社交パーティとおじいちゃん
ただいまぁ、と間延びした声で部屋に入るなり「遅ぇ」と不機嫌そうな声が飛んできた。ごめんごめんと顔を上げたリオは、驚愕のあまり後ろにひっくり返った。
「……――――――嘘。アルバって、王子様だったの……?」
「寝言をほざきやがって」
リオを待ち受けていたのは、礼装を身にまとったアルバの姿。
ブラックのシャツに白のスリーピーススーツと、胸ポケットからちらりと伺えるポケットチーフ。あまりにも素敵だ。驚いた。アルバって白も似合うんだ。
「お前も着替えろ」
ぼふっと顔に何かが当たる。上質な手触りのブルードレスだった。
「あいつらは先に行かせてる」
「先って……え?どこか行くの?」
ついてくりゃ分かる。
そう言ったアルバにリオが連れられたのは、銀座にある会員制のクラブホールだった。
「わぁ」
オフショルダーのシンプルなドレスは、リオを実年齢よりも少し大人びて美しく見せ、すれ違う招待客やボーイの目を奪った。それもアルバの一瞥でたちまち霧散するのが常だが。
ワンフロアを丸々使ったこのクラブは、日々政財界の要人が集い、情報交換などの場として使われているらしい。回廊に並ぶワインセラーの前を横切ったリオは、ついアルバの腕を引いて震え声をもらした。
「ロマネコンティ1983年がある……しかもメトシェラ(6ℓボトル)……」
「悪くねぇな。帰りに奪ってくか」
オークションに出せばとんでもない額で落札されるであろうボトルに青ざめるリオ。対してアルバはどこか愉しげだ。
「やめとけやめとけ!」
聞き馴染みのある声にリオはぱっと顔を上げ、潔く破顔した。
そこにいたのは和装に身を包んだ老人。
彼は品のいい白髪を後ろに流し、目尻の皺をいたずらに深めた。
「いくらお前らでも、うちの厳重警備はかいくぐれねえぞ」
「おじいちゃん!!」
老人――小日向総二郎の胸に、リオは勢いよく飛び込んだ。
総二郎もまた嬉しげに目を細めて愛しい孫を受け止めている。
「おお、リオ!また美人になったなぁ、お前!パウラにそっくりじゃねえか」
「うふふ!おじいちゃんこそ元気そうでよかった!」
「なかなか会いにいけなくて悪ぃなぁ。こっちもちょっとバタバタしててよ」
そう。リオたちを今日この社交パーティに招いたのは、他でもない、この小日向総二郎だったのだ。
「お前も元気にやってたか、アルバ」
総二郎の優しげな眼差しが、アルバにも向けられる。
アルバは無表情のまましばらく総二郎を見ていたが、やがてそっぽを向いて鼻を鳴らした。
「……年食ったなジジイ。葬式代は弾んでやる」
「あいかわらず生意気なガキだテメーは!」
「!!」
老人らしくない俊敏な動きで肩を組まれ、頭をかき混ぜられたアルバはぎょっとして固まったが、すぐに暴れて総二郎の腕から飛び出した。
「……ぶっ殺されてぇのかジジイ」
「がははは!!」
アルバの頬は少しだけ赤くなっている。
そんな二人の姿に、リオはついくすりと微笑んだ。
(やっぱりおじいちゃん、アルバのこと気に入ってんだなぁ)
二人が最後に会ったのは数年前だ。
「――ごめんおじいちゃん。私、
長い抗争が終わり、スペインまでリオを引き取りに来た総二郎は、そう告げたリオを少し寂しげな目で見た。
それからこんなふうに豪快に笑って、リオをきつく抱きしめたのだ。
「おう。お前が幸せなら、じいちゃんはそれでいい」
**
「今日の主催は俺のダチでよ。
連れ立って廊下を歩きつつ、総二郎は呆れたようにため息をついた。今日の夕方の話らしい。
知るか、とアルバがぶっきらぼうに答える。
「まずテメェに番号を教えた覚えがねぇ」
「バレリアちゃんから聞いた」
よもやバレリアと祖父が連絡先を交換していたとは。そういえばバレリア、おじいちゃんのファンだって言ってたっけ。
アルバも微妙な顔をしている。
「仕方なくバレリアちゃんに電話したら絶対行く〜〜♡っつーからよ、ちゃんとリオも連れてこいよ!って言付けといたんだ」
うまいもんいっぱい食えるぞーリオ、と頭を撫でてくる総二郎に、リオは曖昧な笑みを返す。どうやら彼の中ではリオはまだまだ子供のままらしい。
「それは嬉しいけど……なら私に電話してくれたらよかったのに」
「つってもお前今あいつんとこ通ってんだろ?近くに藤野の小娘でもいたら面倒じゃねえか」
あいつ、とは祖父の友人――帝明学園理事長、廻神(父)のことを言っているのだろう。そこまで考えて、リオは「ん?」と首を傾げた。アルバも同様に。
なんだか嫌な予感がする。
「……ねえおじいちゃん。もしかしてこのパーティの主催者って」
「おう。察しがいいな。さすが俺の孫だ」
総二郎はにやりと顔のしわを深めて頷いた。
「お前らに合わせようと思ってたんだ。このパーティの主催者こそ、今回の任務の依頼人兼俺のダチ――
ホールに入ったリオは、その端から崩れ落ちそうになる。
絢爛豪華。きらびやかで華々しいそのホールの奥に、よくよく見覚えのある面々がいるではないか。
「ねえ見てよ那由多!あれ、こないだアカデミー賞ノミネートされた映画で主演やってた人じゃない?イギリスの!来日してるってニュースで観た!」
「ほんとだ刹那!ねえ兄さん、あの人のサインほしい?」
「いらない。っていうか廻神さぁ。何で僕のことまで引っ張り出してきたわけ。こういう場死ぬほど苦手って知ってるでしょ」
「たまには俺の気晴らしに付き合え。それにお前だって最近もぐらみたいに地下にこもって死にかけてたじゃねーか……特に、留学生チームが来てから」
「は?べべべべつに関係ないんですけど、何???あの子の恋人が規格外レベチで男前すぎる事実に耐えかねて病んでたとかありえないですし??は??」
「え?伊良波先輩、あの子ってリオ?先輩もリオに気あんの?マジで言ってる?」
「エッ誰君。イケメンは僕に話しかけてこないでほしい。劣等感で目が焼かれるから」
(……おじいちゃん。今回私たちがどこに潜伏してるか知ってるよね?)
(お!ほらあそこ!あの小洒落たスーツのおっさんいるだろ?あれが恭太郎だよ。今紹介してやるからな)
(だから紹介されたら任務がおしゃかなんだって!おじいちゃん!)
(帰る)
(アルバ!)
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