殺し屋たちの平穏

終わったかー?」

「ノーチェといいリオといい、なんでお前らすぐ戦闘モード入んだよ。もっとオトナになろうぜ?」

「アド、二人とも貴方には言われたくないんじゃない?」

「つーかリオと一緒にしないでくんね?俺のほうはただの暇つぶしだし」

「ノーチェ、最後ちょっと本気だった」



 ゾロゾロと屋上に入ってくるDeseoの面々。どうやら今まで見張り役をしていてくれたらしい。

 バレリアが両手に持った袋をかかげて美しく笑う。

 タイトなパンツスーツはスタイル抜群の彼女にとてもよく似合っていた。


「近くのカフェで美味しそうなパン買ってきたの。お昼にしましょ?」


 全員の頭上でチャイムが鳴る。

 どうやら昼休みは続行らしい。


 ふわっと香ばしい焼き立ての香り。巨大なシートに腰掛け、各々が好みのパンに手を伸ばす様子を、リオはアルバの隣に腰掛けながらぼんやりと眺めた。

 アドルフォがハンドドリップでコーヒーを入れ始めている。


「……なんか、夢の中にいるみたい」

「悪夢か?」

 軽く笑いながら問われ、リオはむっと頬を膨らませた。


「そんなわけない――。

 嬉しくて、胸がいっぱいなの」


 この数日、どれだけリオがここから逃げ出したかったか。どれだけ、アルバやみんなに会いたかったか。

 きゅっと胸に込み上げてくるものを抑える。


「……ねえ、みんなで来るなら何で教えてくれなかったの?」

 私すごく心配したんだけど、と告げると、アルバは大きな口でホットサンドをかじりながら答えた。こんがり焼けたベーコンととろりとしたチーズが美味しそう。


「お前の間抜け面が見たかった」

「そんな理由で!?」

「まさか。それだけじゃないわよ」


 目をくリオの口に優しくプチトマトを食べさせたのはバレリアだ。

 慈愛に満ちた瞳は、声にせずともリオへの全力の愛おしさを物語っている。

 バレリアがリオへの餌付けに専念し始めたので、続きはファロが引き継いだ。


「俺たちの潜入に伴い、当初ここへ来るはずだった留学生チームにちょっとした休暇をプレゼントした」

「休暇?」

「そ。きゅーか」


 ノーチェが悪い顔をしたので、どうせろくなことではないだろう。


「それに俺たちが関わってると知られたら色々まずいんで、ブラジルあたりに潜伏してることにしたんだ。だから記録を書き換えるまでの間会話のログを残せなかった。心配かけて悪かったな」

「そういうこと……」

「そうよ!リオからの連絡無視するなんてほんと辛かったんだから!」


 と声を上擦らせてリオを抱きしめるバレリア。

 豊満な胸に顔を埋めながら、リオはくぐもった声を上げた。


「でも、こんなしょぼい任務に全員であたらなくても……」

「てめえのジジイからの依頼だ」

「おじいちゃんの?」

「そうだ。リオ。お前は知らないだろうけど、この件の危険度は既に見直されてる」


 ファロはDeseoが小日向組から受けた依頼について、かいつまんでリオに説明を始めた。


「どうやら藤野組の開発したドラッグが今、凄まじい勢いで裏社会に流通し始めてるらしい。なんでも、〝人間の欲求を加速させる薬〟」

「……それって」

「ああ。リオから報告を受けてたのと同じブツだ」


 あの時、撫子はまだ「試作段階」だと言っていた。もしやそれが完成し、既に出回り始めていると言うことだろうか。


「関東、関西問わず、そのドラッグが原因で組同士の小規模な衝突が頻発してる。裏社会なんて、どこも絶妙な均衡でようやくぶつからないように成り立ってるとこがほとんどだ。そんな中に、妙なドラッグが混ざってみろ」


 闇社会の秩序はめちゃくちゃになる。

 ファロは、そう言っているのだ。


 沈黙の落ちた屋上にススピロのぽそぽそ声が響いた。


「………日本にあのクラスの新薬が開発できるような有能な科学者はいない。たぶん、独自のルートで仕入れてるんだと思う」

「それを探るために俺たちが投入されたってわけ」

 ノーチェの言葉に、でも、とリオは口を開いた。


「それを探るだけなら、潜入しないほうがよかったかも……。なぜか撫子、皆のこと只者じゃないって既に気付いてるみたいなの」


 さっきは咄嗟に誤魔化したが、あの顔はほとんど確信していたと思う。

 同じ世界を生きる者の直感というやつだろうか。(リオにはまったくノーセンサーだったのがひっかかるが)


「構わねえ。俺たちの正体はハナから明かすつもりだった」

「え!」

「うちと小日向組との繋がりを知ってる人間は少ねぇからな。まずはバイヤーとして藤野撫子に近付く。Deseoが現れた理由はその薬にあると思い込ませればいい」


 そしてそのあとは、撫子に取り入り、彼女の信頼を奪って薬に辿り着くというわけだ。

 つい不安げな表情をしてしまったリオに、アルバは付け足した。


「安心しろ。あのガキへの接触はファロにやらせる」

「え!?俺!?」

「そうだ。俺には寄らすな」


 アルバとしても先程リオから聞いた撫子の「私のもの」発言は衝撃だったらしい。既に面倒ごとを回避するための行動に出ている。

 ファロには悪いが、リオもそっちのほうが安心だ。密かにほっと肩を下ろした。


「……ま、仕方ないか」

 はー、と長い溜め息を吐いたファロが肩をすくめる。

「もともと今回はだったもんな」

「そういう話って?」

「〝アルバは今回仕事なし〟」


 首を傾げたリオの前で、アドルフォが栓を開けた瓶をアルバに渡した。ビールだ。だんだん流れがBBQのノリになってきた気がする。


「俺らの首領様は長期任務明けでお疲れなんだよ。だから当面はオフ」

「……え!オフなのに来てくれたの?」


 基本的に面倒くさがりのあのアルバが?

 潜入調査なんてめんどくさい任務に?

 ……それって奇跡じゃない。もしかして皆同じ任務だけど自分だけホテル待機はさすがに寂しかったとか?

 こんなところまで想像を膨らませていると、伸びてきた手にムニイッと頬を掴まれた。心なしか不機嫌そうなアルバに睨まれる。


「い、いたい」

「……リオ。てめえ俺をよく見たのか」

「え?」

「俺が、どうしてここにいると思う」


 言われ、リオは改めてアルバを見た。

 真っ白いシャツに学園の指定ズボンというシンプルな装いだが、おそろしく様になっている。こんな人が隣の席にいたら、まず授業など頭に入ってこない。


 ぽーっとアルバに見惚れていると、ススピロとバレリアが両サイドに忍び寄ってきた。


「……リオ。青春しに、きたんでしょ。日本に」

「え゛。なんでそれ」

「想像してごらんなさいよ。学年は別だから同じ授業は受けられないけど、あの首領と一緒に学校生活送れるのよ?一緒にランチしたり、図書室で勉強したり、放課後デートしたりできるじゃない」


 一瞬で絶句したリオの脳内に、薔薇色の妄想が駆け巡る。もはや裏社会の危機だの新種のドラッグだののことは全部吹き飛んだ。


 夕陽の差し込む図書館。

 黒髪をさらりと掻き上げ、リオに勉強を教えてくれるアルバ。

 

 放課後。

 リオの手を引いて東京の街を歩いてくれるアルバ。

 カフェに寄って、なんとかフラペチーノを頼んだりもしたい。


「…………首領、ブレザーも似合ってた。暑苦しいってすぐ脱いだけど」

「ブレザー姿のアルバ……」


 どうしよう、ドキドキしすぎて直視できなくなってきた。

 アルバと、あのアルバと、そんな「ふつうの」恋人同士のように過ごしてもいいのだろうか。そもそも一犯罪組織のリーダーをこんなことに付き合わせてしまっても……。


 真っ赤になって俯いていたリオは、おずおずと隣のアルバを見上げる。ぱちりと視線が重なった。


「………二度はやらねぇ」


 つまり、今回は付き合ってくれるということだ。

「アルバ!!」

 歓声をあげて抱きつくリオを、アルバは仕方なさそうに片腕で受け止めた。



「マジ人騒がせだよなぁ、こいつ」

 そんな二人を微笑ましく眺めながら、面々は、今朝再会した時の、あの死人のようだったリオを思い出してぞっと身震いした。


「まあリオが危ういのはいつものことだが、今回首領も結構限界だったよな」


 ファロはコーヒーをすすりつつ「迎えに来い」と言われた先で見たアルバの姿を思い出して苦笑する。鬼が立っているのかと思った。


「それな。戦闘中もずーっと荒れてたぜ」

「結局この二人は、いつも一緒にいなきゃだめなのよ。これから先も、未来永劫ね」


 バレリアの言葉に全員が同意する。

 しかしどう足掻いても、彼らは闇の世界に生きる者なのだ。この平穏が一時いっときのものに過ぎないことは誰もが理解している。

 

 だからこそ、守ってやるかと思うのだ。

 この仮初の穏やかな日々を。ほんの一瞬でも。


「リオはもう十分よくやった」

「おう。今日からは俺らのターンだ」





**おまけ**


「ノーチェとススピロはまあ妥当として、あと三人、誰が生徒役になるかって話だが」

「………やるわけがねぇ」

 視線を感じてファロを見たアルバは、にこにこ向けられた笑顔に中指を突き立て返した。


「何が嬉しくてガキ共の中に混ざんなきゃいけねえんだ。殺すぞファロ」

「え?やんないのか?でもこれ、リオが死ぬほど喜ぶと思うぞ」

「…………………」

「よし。一人は首領で決まりな。後の二人は」

「私パス。今回は教師役でいいわ」

「は!?マジかよバレリア!お前こういうの好きじゃんか!!」

「嫌いじゃないけど、今回はあんたたちに譲ってあげる。ていうか私みたいな爆裂美女が教室にいたら思春期のキッズたちがお勉強にならないじゃない」

「………ふーん。まあ、お前がそんなに言うならやってやってもいいけど。な、ファロ!」

「まいったな。制服なんか似合うか?俺たち」


 そう言いながらもどこか楽しげに会話に花を咲かせるアドルフォとファロ。

 遠巻きに見ていたノーチェがバレリアに寄って行って尋ねた。


「なあ。なんで譲ってやったの?」

「え?」

「あたしもリオと学園生活送ってみた〜い!とか言ってたじゃん」


 こくんとススピロも頷く。

 ノーチェのふざけた声真似にはイラリとしつつ、だって、とバレリアは小さく唇を突き出した。


「私たちはあるけど、あの三人、たしか学校行ったことないでしょ?」


 なるほど、と二人は頷いた。

 ススピロとノーチェ、リオは拠点を転々とする間に地元の学校に蹴り込まれるように通わされたし、バレリアとDeseoの出会いは彼女が成人した後の話だ。

 アルバ、アドルフォ、ファロの学力は独学での叩き込みだと言う。


「彼らの知識量を考えたら、今さら学ぶことなんかないだろうけど、雰囲気でも楽しんだらいいと思ったのよ」

「へー」

 どこか照れくさそうに言うバレリアに、にやにやとした二人が迫る。

「バレリアやさし〜」

「やさしー」

「うるさい!」


「おいお前ら何遊んでんだ!そろそろ出るぞ!」

 タラップに片足をかけたアドルフォが声を上げている。アルバたちはもう乗り込んだらしい。


「三時間後には日本ね!毎日お寿司食べましょ」

「あいつ、寂しくて泣きべそかいてんだろうな」

「………早く会いたい。リオ」

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