勘違いはほどほどに
胃の底に氷塊でも押し当てられたかのような重圧感と、
込み上げる悪寒。
一秒先に奪われてもおかしくない自らの命を自覚する。
「……、ひ」
アルバは彼女の腕を払いのけもしなかったし、周囲の何も破壊しなかった。
けれどその瞳に込められた殺気は、それだけで腰を抜かすには十分なものだったのだろう。
どさっとその場に尻餅をつく彼女を一瞥することなく、アルバは長い足先をこちらへと向けた。
「ちょ、ちょっとも〜、何コケてんのよ〜!」
後の二人は何が起こったのか分からなかったらしい。
座り込んでいる金髪ショートを半笑いで助け起こしながらファロ達に目をやった。
「てかアルバくんなんか冷たくない?ねえ、アドくんからも何か言ってよ」
「クソ豚」
え? と目を丸めるキューティクルボブ。
リオもまたアドルフォが言い放ったあんまりにもな一言を聞き、どうやら機嫌が悪いのはアルバだけではないらしいことを悟る。
木漏れ日のおかげで宝石の欠片のように煌めく金髪の隙間から、アドの冷めた目が彼女らに向いた。
「つーか、お前ら誰だよ」
絶句している三年女子達を、アドルフォは足を止めて見下ろす。まるで道端のゴミでも見るような目だ。
「えっ、誰って」
「何で俺のこと馴れ馴れしく呼んでんの。喋ったことねェのに」
「お、同じクラスだし、話したことだって」
「……あー。時々ハエみたいにたかってくる奴らん中の一人?うぜーなと思ってたんだよな」
「ひっ、ひどい……!それに、アドって、その子だって呼んでるじゃん!何でその子は良くてわたしたちはダメなの!?」
「リオとテメーらみたいなゴミクズ一緒にすんじゃねーよ」
ぺっと唾を吐き捨ててこちらに向かってくるアドルフォ。
これはひどい。
わっと泣き出してしまったキューティクルボブさんの横で、さすがに状況の悪さに青ざめているロングの先輩。
そんな彼女の肩にそっと手を置いたのはファロだった。
「怖がらせちゃったかな?ごめんね。ユリちゃん、だっけ」
「ファ、ファロくん……っ」
「そんで、俺たちの世界一大事な女の子に水かけたのって君?」
夜が溶けたような黒髪を耳にかけたファロが微笑む。
ロングさんは途端に青ざめ、「あ、あの……」と言葉を探しあぐねている。やがてはっとひらめいたのは撫子から仕入れた情報だ。
「そ、その子、すごいビッチって聞いて!それで、ファロくん達だまされてるからかわいそうで、私たち黙ってられなくて……」
「そっか。俺たちのこと心配してくれたんだ。優しいな」
涙の滲む目を持ちを上げた彼女の顔色は、すぐさま絶望に染まる。
ファロが彼女の目の前にバラバラと落とした数十枚の写真には、三人が写ったセンシティブな瞬間がはっきりと映し出されていたからだ。
「君ら三人でずいぶん遊んでるみたいだな。お金持ち高校のお嬢様の肩書きってそんなに食いつきいいの?荒稼ぎしてるみたいだけど」
「こ、これ、どこで!!!!」
「さあ。どこかな」
小首を傾げるファロの前で、真っ青になって写真をかき集めはじめる三人。
その一枚をぴらりと持ち上げたノーチェがピュウッと口笛を吹いた。
「すっげ。これ全部違う男じゃん。リオに淫婦どうこう言ってたの誰だっけ?」
「かっ、返しなさいよ!!!」
「……これ、掲示板貼ってくる」
「いや!!!!」
血走った目でススピロに飛びかかったボブさんが避けられて芝に転がっている。
「あの、違うの!ファロくん、この写真は合成で」
「ユリちゃん」
人差し指を立てたファロが、そっと微笑んだ。
「別に咎めてるわけじゃないんだ。ただ、どうして俺らのこといけるって思っちゃったのか、そこだけ不思議でさ」
かああっと三人の顔が羞恥に染まる。
「もしかして、クラスでカースト上位の自分たちなら、俺たちとどうにかなれるかもって勘違いしちゃったのかな」
「えっ、あ、う……」
「だとしたら期待させた俺たちも悪い。アド、お前も謝れよ」
「知るかボケカス」
「ほら、俺もごめんだってさ。許してやってくれよ。あいつ、女の子の扱い知らないから」
ファロは最後まで笑顔を崩さなかった。
かわりに、発される言葉の一音一音には絶対的な拒絶と嘲笑が織り混ざっている。
リオは思い出した。
Deseoで一番性格が悪いのは彼であるということを。
「これ、俺の連絡先ね」
ファロは困惑しているロングさんの胸ポケットに、その紙切れを差し込んで言った。
「俺たちは天地がひっくり返っても君らとは付き合わないけど、君らに合うレベルの男は見繕ってあげるから。気が向いたら連絡しておいで」
それがとどめとなった。
わっと泣き出して走り去る三人を、心の底から哀れみを込めて見送る。ビッチ扱いされて水をかけられたことは許さないが、今はかわいそうの気持ちの方がさすがに大きい。ファロも怒っている。一体ここに来るまでに何があったというのだろう。
「あの、三人とも一体何が――――」
リオの視界が変わったのはその時だった。
「あれっ!?」
まず感じたのは力強い腕にしっかりと抱え上げられる感覚。これはほとんど拘束と言っても過言ではない。
「あの、アルバ」
「黙れ」
視界いっぱいに広がる春の青空のむこうには、あいかわらず不機嫌のかたまりのようなアルバの顔があった。
**
リオが首領に連れ去られた後の中庭にて。
「……ところでファロ、お前があいつらに渡したケー番ってどこに繋がるやつ?どっかの買春斡旋業者とか?」
「いや、生活安全部少年事件課。警視庁の」
「鬼か?」
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