難攻不落

 殺し屋らしくない子だな、とは、ずっと思ってたんだ。



「もしあなたが原因で任務が破綻し、Deseoの名に土がついた時は――地の果てまででもあなたを追って、つけた汚れを拭いにいくから」



 泣き出しそうな顔で脅されたあの時からずっと。


「リオ様は異端児いたんじなんですよ」


 彼女の優秀な、ジルはある時こう言った。


「日本で最も名高い極道の家系に生まれても、劣悪なギャング集団に育てられても、彼女の価値観は幼少期から何一つ変わらない。彼女の中には、彼女の母親から余す所なく受け継いだ、人を愛しいつくしむ本能が根付いている」


 人を愛し、慈しむ本能。


「そんな綺麗ごと言ってて今までよく生きてこれたね」

 素朴な疑問を平然と口にできる程度には、ジルはこの地下室に居座っているし僕は野菜を食わされている。彼らが殺しを生業にする者であることは、正直時々忘れそうになった。


「それはもう、守りに守りましたから」

 ジルが疲れた声で言う。

「じゃあギャングなんか辞めさせたらいいのに。あの子、絶対こっち側でしょ」

「無理ですよ」

 ジルは小さく微笑む。

「彼女を手放せなくなってしまった方が、Deseoには大勢おられるので」

「……」


 たった一人の女の子に固執して。執着して。

 天下の殺し屋集団がそれでいいのか。

 あの時はそれくらいにしか思っていなかったのに。


 気付けば、僕は毎日のようにあの地下室に通って、ジルの横で画面を覗く日々を送っていた。

 校舎裏、屋上、教室、廊下。

 今までただの景色としてしか見ていなかった光景の中に、つい、彼女の姿を探す。


 挙句、「リオ様があなたに助けを求めてるようです」なんてジルのわかりやすい文句にのって、あの子の教室まで赴いたのには自分でも驚いた。

 


(最近、変だよな。僕)






「僕たち人類は、生物の中で唯一、この世界や自分自身について理解し、さらに理解したいという欲求を授かったんだ。つまり思考を放棄した瞬間からそいつは人間以下の生物。それを踏まえて聞くけど、あの時あの女の人に引っ掛けられたのが酸とかだったらどうしようとか一瞬でも考えなかったわけ?ご自慢の反射神経使ってすることが僕を守ることとか何事?」

「そ、そんなに怒らなくても……」

「怒るに決まってる。あと簡単に殴られすぎ。顔に傷付いたらどうするんだよ。それから武器触らせるためだとしてもブレザーんなか触らせるとかありえないから。女の子の自覚持って」

「あれれ。ジル憑依してる?」


 イライラするんだ。

 能天気な彼女の態度にも。誰彼構わず手を差し伸ばすその寛容さにも。


(あいつ、絶対リオに惚れたでしょ。あんなふうに救われたんじゃまあ当然だけど。リオはそこらへん絶対分かってないよね)

 眉間に皺を寄せて考え込んでいれば、視界にひょこりとリオが顔を出す。

 珍しいものを見つけたような目で。


「伊良波、もしかして拗ねてる?」

「………は?」

「え、違ったらごめん。なんとなくそんな気がして」


 リオに指摘され、みるみる顔が赤くなっていくのを感じる。拗ねてる?僕が?何言ってんのこの子。

 おおいに図星だけど。


「べつに、拗ねるとか、そういうのないんだけど。は?」

「あ……そうだよね」

「大体この僕がそんな女子みたいな感情に振り回されるわけなくない?非合理的だし」

「たしかにそうかも。ごめん」

「………いや、もうちょっと食い下がってくれる?話終わっちゃうから」

「やっぱり拗ねてるじゃん」

「拗ねてないけど」

「めんどくさ!」


 めんどくさくて悪かったな。全部君のせいだから。


「……あのさぁ」

 僕はついにリオの腕を掴んだ。

 くんっ、と歩みを止められたリオが驚いた顔でこちらを見上げてくる。

 その馬鹿みたいに信頼しきった目には、情けなく眉を下げる自分の姿が映っていた。


「……拗ねてないけど、嫌なんだよ。分かるだろ。君が誰彼構わず人を助けたり、今日会った初めてのやつに素性明かしたりするの」


 正直に、自分の感情を正面から分析したら、考えるまでもなく分かることが一つある。

 あんまり認めたくはないけど。

 どうしてこんなに彼女が気になるのか。

 他人と話すのが嫌いだって言ってるのに、こんなところまでのこのこ付いてきた理由。


「僕は」


 ばくばくと、意識とは無関係に心拍数が上がっていく。顔が熱い。


「僕は、君の特別に、なりたいんだよ」


 いった。

 いってやった。

 じっと僕に見つめられたリオは、やがてこてんと首を傾げた。


「なんで?」

「は?なんで???なんでってそれはその………………友達だからじゃん」


 うん。馬鹿は僕。

 

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