悪女の歓迎

 あの後、学年集会は図書館にてつつがなく執り行われた。

 紅葉朱音の死について何か知っている者はいるか――。そう生徒に尋ねる形だけの事実確認に対し、声を上げるものが一人もいなかったのはリオにとっては意外なことだ。


 誰も彼もがこぞって彼女の悪評を叩きつけると思ってたから。



「お前の一芸がきいたんだろ」


 後にアルバはこう言った。

 リオたちが図書館を訪れるまで、ジルが用意した監視カメラの映像をライブで見ていたらしい。


「だが、次そういうことをするなら、俺かアドルフォを傍におけ」

「?なんでアド?」

「うるせえからだ」


 頭にハテナを浮かべるリオはそのままに、アルバは続けた。

 「次は、戻って来れなくなるぞ」

 と。ひやりとしたのは、アルバの言わんとしていることが、なんとなく理解できたからだ。


「……朱音だからできただけ。もうやんないよ」

「ならいい」


 それきり、アルバがこの件について触れることはなかった。


 学年集会で朱音への非難が殺到しなかった理由はもう一つある。

 撫子がいなかったのだ。

 しかしその理由を不審がっているのはリオだけで、その他の生徒たちは、もはやそれどころではない。



「マドリード出身、ノーチェ・カペル。よろしく〜」

「………ススピロ・アロ」


 目を見張るような美形揃いの留学生チームについては、朱音の一件を掻き消すかのような勢いで瞬く間に学校中に広がった。

 特に凄まじかったのは、三年のクラスだ。


「ギャーーー!!!」

「ファロ様ーーーーーー!!」

「アドルフォくーーーん!!!!」

「アルバ様こっち向いてぇ!!!!!!」


 ほとんど絶叫じみた黄色い歓声が、三年棟全体に響き渡っている。

 この三人の人気が、とにかく凄まじかった。


「かわいいね、仔猫ちゃんたち」

 帝明学園の制服をきっちりと着こなし、甘いマスクで女子に笑顔を振り撒くファロ。


「災害級にうるせー」

 ド派手な赤いパーカーにピアスという校則ガン無視の仕様ながら、顔の良さでさっそく人気を獲得しているアドルフォ。


「……」

 全ての歓声を無視。

 まるで周囲に人などいないかのように振る舞っているのが、我らが首領アルバだ。

 シンプルなワイシャツに黒の手袋という、アドルフォに比べれば地味な装いをしているが、右手の袖口からちらりと伺える刺青については気付いている者も少なくない。

 




**



「あれ。こないだお前のこと迎えにきた奴らだろ。三年の金髪と優男。あと、もしかしてあのデケー黒髪がお前が好きで好きでたまんねーって言ってたやつ?マジさっきは見せつけられたよな」

「……」


 前の席でぶすぶす言っているのは五十嵐だ。

 今まで自分を推してた女子たちが手のひらを返したように寄り付かなくなったのが面白くないらしい。


「全員前の学校の奴ららしーじゃん。まあ、仲良いやつらが来たからって調子乗ってまた撫子いじめたら許さねーからな」

「……五十嵐」

「何?」

「何でこっち見ないの?」

「………」


 リオの問いかけに、五十嵐はすっかり黙り込んでしまった。

 理由なんか聞かなくてもわかる。


「私、朱音じゃないよ」

「………わかってるよ」


 ゆっくりと、五十嵐が顔を上げる。

 その目には微かな怯えと不安と、そして何か、言いようのない感情が含まれていた。


「…………朱音のことだけど」

「うん」


 五十嵐は何か言葉を探して口を開いたが、結局何も発さないまま固く唇を引き結ぶ。眉間に寄せられた深い皺や、意固地になったような表情を見て、リオはついついため息をつく。

 一度守ると決めたから。

 一度信じると決めたから。

 絶対に揺らいでなるものかという、彼の意地が垣間見えた。


(朱音は、こいつのこういうとこが好きになったのかな)


「五十嵐」


 五十嵐の眉間に寄ったしわを、親指できゅっと押し込んでやった。

 ぽかんとする五十嵐に言う。


「しかめっつら。似合わないよ」


 なんとなく、今は本当に少しだけ、朱音の気持ちが分かる気がして――、リオは小さく彼に微笑みかけた。 

 瞬間、視界が真っ暗になる。

「リーオ」

 ブレザーの片側を広げ、五十嵐との間に仕切りを作ったのはノーチェだ。


「そんな簡単に笑いかけちゃダメだろ?」

「ノーチェ」


 いつもの赤く豊かな髪は目立つから隠しているらしい。黒っぽい地味なウィッグをかぶっているが、リーフグリーンの瞳はあいかわらず悪戯にきらめいている。チャームポイントのそばかすもそのままだ。

 早くもノーチェに話しかけたそうな女子たちが後ろに控えていたが、リオというと親しげにしているのを見てどうすべきか考えあぐねているらしい。


 ノーチェは頭の後ろに手を組んで言う。


「そんな優しくしてやって、こいつがリオのこと好きになっちゃったらどーすんだよ」

「は!?!?」

 仰天する五十嵐のそばでささやかな声が上がった。


「…………だめ。絶対許さない」


 ススピロだ。

 100%バレリアの仕事だろうが、ツインテールに、ブレザーの下はオフホワイトのカーディガン。ポケットからは手のひらサイズのウサギのマスコットがぴょこんと顔を出している。かわいい。

 そんな彼女に呪殺対象を見るかのような目で睨まれた五十嵐は、怯えながらも真っ赤になって立ち上がった。


「な、何言ってんだよお前ら!!そんなことあるわけねーだろ」

「どうかなぁ〜?オマエみたいに恋愛慣れしてそーな奴があぶねーんだよなー。てか名前ナニ?」

「ぜってー教えねーよ!!!」

「んじゃタマムシ君な。頭すっげ眩しーから」

「お前らってもれなく全員失礼なの??」


「ノーチェ君、だよね?それから、ススピロちゃん?」



 ……きた。

 顔を上げたリオは、純度100%の清純派を装って現れた撫子を見て、心の中で声を上げた。

「ん?だれ?」

「私、藤野撫子。お話中にごめんなさい」

 口元に弧を描くノーチェの、その声から笑みが消えたことも。ススピロの表情がすとんと抜け落ちたことも、撫子は気づいていないらしい。


 儚げに微笑んで無害な女子生徒を演じながら、撫子は言った。


「実は先生から、二人の学校案内を頼まれてるの。もしよかったら、これからどうかな――。3年生の先輩たちも一緒に」

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