペイン?なんでもいいけど、早く見つけて。あの子、すごく生意気なのよ。私のことを馬鹿にするの……そうでしょ?だからお願い。あいつの両親さえ人質にできれば、簡単に心を折れるんだから」


 それから何言か交わして、撫子は通話を終えた。

「撫子さん」

 いつの間にかそばには瀬川が立っている。表情の抜け落ちた顔で。

「千紘」

 撫子はがらりと表情を変えると、腕を伸ばし、その頬を優しく撫でた。愛おしげに。


「ちゃんとお仕事できたら、あなたにもご褒美あげるからね」

「……俺はいりません。だから」

「わかってる。お父さんと、お母さんよね。千紘は本当に優しい子」


 二人のことは私に任せて。

 撫子は悪魔のような顔で笑った。


「だからちゃんと、あの女の心を奪って、あなたがいなきゃ生きていけないくらい依存させて――――そのあと、私のもとに帰ってきてね」


 さらさらとした栗色の髪を撫でながら、撫子は微笑んだ。

 そう。手持ちの駒はいくらでもいるのだ。まだ焦る時じゃない。


(じっくり地獄に落としてあげるから、楽しみにしててね。リオちゃん)



**



「うん。かなり見えてきた気がする」


 まず、はじまりは去年の冬。新宿某所にて、違法薬物を売り歩く少女の存在が噂されるようになった。格安で質のいい薬物。当然出所を尋ねる売人たちに、少女はひとこと、こう答えるのだという。


「こひなたぐみ」


 調査を始めた警察は、数日のうちに真夜中の河川敷で該当の少女を確保した。その姿に驚愕する。

 かぷかぷと、口端からこぼれた血。

 焦点の合わない目。

 その場で昏倒した少女はすぐさま病院に搬送されたが、現在もまだ目を覚していない。

 少女は帝明学園の生徒。

 彼女の血中からは、致死量の薬物が検出されていた。



「当然小日向組は無関係。その子の普段の素行も家庭環境もごくごく普通。どころか良好。ミステリーなのは、彼女が薬物を売り歩いた形跡は各所にはっきり残されてるのに、仕入れた経路が全く分からないこと。ベールに包まれているのはこの学校の中での行動だけ。まあ誰かは言うまでもないけど」


 リオは立ち上がり、探偵のように順立てて話し始めた。


「撫子は塩谷を利用して、売り子の生徒が孤立するような環境を作り上げたんだと思う。売り子に選ばれた子は家族仲が良かった。だからたとえば――その子の家族を人質にしたりして、従わせてたとか?」

「外道の極みですね」


 リオの前にことりとコーヒーが置かれる。積み重なった分厚い本はデスクの脇に重ねられていた。


「その裏付けが今日得られたというわけですか」

 ジルが言い、

「まだ決定打ではないけど」

 リオも返した。


「藤野撫子ははじめから売り子の生徒を殺すつもりだったのでしょうか?」

「もちろん。任侠一本、仁義に熱いで知られる天下のを破滅に追い込むにはもってこいのネタだもん。知ってる?その子内蔵もひどかったって」「ちょっと」


 声の上がった方を見れば、部屋の隅で机に向かっていた伊良波が嫌な顔でこちらを見ている。


「あ……ごめん。うるさかった?」

「うるさいとかじゃなくて。あのさ、僕一般人だって忘れてない?R18トークするなら一声かけてほしいんですけど」

「男子高校生はR18好きでしょ?」

「グロ系はお呼びじゃないんだよ」


 空寒そうに両肩をさすった伊良波が、ていうか、と青ざめて口を開く。


「あの撫子って子、そんな悪どいことしてたの?そもそも彼女がそういう家業だってことも初耳なんだけど。僕このあと狙われたりする?」


 リオは暫く考え、仰天した。


「………あれ!ジル言ってなかったの!?」

「言ってませんけど」

 しらっと返すジル。じゃあリオが口を滑らせる前に止めて欲しかったが「どうせ首突っ込んでるんだから1も100も同じでしょう」などと言ってきそうだ。


「どうせ首突っ込んでるんだから1も100も同じでしょう」

 言いやがった。

 リオは顔を覆った。

「うそー!私また失言しちゃった!最近二人仲良いから、てっきりジルが何から何まで話してるかと……」

「仲良くないし話してません。私をなんだと思ってるんです」

「えー、どうしよう、これもう伊良波裏社会こっちに引きずり込んだ方が早くない?そうする?」

「あれ。今僕とんでもない理由でダークサイド堕とされかけてる?」

「そうしましょう。こいつは知りすぎた」

「いや情報のほうから流れ込んでくるんだけど」


 こんこんこん、

 と少し遠いところからノックが聞こえてくる。リオははっとしてジルを見た。彼はすでに撤退の準備を始めている。

「ジルはあっちの出口から!」

「はい」

「は?え?何??」

「伊良波!これから来る人は本当に何も知らないから!口滑らせないようにね」

「それリオが言う?え、ちょっと待って、まさかここに誰か」


「入るぞ」

 化学準備室の扉が開く音がして、間も無く隠し扉が動きはじめる。

 上から降りてきたのは廻神だった。

「来てたのか」

 廻神は伊良波を見るなり、さほど驚いたふうもなく一言。伊良波はくるりと目を回した。


「廻神彗じゃん……」


 伊良波は肺中の酸素を吐き出したような物憂げなため息をついた。


「リオ何でここ教えたの。僕彼苦手なんだけど」

「人目を気にせず話せる場所がほしくて。それに、教えたっていうか廻神知ってたよ?」

「当たり前だ。ここに地下室ができた時俺も立ち会ったからな」

 廻神は鼻を鳴らし、及び腰になっている伊良波をじろじろ眺めた。


「何で引きこもりを家から引っ張り出すのに別のこもり先が必要なんだと、あの時は流石に父の正気を疑った。帝明の世間評価を高めるためとはいえ、未だにせない。お前ヤドカリなのか?」

「ほらほらほら〜〜。こういうところが苦手なんだよ」

「あと一つ」

 廻神はつとめて冷淡な声を発した。

「さっきリオの窮地を救ったらしいが、俺が藤野側についてなきゃ呼ばれたのは俺だった。勘違いするなよ」

「はい?」

 伊良波の声音もワントーン下がる。

「こわぁ………ま、僕の方が色々知ってるけど。勘違いしちゃっててかわいそ」

「何だと?」

「本当のことだから」

「いやもうストップ!今はじゃれあってる時じゃないから!」

「じゃれ……」

「廻神」

 二人の間に割り込んだリオは、廻神に向けて手のひらを差し出した。


「あれ、持ってきてくれた?」

「……はぁ」

 廻神は大きなため息をつき、ポケットから四つ折りにした紙を取り出した。

「俺をこき使うのなんかお前くらいだ。言っとくが、絶対に外部には漏らすなよ。責任問題を問われたら確実に負ける」

「わかってる。ありがとう」

「……それ何?」

 伊良波の問いかけに、リオは答えた。


「ここ数年の休学者リスト。この中に、撫子を破滅させられる人が絶対に混ざってる」

 リオは確信を込めて言った。


「お願い、二人とも。私に力を貸して」

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