危機管理能力カンスト

 世間は連日、東京で起きたショッピングモール強盗事件で大きな賑わいをみせていた。

 〝竜星の光メテオ・シャイン〟を名乗る犯行グループは総勢40名。

 しかしその構成員のほとんどは裏サイトで募集された一般人であり、幹部数名のみが、いわゆる半グレと呼ばれる準暴力団の人間だった。

 今回この大掛かりな犯行に及んだ動機は、

 噂ではとある薬の横行が関係しているらしいが、まだその真偽は明かされていない。くわえて人々の関心を集めているのは――。


「え!?まだ正体掴めないの!?!?」

「店の監視カメラの映像全部ちょうどよくバグってるらしいよ。なんか怪し〜よね」


「あの体格、サッカーの藤木選手っぽくない?」

「いやいや絶対どっかの格闘家だろ。武装した奴らあんだけボコボコにしてんだぜ?なんかの特殊部隊所属の軍人とかかも」

「あんた映画の見過ぎだわ」


「実はそいつらも犯行グループの一味で、内輪揉めだったって説もあるらしいぜ!アツすぎるだろ!」

「ないない、だって立ち振る舞いヒーローすぎるもん!マジでかっこいい。早く正体明かされないかなー」


 人質全員が無傷で解放されるに至った、の活躍。

 人質のうちの一人がこっそり撮影していた動画が世に出回ったことで、この正体不明の謎めいた二人組について、世間は正体を探ろうと大いに湧き立っていた。




 所変わって、帝明学園中庭。


「せ〜のっ」

 ばしゃーん!!

 ……という効果音とともにひっかけられた水のせいで、リオは週明け早々に頭の先から足の先まで水浸しになった。

 仏像のように凪いだ目を正面に向ける。

 そこには、この学園に珍しく制服を着崩した女子生徒たちが三人立っていた。

 サラサラロング、金髪ショート、キューティクルボブと名付けよう。


「あっ、ごめーん。花に水やってたら手元が狂っちゃってぇ」

 金髪ショートがとぼけたように言う。

「ってか、あなたたち2年でしょ?このガゼボ使っていいのは3年からだって知らないの?」

 サラサラロングが髪をなびかせつつ言い、

「留学生だかなんか知らないけど、困るなぁ。郷に入っては郷に従ってもらわないと。この学校のルール教えてあげよっか?」

 ボブも続ける。

 三人とも顔はとても可愛いのに、すでに性格の悪さが滲み出ていて非常に残念だ。リオは深いため息をつき、また地獄の一週間がはじまったことを実感する。


 彼女たちには、見覚えがある。

 アルバのクラスにいてキャーキャーと群を抜いて色めき立っていた子達だ。


「……殺す」

 ぞくっとした殺気を感じ、リオは慌てて左右を見る。

 とばっちりで水飛沫を浴びたノーチェとススピロだ。

「わたし、右」

「俺左。リオまんなかな」

「いやんないから」


 なぜ?

 と心底疑問に満ちた眼差しを向けられるが、ふつうは水をかけられたくらいで人は殺さない。

 それに彼女たちについては昨晩ジルから報告を受けている。

 

 リオは二人に無言で「任せて」とアイコンタクトを送ると、濡れた顔を拭いながらさわやかに先輩女子たちに微笑みかけた。


「ごめんなさい。ここが3年生だけの場所って知らなくて。もう帰りますから」

「――待ちなさいよ。あなたリオ=サン・ミゲルでしょ?」


 サラサラロングが高飛車な物言いで言った。

 リオが頷くと、冷たい微笑を浮かべる。


「やっぱりね。淫婦みたいな顔してるからそうだと思った」

「……」

「噂聞いたわよ?うちの学園の男子生徒、手当たり次第家に連れ込んでるらしいじゃない」

 この節操なし、と浴びせられた罵声に続く言葉が、リオには簡単に想像できた。



「あんたみたいなビッチが、なんでアルバ君と付き合ってるのよ」





「えっ、ジル、今なんて」


 耳を疑うような彼の言葉につい聞き返したリオ。

 スペインと日本の時差を加味し、配慮に配慮を重ねた絶妙な時間に報告の電話をかけてきたジルは、重いため息をついた後でもう一度繰り返した。

 ――ですから、と。


《先週末、藤野撫子がアルバ様たちのクラスカースト上位のJK数名に接触し、同担拒否強火オタク(女豹)の火に油を注ぎまくって本能寺ぴえんを誘発させてましたよという話です》

「ごめん何を……あなたは一体何を言ってるのか……」


 常に監視カメラを監視していることですっかりJK用語が染み付いてしまった可哀想なジル曰く、撫子は、アルバのクラスの女子――しかも彼らに気があって発言力もある数名を絞って、新たな駒を生み出しているらしいのだ。


「急に話しかけちゃってごめんなさい……!実は、私のクラスにアルバさん達と仲良いノーチェ君って子がいるんですけど、アルバさん、こないだ先輩の話ずっとしてたらしいですよ?それって先輩のことですよねっ!見かけたらやっぱり綺麗だから、つい話しかけちゃいましたっ」


「あの金髪の……アドルフォ先輩?昨日すごく優しい目で先輩のこと見てましたね。あんな素敵な人に恋してもらえるなんて羨ましいなぁ……」


「ファロさんなんですけど、スペインで大失恋してからほんとの恋したことないんですって。けど、先輩と話してる時はなんか落ち着くって……そんなふうに言ってもらえるなんて、一体どんなお話ししてるんですか?素敵ですっ」


 まさに、このように可愛くて無害な後輩を演じることで、撫子は先輩女子の女豹軍団をまんまと手中に収めたわけだ。

 語尾の「っ」だけでもやめてもらえたら随分気持ちがマシになるな、というのは、ジルに言われて確認した監視カメラを見た後のリオの感想である。

 加えて撫子は、そこにリオの悪評も巧妙にまぶした。


「アルバ先輩は先輩のことが好きなのに、あの子がしつこいから離れられないみたいで……」

「もしかしたらあの子、男性はみんな自分のものだって思ってるのかも……。やめたほうがいいよって、何回も言ってるんですけど」

「ごめんなさい、こんな話しちゃって。でも私、見てて苦しくて」

「先輩たち、ちゃんと思い合ってるのに、こんなのかわいそうだよ……っ」

 涙はらはら。というわけで、今に至るのである。



 罵声は続く。


「あんたみたいなブサイク!彼の隣に相応しくないに決まってるでしょ!」

「ファロ君たちが優しいからってつけ上がっちゃって、バッカじゃないの?」

「勘違いしちゃってかわいそ〜」


 あ、そろそろ無理かも……後ろの二人が。

 ため息をついて、爆発寸前の二人の制止に振り返ろうとした瞬間だった。


「リオ」


 低く、怒りを孕んだ声に思わず身をすくめる。ススピロ、ノーチェも同様だ。彼らの怒りは一瞬で恐怖に塗り替えられたらしい。


「あっ!アルバ君だ!」

「ファロ君とアド君もいる〜!もしかしてこれからお昼?」

「今日あったかいよね。よかったらご一緒していいかな?」


 花を飛ばしているのは彼女たちだけだ。

 断られることを微塵も想像していない口ぶりである。


(ねえ!!!!!)


 リオたち三人は額を寄せ合い、震え声の密談を開始した。


(え、やばいやばいやばい!信じられないほどキレてる!え!?これ逃げたほうが良くない!?)

(……かもな)


 余談だが、アルバはキレたら仲間がいても平気で建物を崩壊させる。ランチャーもぶちこむ。魚雷も発射する。一回それを咎めた時「避けられねぇそいつが悪い」と真顔で言われたのは忘れられない。


(……これ、スイスで潜水艦沈めた時並)

(わかる!アルバお気に入りのバイクぶっ壊された時ね!そのクラスって中々なくない!?)

(つーかお前が水浸しのせいに決まってんじゃん!今すぐハグしてキスして鎮火させてこいよ)

(殺されるよ!!)

(……リオ、行って)

(ススピロまで!?)



「ねー、アルバ君たら!」


 きゅっと。

 金髪ショートさんがアルバの腕を握った。

 その瞬間だった。




「……」

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