地下アジトと剣道場攻防戦

 伊良波いらは ともえ

 11歳、自宅ガレージにて核融合炉かくゆうごうろの製造に成功し、12歳でノーベル賞を受賞。13歳で、医学会を震撼させる歴史的快挙を成し遂げ、彼の名は世界に轟く。


「なにこれ。フィクション?」

殺し屋フィクションみたいなやつにいわれてもね」


 彼に続いて降りた地下には30平米ほどの空間が広がり、壁際にはずらりと薬品や実験道具らしきものが並んでいる。

 部屋には先程の階段以外にも上に登る別の階段があり、その先は非常口に通じているらしい。伊良波は普段はそこから出入りしてる言っていたので、カメラに写っていなかった理由はそれだろう。


「あなた毎日ここにいるの?」

「まさか。普段は大体大学の研究室にいる。でも薬品はこっちの方が揃ってるから」


 大学より薬品が揃う学校って一体何なのだろう、という疑問は一旦置いておくことにした。


「在籍だけしてくれたらあとは自由にしていいって言われてるんだ。ここの理事長に」

「そんなことあるんだ……」

「だから別に君たちのことも誰かにチクろうなんて思ってないよ。上の声って意外と響くから、静かにしてって言おうと思っただけ」

「そうだったの?脅してごめん」

「嘘でしょもう信じたの。君本当に殺し屋?」

<リオ様。何もかも鵜呑うのみにしないでください。彼のことは当面監視対象です>


 え、めんどくさ、という顔をする伊良波にリオは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。しかし聞かれてしまったものは仕方ない。


「ねえ伊良波。私たち人目につかない場所を探してるんだけど、しばらくこの場所貸してくれないかな」

「嫌だ」

「わかった!もし伊良波が今後命の危機に瀕することがあったら格安で護衛請け負ってあげるから!」

「普通の高校生は命の危機になんてそうそう遭わないんだよな」


 ため息をついた伊良波が、チェアに腰掛けて何かを考える素振りを見せた。


「……でもまあ、僕からの条件を二つのんでくれるなら、ここを貸し出してもいいよ。生涯君らのことを他言しないことも誓う」

「条件?」

「一つは、ぞろぞろ人を連れ込まないこと。ふつうに実験に集中できないから」

「わかった」

「もう一つは」


 伊良波は一度言葉を切って続けた。


「今すぐじゃなくていい。いつか、もし君たちが世界のどこかでを手に入れたら、その時は、それを僕に譲ってほしいんだ」


 真剣な顔で薬の名を告げた伊良波に、リオは、一度だけ頷いてみせた。

 知らない薬ではない。

 むしろ、こっちの世界でその薬の名を知らない人間などいないほど、危険な薬だ。


「伊良波は、何か世界に恨みでもあるの」


 尋ねたリオの言葉に伊良波が答える声はない。

 だが取引とはこういうものだ。

 リオは人知れずもう一度頷き、ジルや他の部下たちにも薬が手に入れば連絡するように伝えた。




**



 放課後。

 ジャージに着替えて剣道場を訪れたリオは、歴史を感じさせる古い道場や、「不動不屈」の横断幕。磨き上げられた床のニスの香りに感動するよりも早く、耳触りの悪い囁き声に眉をひそめていた。


「おい、あいつだろ?クラスメイトのプレゼント引き裂いたとかいうやつ」

「どうせ瀬川とかの追っかけなのにな」

「部長もなんであんなの引き入れたんだよ、信じらんねえ」


 ……はいはいこの感じね、オッケー。

 さすが撫子、根回しが早い。


 しかも、ひそひそ噂を囁き合っているのは部員たちだけではない。


「ねー聞いた??王凱先輩、マネ入れたらしいよ?」

「しかもそいつ超ビッチらしいじゃん」

「なんか幻滅なんだけど……。私たちのほうがずっと剣道部応援してたし絶対役に立てるのに」


 剣道場の近くにたまる女子生徒たち(瀬川君LOVE、志摩君命、などのお手製)のやりとりもこんなものであった。

 


「あんたかよ。噂の転校生ってのは」

 山口と書かれた道着の男と、数人がリオの元へ近付いてくる。

 早くも嵐の予感だ。


「部長が直々にスカウトしたか何だか知らねーが、うちは生半可なやつが入っていい場所じゃねーからな」

「……あっそ」

「それに、聞いたぜ?」


 急に声のトーンが落ちる。下卑げびた笑みを浮かべはじめた姿を見て、リオは彼らの次のセリフを容易く想像できた。


「お前そーとーなビッチらしいじゃん。お国じゃ男食いまくってたんだろ?」

「やーん、どうしよう俺も食べられちゃうかもっ」

「ぎゃはは!!ばっかお前!」

「頼むからここの風紀は乱さないでくれよ、な゛!?」


 くるりと、宙を舞った彼が道場の床に叩きつけられる。何が起きたかすぐに分かったものはいないだろう。

 リオも驚いた顔を浮かべた。

 彼らに向けて。


「びっくりした。全国常連の剣道部のメンバーだから、受け身くらい取れるかと思ったのに」


 何が起きたかは分からない。

 分からないが、彼女の体勢から見るに、どうやら足払いをかけられたらしい。

 剣道部員たちは、そう気付くなり潔く激昂げっこうした。

 特に転がされた山口の怒りは凄まじく、獣のように吠えながらリオに飛びかかっていく。


「てめええええええっ……ッ……!?」


 しかしどういうわけか、振りかぶった拳は少しも少女に当たらない。

 見かねた他の男子たちが加勢に入るも、どういうわけか掴んだと思ったのは仲間の腕で、殴ったと思ったのは仲間の頬で、ただ頭を抱えて逃げ惑う少女への攻撃の手応えが、全くと言っていいほど無いのだ。


「このっ、やろぉ」


 とうとう部員の一人が竹刀を持ち出し、それをリオに向けた時だ。

(やっときたか)

 待ち構えていた彼らの登場に、リオはほっとため息をつき、山口の懐に滑り込んだ。

「は?」

「ごめんね」

 そして、再び一瞬の足払い。

 よろけた山口の下敷きになるよう調整し、軽く膝を立てて転べば、リオを押し倒した彼はその勢いのまま自分の股間を膝頭に強打することになる。ぐにゅっと嫌な感覚。


「貴様ら一体何しとるか!!!!!!!」


 山口の無言の絶叫に、剣道部部長、王凱の怒声が重なる。

 部員全員が死を覚悟した瞬間であった。


(まったくもう。誰がビッチよ)

(私の純潔はアルバに捧げるためにずーっととっといてるっつーの!)

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