おかえり

 ステンドグラスからきらきらと光が溢れ落ちてくる中で、リオは、信じられないものを見た。



「…………あるば?」



 図書館の扉を開け悠々と歩み出てきたのは、汚れひとつない真っ白なシャツを身にまとったアルバ。

 さらに、彼の後ろにはファロやアドルフォ、ノーチェ、バレリア、ススピロが続いた。

 リオが、夢でも見ているのではないかと思ったのも致し方ない話だ。


 たった今図書館へ入室しようとしていた前方のクラスメイトたちが、彼らの存在感に圧倒されて足を止めている。そんなざわめきのなかで、リオの呟きなど聞こえようはずもないのに、アルバはふと顔を上げた。



「………」



 彼はリオを見つけるなり、無表情のままこちらに近付いてきた。

 え、え、と数歩後ずさるリオを逃さないように両腕を伸ばし、あっという間にその胸の中に閉じ込める。


「アル、あ、え、腕」

「……義手だ」


 それだけ言ったアルバは、今一度じっくりとリオの顔を見つめた。周りの生徒たちのことなど一切目に入っていないらしい。

 久しぶりに見たアルバの瞳には、相変わらず美しい暁が滲んでいる。

 リオは咄嗟に顔を背けた。


「アルバ、私、今」

「……顔を見せろ」

「ちょ、っと、」


 リオの抵抗など歯牙にもかけず、彼女の頬に手を添えたアルバ。

 左頬に添えられた手は、手袋越しに義手の硬さを感じる。しかし右手は、じっくりと傷の一つ一つを見つけては、労るように優しく撫でてくれる。

 そうされているうちに、深い水の底から掬い上げられるように、世界が色を取り戻す。

 顔がじわじわと熱くなっていくのが分かる。


「ア、アルバ、……何で」

うるせえ」


 リオは唇を引き結びながらアルバを見つめた。

 どうしてこんなところにいるのか。分からない。向こうの任務はどうなったのだろう。急に連絡が取れなくなったのに。もしかして自分は夢でも見ているのだろうか。それとも、まさか、



「リオ」


 アルバはリオの思考を遮断するように言った。


「お前が望むなら、今この場で、全員消し炭にしてやる」

「……え」


 思いがけないことを言われたリオは動きを止めたが、アルバの声は本気だった。

 かちゃりと。誰かが銃を握り直す気配もする。


「だからいつわらず望みを言ってみろ」

「……のぞ、み?」

「お前に、そんな面をさせるやつは消えていいだろ」


 吐き捨てるように言いいながら、アルバはすくい上げたリオの髪にキスを落とす。心底苛立っている様子だ。

「左前列の金髪か?それとも右中央のガキ?誰でもいいが」

 あいかわらずの視野の広さで、すでにこの場にいるすべての人間の立ち位置は把握しているらしい。


「……」

 そのアルバの姿を見ているうちに、リオの中にあった泥のかたまりが、少しずつ体外に流れ出していくのが分かった。

 いつもの自分を取り戻していくように、体が、心が軽くなっていく。

「ふふ」

 小さく笑った。

 その拍子にぽろろっと溢れた涙をごまかすように、リオはアルバの胸元に強く顔を押し付けた。


「……アルバに、会いたかった!」


 リオは朱音を死んだことにした。復讐のために。

 彼女の両親にもそうすることを伝えた。復讐のために。

 クラスメイトたちを後悔させた。復讐のために。

 呆然とさせて、怯えさせて、朱音のふりで情を揺さぶって、心を支配して。全部全部、復讐のためにやったけど。


 だけど、こんなにも、何ひとつ満たされない。

 


「……わたし、まちがえちゃった」


 口に出して、リオは一層強くそれを確信した。

 このやり方は間違っていた。


「正面切って戦うべきだった。もう、こういうのはやめる。私に合わないみたい」

「やっと気付いたか」

 はっきり告げたリオを胸元から離し、アルバは嘆息する。

 リオはぱちぱちと目を瞬かせて彼を見上げた。

「お前の考えることなら大体分かる」

「それって」

「リオ!」

「あっ、わっ、ススピロ、バレリア……!」

 アルバが身体を脇にずらせば、リオはあっというまにススピロやバレリアに抱きしめられ、もみくちゃにされはじめた。

 その表情に、先ほど見たような色のなさはない。


「お前が性に合わないことをする必要はねえ」


 アルバは身体を反転させ、生徒たちに向き直った。


「そのために、俺たちが来た」


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